第23話 林檎と嘘
<駅前広場>
セリア「まさに今、皆に啓示が届くでしょう。世界の答えが、大きな流れに乗って、大きな愛が、私達の元に」
広場の人々は息を飲む。
これから始まる出来事に、不安と期待を寄せながら。
静寂の中、目を閉じるセリアに、眼差しが集まる。
数分後、インカムから亮太の声が響く。
亮太『今だ、セリア』
セリア「…………」
セリアは両手を空に仰ぐ。
リンカネルで練習した通りに。
その瞬間、朧が起動したアプリの通知音が広場に鳴り響く。
広場に集まった者のスマホのほとんどから、サウンドと振動が繰り返されていた。
聴衆「な、なにっ!?」
聴衆「アプリ、アプリだ!慈眼のアプリ!」
聴衆「AK47、これ結局なんの通知なの!?」
聴衆「噂じゃ、世界の終末をカウントダウンするって!」
平和クラブ(キャップ)「セリアちゃん!ねえ!隣のオッサンも…どういうことなんだよ!?」
平和クラブ(ガタイ)「俺通知オフにしてたんだべな…?」
聴衆「私もですよ…。あ…す、すみませっ」
平和クラブ×2「平和クラブをどうぞよろしく!」
聴衆「しっ、失礼します…」
平和クラブ(キャップ)「街の平和を守ろうってのに、世知辛いねえ」
平和クラブ(ガタイ)「そんなもんだべ。あ、tritterにも…うわ、なんだこのサイト」
聴衆「彼は今も生きている?…あ、これって、アマムラだ…!」
駅前中央広場には、雑念が飛び交う。
セリアに注目していた人々は、各々のスマホに釘付けになっていた。
聴衆の中に紛れ込んでいた健介は、慈眼アカウントのリンクをタップする。
旧教祖の、17年前のレトロなレイアウトのままのHPを開いた。
健介「北の邪神を見つけ出さなければ、聖夜までに東の都は黒煙に包まれる…?あ、動画リンク…」
菫「バッテリー切れちゃった…健介、一緒に見せて」
隣に居た菫が、健介に顔を近づける。
健介「い、いいっすよ?」
人混みの中密着し、狼狽える健介。
それに構わず、菫は会話を続ける。
菫「動画のサムネ、あの人だよね。昔大事件起こした」
健介「さすがに俺も知ってますよ。キャラ濃いっすからね。開いてみ…」
それぞれがHPから動画リンクにアクセスし始める矢先、セリアは開口する。
セリア「集合的無意識。この言葉をご存知でしょうか」
健介「…?菫さん、分かります?」
菫「昔から都市伝説とか好きで、多少は知ってる。人類は無意識で繋がっていて、それが分かれば未来も予知できるとか…アメリカのネット掲示板なんかの言葉を集積して、実際に研究も行われていたらしいよ」
健介「その研究、当たったんですか?未来…」
菫「本当のところは分からないけど、歴史的飛行機テロ、そこから戦争があったでしょ?その前にはネット上にその手の言葉が急激に増えていた、とか」
健介「マジですか…あ、話しますよ。アルビノちゃん」
菫「…セリアちゃんっていうんだよ」
セリア「あなた方、そして、ネットを通じて繋がる人々…その意識は今、一つの集合的無意識となり…」
<実現会 リンカネル>
朧「…時間です。首尾は?」
信者『問題ありません』
朧「感謝します。再生が終わり次第離脱を」
信者『慈眼にかけて』
朧はクラックを開始する。
今回は、SNSからリクルートした、デパートの内部に通じる熱心な信者を利用していた。
朧「正しくても間違いでも何を選んでも…罪悪感と後悔だけは、消えないよね」
<駅前中央広場>
セリア「あのモニター。あそこに、念写を」
健介「念写?」
菫「またオカルトネタだよ。意識したものを遠くの場所に描いたり、手を使わずに映し出すの」
健介「エスパーで絵を描けるって事ですか?それはさすがに…」
菫「…必ずトリックがあるよ。対馬亮太が裏に付いてるなら。何が起きても、必ず」
健介「嘘つきはあの世で舌を抜き取られる。嘘のおかげで争いを避けて天国に行けるやつも居たかもしれない。
