第14話 隻眼と再誕
<中華居酒屋 福耳>
ママ「昔の弟子が届けたアル。バリ有能ネ」
鍵和田「んで、アトリエに監禁されてるのが、ニュースで話題の北のプリンス、と…」
準備中の看板を下ろした福耳のなかで、3人の男は、テーブルを囲んでいた。
ママ「監禁、人聞き悪いネ!保護ヨ、保護。…トイウカ、3人の男ってナニヨ!男っテ!キィーーエエエエッ」
鍵和田「お、男…?ママには一体何が聴こえてるんだい?」
ママ「ゲイのカマ騒ぎ…」
鍵和田「なんか怖いから今後触れないようにしような、ケン」
健介「は、はい。あの、監禁…保護って言っても、トイレとか色々どうしてるんです?」
ママ「災害用簡易セット、便利アル」
健介「うわぁ…やっぱ監禁だぁ…。菫さんも追い出しちゃって、かわいそうに…」
ママ「芯のない米粒ヤクザどもネ!お米様、お米様~」
鍵和田「それで、どうするんだ?彼の言葉が分かるのはママだけだ」
ママの表情が過去の、国を捨てた頃のものに戻る。
ママ「…ああ。今、あの子を外に出すわけにはいかない。自分が日本に居る事がミサイル実験の抑止に繋がっていると、青年…木犀は言っている」
健介「で、でた。漢モード。花の○次みたい…」
鍵和田「ケン、茶化すな茶化すな。気持ちは分かるけどよ」
健介「すいません調子のりましたッ大人しくします…」
鍵和田「はっはっは、そこがお前の可愛いとこさ。…だがママ、いつまでもアトリエに閉じ込めておくわけにもいかないだろう?」
ママ「大使館とコンタクトを取っているが…木犀の名前を出してから応答がない。国も結果を出せずに居るのだろう」
鍵和田「今頃議会はてんやわんや、か…流石に普段の居眠りも出来てないだろうな」
ママ「メディアの動きも激化している。こちらも動くに動けないのが現状だ。この街も、どこに目が付いているか分からない」
鍵和田「実現会にNSK局の取材も入ってるしな…迂闊は国の危機に直面するか」
ママ「ああ…菫を巻き込むのだけは避けたいがな」
鍵和田「だなぁ。これ以上の精神的負担もかけられない。再発のトリガーになりかねないしな。病院通いも長いけど、まだ危ういように見える。…今日、菫ちゃんは?」
健介「あ、バイトです!ババ・→ヴァンガの」
鍵和田「ケンこれから外回りあるだろ?ちゃんと病院行けって伝えておいてくれない?最近サボりがちらしいから」
健介「了チゲです!」
鍵和田「…そのリョチゲって、正体は分からないの?噂でも、なんでもいい」
健介「うーん…ネットでは噂が錯綜し過ぎてて、俺も分からないんですよね」
鍵和田「そっか…性別、は男だよな」
健介「それもあの人に関しては怪しいです。歌声もいくらでも加工出来ますし」
鍵和田「手がかりはなし、ね」
健介「カギさん、興味あるんですか?珍しいですね!」
鍵和田「ああ、ちょっとファンになっちまってな」
鍵和田は亮太の顔を思い浮かべる。
万が一、仮に亮太がRYOCHIGEだとして、本名の一部を使うような事はしないと思うが。
健介「…あっ、ソングライターの浅見ハルってアーティストとコラボの噂があるんですけど、その現場を張れば、もしかしたら…」
鍵和田「その話、詳しく聞かせて」
植木の中で小型レコーダーが点滅していた。
<実現会 センタネル宿舎>
亮太「あ、あのさぁ…」
顔面にミートパイの直撃を受けた亮太は、チーズを拭き取りながら、辟易する。
セリア「…………ぷいっ」
実現会で寝泊まりをする少女、滝見屋セリアは朧と亮太の2人にそっぽを向く。
説得を始めてから小一時間。
セリアは目も合わせようとしない。
朧「せ、セリちゃん!?ミートパイを投げるのは止めよう??ね?」
セリア「…………べっ」
セリアはそっぽを向いたまま舌をだす。
亮太「理紗ちゃん、これ、手に負えない…任せていいかな?合法ロリは専門外だ…顔洗いたい…」
既にハーフ&ハーフの直撃を三回受けている亮太は、自分の顔面、及び髪から漂うミックス臭に耐えかねていた。
朧「わ、分かった。洗ってきて。…セリちゃん、女同士、喫茶店でもいこうか!すフラペチーノ、甘くて美味しいよ?」
亮太は水道へ向かった。
