第18話 兄弟と刺青
それから、人生の手詰まりを迎えた亮太を見つけた。
深夜アニメのまとめサイトを閲覧していると、彼のブログ”チョベリ場アニメ速報”を見つけた。
脱線と称しては、右翼的な思想を掲げ、国を批判していた。
そこには、警察上層部への怒りが綴られている。
確信に至ったのは、警察批判の折、太一のボイスレポートをアップしていた記事だった。
鍵和田「…懐かしい声だ」
その後、何度かコメント欄でやり取りを重ね、リンクから彼のSNSに飛び、しばらく様子を伺う。
0だったフォロー数は、鍵和田のアカウントを加え、1に変わった。
彼は警察が作り上げた太一の悪評から、まともな仕事を出来ずにいた。
最近は男娼まがいの事までして食いつないでいると、鍵付きアカウントで漏らしている。
申請を許可したのは鍵和田だけの、狭い世界で。
鍵和田のアカウントと繋がる以前は、亮太のツイートはメモのような簡素なものばかりだった。
鍵和田「そこに誰かが居る…そう想像出来る、弱音や愚痴をこぼす。ネットってのは、いや、人の繋がりって、そういうもんかもなぁ」
他者の観測がなければ、基本的に人は感情をアウトプット出来ない。
出来るとすれば、菫のように芸術に昇華させるしかない。
亮太も楽曲を作り続けていた。
しかし、芸術もまた、それを観測するものが居て初めて成立する。
評価されて、初めて価値が生まれる。
自分一人で完結する世界が真の芸術かもしれないが、それを知るものが居なければ、無かった事と同じになる。
少なくとも、鍵和田の思うこの世界は、そういった他者依存型の場所だ。
鍵和田「お前の曲、俺は好きだよ」
周りに頼れない。
その気持ちは、鍵和田も痛い程理解しているつもりだった。
そして、ついに居場所を突き止める。
鍵和田が廃人生活を送っていた頃、足繁く通っていた、あのパチンコ屋にいると、彼の投稿は告げる。
そして鍵和田は亮太を福耳に誘った。
<繁華街>
亮太「はぁー、久々にうまいメシ食ったぁ、酒なんて久々だし。ごちそうさまです!」
鍵和田「いやいや、礼なんて要らないさ。…親父さんに昔、命を助けられた。返しても返しきれないよ」
亮太「…レポートにあった変わったヤクザ、やっぱりカギさんでしたか」
鍵和田「なあ亮太…俺たち、兄弟にならねえか?」
亮太「兄弟?ヤクザ用語っすか?」
鍵和田「んまあ、そんなとこかな?組員になれとは言わない。俺の、右腕になってくれ」
亮太「良いですよ!カギさんは信頼出来そうな人だ…給料は、要相談で、いいっすか?」
鍵和田「抜け目ないのも奴にそっくりだよ、はっはっは!」
それから鍵和田と亮太は、何度も二人で死線をくぐり抜けてきた。
<シャッター街>
鍵和田「亮太、そっち行ったぞ!」
亮太「おっす!ビリビリマックス!」
スタンガンが迸る。
亮太「こんな感じでした?親父は」
亮太は太一そっくりの笑顔で、笑いかける。
ヤク中「ァァァ…」
鍵和田「亮太、後ろ!」
亮太「寝てろ、ジャンキー」
あの日の太一を彷彿とさせるモーションで、亮太はスタンガンを振り下ろす。
鍵和田「そんな感じだよ、はっはっは。よし、次!」
亮太「へいへい。給料分の仕事はしますよ〜」
鍵和田「んじゃあ、まだまだ先は長えなあ!」
亮太「カーッ、厳しー!」
-このままこの人と、上手くやっていけたらな-
<ババ・ヴァンガ>
馬場店長「本当にショウちゃんと同じデザインでいいのかい?」
亮太「あ、カギさんは左腕だから…俺は右でオナシャス!」
鍵和田「おっ、洒落たマネを」