でも…人を騙して心を踏みにじった事に変わりはない。俺は、そう思います」
菫「あんた、最近ちょっとマシになったかも?」
健介「ま、マジっすか!?じゃ、じゃああのその…ぶごっ」
健介は菫に口を塞がれる。
菫「うっさい、聞こえないじゃん!」
セリア「3、2…1」
広場から見える駅前巨大モニターに、皆が意識を向けていた。
セリア「…無」
駅前の交差点、雑踏。
往来する人々は、モニターの映像に足を止めた。
中央広場は、興奮と恐怖が入り混じった異様な静寂に包まれていた。
犬養「また、会えたんですね…」
犬養は歯を食いしばり涙を堪える。
モニターに映し出された、その懐かしい人物を前に。
セリア「ファントム…?」
そんな犬養の様子を、セリアは案じていた。
犬養「な、なんでもないです。セリアさん、集中を」
セリア「あ、ジジィだ」
犬養「今は、集中してください」
セリア「…」
セリアはじっと、モニターを見つめていた。
犬養にとっても、セリアにとっても、彼は父だった。
モニターに映し出された男は、カメラに向かい、独白を始める。
尼斑 無有(モニター)『…革命を望む、全国民に告ぐ。
我々は某国と友好関係にあり、彼らは地表を三度焼き払う核を保有している。
しかし、此度の私の計画は、失敗に終わるだろう。
それも大きな流れの中に組み込まれていた仕組みなのだ。
ならば、ここに、種を遺そうと思う。
これより未来、必ずや絶望は深まるだろう。
人は増え続け、利便を追い求める。
欲は永劫の輪廻を繰り返す。
そう、最初に知恵の実を口にした瞬間から、決まっている事なのだ。
神に反逆した罪から逃れる方法が、ひとつ。
未来の同志達よ。
この種を受け取り、もう一度、知恵の実を植えて欲しい。
肉体を捨てる事が、カルマから解放される唯一の手段。
この世界を生まれ変わらせるのだ。
悲しみのない、真っ白な世界へ。
愚かな我々には、リセットが必要なのだ。
ハルマゲドンの時は近い。
その手で未来を創り出せるのだ。
齧りかけの林檎を片手に持つ、君達ならば。
それが…』
言葉を遮るように、ドア蹴破る音が響く。
太一(モニター)『よぉ、自撮りか?このルネサンス野郎』
尼斑『…権力の犬か』
太一『まあね。あんたを一概に否定するつもりも無いけどさ、気持ち分かるし?けど、俺は平和が好きだから…本官が逮捕しに来たナリ~!」
犬養(声だけ)『邪魔立てするなら…』
尼斑『よせ、義樹…』
犬養(声だけ)『で、でも…お義父さん』
尼斑『潮時だ。これも流れの一部なのだ…逮捕してくれ。罰は受ける。しかし、必ず、必ず…未来で次の私が現れる。その時は…』
太一『ぶっちゃけ俺も人間には心底呆れてる。だからさ、後は俺に任せなよ。あんたとは違うやり方で、世界を変えるからさ』
モニターが終わり、暗転する。
人々は、暗転した画面を見つめ続けていた。
数秒後、セリアの声に我に返り、人々は再び彼女に向き直る。
セリア「対馬太一。この警官の事を、覚えているでしょうか?彼はこの後、国に無実の罪を着せられ、自ら命を断ちました。そう…神に作られた偽りの原罪のように…」
聴衆はざわつく。
健介「対馬って…」
菫「奴の父親よ」
セリア「国家は、神でしょうか?仮に神だとして、英雄を見殺しにする事は、許されるのでしょうか…そして…」
聴衆は息を飲む。
皆の頭に浮かぶ数々の疑問符の中、特に大きなもの。
その答えを期待して。
セリア「弾道ミサイル。逃亡中の王子。預言者の出現…多くは語りません。皆様の集合的無意識の中に、答えは刻まれています。多くの人が思い描いた事象は、必ず現実のものとなります」
聴衆「おい、ヤバイんじゃねえ…?アプリのタイマー、動き出したぞ」
聴衆「ん、新機能追加?…顔を認証しますって、うわっ」
女子高生「え、なになに?スノーみたいな?…なにこれキモっ」
顔認証アプリが全て一つ目に加工されている。
<リンカネル>