柿神を引き入れたあの日から、朧は亮太の協力者として存在していた。
それなりに信頼もされていると、朧は自分に言い聞かせている。
セリア「………そ、」
セリアは小さく口を開く。
朧「うん…?」
朧はセリアに顔を寄せる。
セリア「そと、でちゃ、だめ、だから」
朧ははじめてセリアの声を、まともに聴いた。
資料集めの段階からの説得が、ついに実ったのかもしれない。
朧「…話すの、苦手?」
セリア「…うん」
朧は顔を近づけたまま、小声で話しかける。
朧「…お姉ちゃんもね、セリちゃんくらいの頃は、とっても話すのが苦手だったんだ。吃音って言ってね…どもって、うまく話せないの」
セリアはもうすぐ18歳になる。
年齢よりかなり幼い見た目と精神。
この場所に閉じ込め続けられ、まともに学校も行かせてもらえなければ無理もないと、朧は思う。
社会から隔離されたもの特有の幼さが、彼女にはあった。
朧「…実はね、お姉ちゃんもセリちゃんみたいに、外に出して貰えない時期があったんだ。…誰にも言わないで欲しいんだけど、だいじょび?」
セリア「う、うん。約束、だいじょび」
朧「女と女の約束だねっ、ふふふ」
セリア「ふふっ」
2人は笑い合う。
実に2年越しの会話成立だった。
朧「…今日は、お姉ちゃんが外に連れ出してあげる」
セリア「…ほんと?でも…」
朧「心配しないで。お姉ちゃん、ここじゃ結構偉いんだから!一緒にフラペチーノ、飲もう?」
セリア「ふ、ふらぺち?おいしい?」
朧「甘いの、すき?ケーキとか」
セリア「すきっ!…あんまり、たべたことない、けれども」
朧「じゃあだいじょび!きっと気に入ります!お洋服は買ってきたんだ。似合うかなぁ?」
紙袋を下げてみせる。
セリア「セリアはかわいいので、なんでも似合うかと、おもわれ」
朧「う、うん…お人形さんみたいだもんね…?」
セリア「アルビノハーフ萌え」
朧「えっ?」
セリア「と、犬養ファントムが、ぼそりと」
朧「あのむっつりメガネ…」
見た目に自信があるという点において、昔の自分とは違うと感じざるを得ない、朧だった。
入念に顔を洗い、左目付近に詰まったカスを摘出した亮太は、宿舎に戻った。
亮太「…ありゃ?居ない。って事は、連れ出せたのかな?」
亮太はLAINを開き、朧にメッセージを送信した。
<実現会 裏口>
朧「うわー、やっぱ超かわいい…子供作るならセリちゃんを産みたい…」
セリア「へんじゃない?…なんかヒラヒラリー…」
朧「ぜっんぜん!似合ってます。保証しますッ。繁華街の雑貨屋さんで買ったんだ。後で見てみようか!」
セリア「ざっかや?」
朧「えっとね、色んなものが売ってるところだよ。服とか、おもちゃとか!」
セリア「マッシブいきたい!」
実現会の正装から着替えたセリアは、朧と共に裏口から外に出ていた。
犬養(鼻血)「…止まってください」
そこに待ち伏せしていたかのように、犬養が立ち塞がる。
朧「…その前に、自分の鼻血を止めたら?」
最近言葉遣いが亮太に似てきたと朧は実感していた。
犬養「…!?…失礼。先程電柱に顔をぶつけたもので」
セリア「ね、ファントム、これ、似合う?」
セリアは犬養に私服を自慢したいようだ。
犬養(鼻血)「…とても、お似合いです」
朧(危ない人…いろんな意味で)
セリア「やったあ、お姉ちゃん、似合うって」
朧「よ、よかったね~。じ、じゃあねやっさん!」
犬養「…どこへ?今すぐ彼女を戻しなさい。彼女は日光に弱い」
朧「日はとっくに暮れています」
犬養「それを度外視しても、最近の貴女の行動は目に余る…長谷川さんといる時間が多いようですが….研究棟に篭って、何をしているのですか」
朧「慈眼様に恥じない努力をしているだけです。長谷川くんと不純はしてませんよ?」
犬養「…ピキッ」
セリア「ファントム…セリア、へいきなので」
朧「ねえセリちゃん、犬養さんに前、何て言われたんだっけ?」
セリア「アルビノハーフ萌え」
犬養「なっ!?」
朧「セリちゃんが喋らないと思った?…閉じ込めて、そんな発言…」
犬養「…い、いいでしょう。くれぐれも遅くならないように」
朧「ちょっとお茶してくるだけですから。心配しないでください」