亮太「こういうのは演出が大事でしょ?」
鍵和田「まーたアニメに影響されてんのか」
亮太「違います!….いやそうかも。中2のベッドの中から、男の子は男になっていく…気がするんですけど?」
鍵和田「うむ。その通り。燃える男になってこい!んじゃあ、俺は事務所戻ってるから。馬場さん、兄弟をよろしく頼みます」
馬場店長「任せな…アダルティに妖艶な墨を、若い身体にネチネチと擦り込んでやるワ」
亮太「や、やっぱやめよっかな?」
馬場店長「逃さないワヨ…あんた、可愛い顔してるわネェ…」
亮太「ヒィーーッ、助けてブラザー!」
鍵和田「ケツはしっかり施錠しとけよ〜。また後でな!」
-兄弟、か-
<シャッター街 倉庫>
亮太「この体勢で、コインが落ちないように…」
カチッと撃鉄が落ちる。
亮太「こんな感じ?空撃ちじゃよくわかんないんすけど…」
鍵和田「筋がいいなあ、お前」
亮太「マジ?じゃあ早くチャカ持たせてよ!」
鍵和田「だーめ!もっと練習してからだ。人の命を守って、奪う…それが銃だ。過去に引いた引き金が、今の自分に返ってくる事もある。覚えとけよ」
亮太「へいへい、硬いなあ、アニキは…」
亮太「まあ、それは俺にも分かりますよ…あ!」
鍵和田「ん?どうした亮太」
亮太「あそこにあるのって、もしかしてヴェスパですか!?」
鍵和田「ああ、欲しいか?」
亮太「え、まじですか!」
鍵和田「思い出の品ではあるんだが…過去に縛られすぎちゃ怒る子が居てな。普段乗らんし。…大事にしろよ?」
亮太「うおおおお、ハル子さあああああん!名前は、ヴェスパのヴェスたそにしよ!」
鍵和田「大人なんだか子供なんだか分からんやつだなあ、はっはっは!」
亮太「なにっ!?アダルティに妖艶な右腕!」
鍵和田「そこがお前の可愛いとこだよ。何回見ても似合ってんなあ…燃える男の左腕!」
亮太&鍵和田「はっはっは」
鍵和田「真似すんなよ!」
亮太「…地獄で会おうぜ、兄弟…バンッ」
鍵和田「ゴルァ!人に向けんな!やっぱ分かってねーな亮太テメェ!」
亮太「分かってますって!痛だだだだだ」
鍵和田「本当かあ?…お前と居ると飽きないよ、はっはっは!」
-こっちも飽きないよ-
<裏路地>
亮太「実現会への先入調査、俺が適任だと思う。ほら、キャラがこれだし。組のリストにも上がってない。…上手くやれると思う」
鍵和田「でも、お前…」
亮太「だからこそだよ。…もう怒りは収まった。誰よりも冷静に、奴らの次の動きを見極められる」
鍵和田「…分かった。少しでもキツくなったらすぐに言うんだぞ。…信頼してるからよ」
亮太「実現会はウチの脅威だからね。また何かしでかしたら大打撃だ。信頼とか言葉にしなくても、俺たち、兄弟でしょ?」
鍵和田「毎日連絡は入れろよ?」
亮太「直行直帰は?」
鍵和田「もちろん」
亮太「なら決まりだね。…本当に、カギさんには、感謝してるよ…」
-これも、逆らえない流れの一部、か-
出会った時、鍵和田と二人だけだった鍵アカウントは、開錠され、音楽制作アカウントとして急速にフォロワーを増やしている。
亮太「音楽で革命を起こしたいんだ。ラップを通して、同じ気持ちの誰かに。
拳を突き上げて、怒って欲しい…何かを変えたいんだよ」
今や彼のSNSやブログは、憎しみに支配され、憎しみを支配していた。
その亮太は今、闇に飲まれようとしている。
或いは、出会った時には、既に。
鍵和田の感は、そう告げていた。
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