亮太「あれ画像引き抜けるんでしょ?」
朧「顔画像あれば色々便利かなって」
亮太「たまに理紗が怖くなるよ」
亮太は苦笑する。
朧「教祖様に認めて欲しいからね?」
亮太「認めてるよ、とっくに」
<中央広場>
聴衆「齧りかけの林檎って…スマホの…?」
聴衆「これも未来予知ってこと、なのか?」
聴衆「真偽はともかく、王子は探した方がいいかも…」
聴衆「尼斑が本当にあの国と繋がっていたとしたら、警察の介入が少なかったって陰謀論も、辻褄が合うよな」
セリア「今日、この場所で言霊を伝えた理由。どうぞご理解下さい」
健介「み、ミサイルが今日ここにっ、てこと?」
菫「馬鹿。ペテンに決まってるじゃん…晶悟さんを騙し続けた男だよ」
健介「ですね…とにかく、今は彼を守りましょう。遠くに逃がしますか?」
菫「ネットで全国にもう広がってる。中途半端な距離じゃ、逆効果だよ。木を隠すなら森って言うし…ここにはママも、雷虎流の先輩も居るから」
健介「分かりました。死んでも守り抜きます」
菫「死んだら、終わりなんだよ…」
健介「だからこそです!菫さんも、俺が守りますから」
菫「は、はあ??なに急にカッコつけて…あんた私より弱いくせに!」
健介「男、ですから。それに、それを教えてくれた人に、頼まれてるんです」
菫「馬鹿じゃないの…男って…みんなみんな、馬鹿ばっかり…ううっ、ひっく…」
健介「あー!また泣いた!やーい泣き虫ィ!」
菫「うっさい!!!お互い様キック!」
菫の打撃は、意図せず健介の急所に当たる。
健介「そ、それはダメ…」
菫「…え?そんなに強くしてな…」
健介「男、ですから」
健介はうずくまる。
菫「あ!ご、ごめんごめんごめんごめん!は、恥ずかしッ、もー最悪ぅぅ!健介最低!」
健介「女の子・イズ・ジャスティス…ってか、周りヤバくないすか?」
菫「う、うん。もう少し様子を見よう?」
健介「了チ…了解です」
セリアの演説が止まる度に、聴衆は各々の意見や推測をまくし立て、異様な熱気に包まれている。
これも、亮太の心理誘導のひとつだ。
集団意識は不安も、期待も増幅させる。
それがネガティヴな情報であればあるほどに。
セリア「さあ、あなた方は自由だ。何を選び、何を犠牲にするか。選択肢は、彼の思念ブログに提示されました」
聴衆「!?」
聴衆のスマホのアプリから、ミサイル発射情報を知らせるアラートが鳴り響く。
聴衆「こ、この音…!」
聴衆「ヤバイ!マジでミサイル来るのか!?」
聴衆「いや、鳴ったのはアプリだけ…公式じゃない」
聴衆「けど、もう国なんて信用出来ない…」
中央広場にパニックが広がる。
聴衆「探そう、王子…」
聴衆「今まで国についてなんて、自分じゃどうにもならないって諦めてたけど、今は力になれる」
聴衆「選挙の一票よりは、少なくとも!」
柿神「そうだよ!あの…私に指揮を取らせてください!…あの事件で、大切な人を亡くしました。今度は、何かしたいんです!皆さんの、大切な人も…一緒に守りたいの!」
柿神は亮太からの指示で聴衆に紛れ込んでいた。
そして、あらかじめ暗記していたセリフをまくし立てていた。
聴衆「ああ!とりあえず、探したらいいかい?」
柿神「黒幕と通じている団体がいるんです。ギャング集団と暴力団なんですケド、名前は…」
柿神は十分に注意を引きつけ、開口する。
柿神「平和クラブと、与那嶺組!平和クラブは、腕にバンダナを巻いています!それと、これが主要人物の顔写真です!プリントして他の皆さんにも伝えてください!」
聴衆「平和クラブ、迷惑なやつらだと思ってたけど、こんな事に加担してたのか」
聴衆「見つけ次第、突き出そう!」
セリア「原罪を、解き放て」
聴衆は声をあげ、団結する。
それぞれが徒党を組み、行動を始める。
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