セリアに朧は、どうしても自分の過去を重ねてしまう。
犬養には少し悪いことをしたと、内省する。
彼も彼なりに真面目なのだ。
痛々しい程に、真面目なのだ。
そんな犬養を背に、2人は歩き出す。
スマホを開くと、亮太からチャットが届いていた。
LAIN 対馬亮太
お疲れ様。連れ出せたみたいだね。
滝見屋セリアの家庭環境、旧教祖の隠し子である裏付け、会話レベルの測定。
あとは朧さんの裁量に委ねるけど、計画の件も伝えられるようなら伝えて欲しい。
犬養が裏口に向かうのを見かけた。
監視と盗聴に警戒して。
じゃ、俺は吾妻と柿神の方に向かうから。
よろしく
朧「了解しました…っと。じゃあ行こうか、セリちゃん!外はいつぶり?」
セリア「わからないけれど…マッシブ久しぶり!」
犬養「…家族、ですか。」
犬養が見つめる先、手を繋いだ2人の後ろ姿は、まるで姉妹のようだった。
<雑貨屋 ババ・ヴァンガ>
菫「いらっしゃいませ!店内ご自由にどうぞ~」
朧はセリアを連れ、繁華街の雑貨屋を訪れていた。
セリア「わあ、ハイセンスだぞなもし」
朧「でしょー。欲しいものあったら、買ってあげる!」
セリア「やったぜ」
セリアのチグハグな言葉遣いもいつか治してあげたいと思いながら、朧はセリアに付いて店内を回る。
セリア「…!」
セリアは絵画が飾ってある壁の前で、足を止める。
朧「どうしたのセリちゃ…うわっ」
よく見ればその絵画は、おどろおどろしい中に、繊細さを感じさせるものだった。
セリア「…ぐすん」
絵画を見つめるセリアは、涙を流していた。
朧「ど、どこか痛い?それとも怖かった?」
セリア「…ほしい」
朧「欲しいって、この絵を?」
セリア「うん。これ、ほしい。ひとめぼれた」
朧は値札を探すが、見当たらない。
海外の偉い画家の、店内オブジェかもしれない。
朧「セリちゃん、店員さんに売り物か、聞いてみよう?」
セリア「うむ、苦しゅうナッシングオーライ!」
2人はレジに向かう。
朧「あ、あの~、すみません。お聞きしたい事が、」
雑誌を読んでいた店員、菫は振り返る。
菫「あっ、はい!お伺いします!…あ、さっきの…」
菫は朧を以前に2度、見た事がある。
一度はメディカルプラザ前で。
一度は、先刻服を買って行った客として。
この女は、対馬亮太と繋がっている。
菫は警戒しつつ、接客を続ける。
朧「さっきは、ありがとうございます。彼女もとても喜んでくれました。ね?」
セリア「かわいい?」
菫「………」
朧「店員さん?」
菫「とても、似合っていますよ」
朧(デジャブ…?)
セリア「あの絵、かいたのだれ?」
菫「あ、うん!私だよ!君もお絵かき、好き?」
セリア「すき。絵ばっかりかいた人生」
菫「そうなんだぁ!仲間だねっ」
セリア「売らないか?まんなかの」
菫「…おおお!お目が高い!値段は、要相談って事になってますけど…」
菫は朧に視線を向ける。
朧「お、お、おいくらですか?」
菫「セクハラ署長あたりなら吹っかけるつもりだったけど…この子ぐうかわだから、そうだなぁ…」
菫はピースのように、歯を見せた笑顔で二本の指を立てた。
菫「ニッ!」
朧(…2万?…20万…ま、まさか200万じゃないよね、あ、でも絵画って高いらしいし…)
朧は先程の洋服代で心許ない財布の中を想像する。
菫「これ以上は天地がひっくり返ってもキツイよ!お嬢ちゃんに出血大サービスだ!」
セリアは不安げな表情の朧を見て、カバンからポーチを取り出す。
セリア「ケツは、自分で、ウォシュレット」
セリアは通帳を差し出す。
朧はセリアをレジの反対に向かせ、声を潜める。
朧「…え、これは?」
セリア「ジジィが遺した」
朧「中、見ていい?」
セリア「苦しゅうナッシング・オーライ」
その中には、振り込み日から殆ど手付かずの大金が記帳されていた。
朧「うわ、フェラーリ買える…」
千円単位の少額はこまめに引き出されていた。
付箋でその少額の用途らしきものがメモされている。
綺麗な、基本に忠実で真面目な字だ。
セリア「20XX年、7/7土曜日、16:52、巴楽町駅前ATM、3000引き落とし。七夕の短冊。お菓子、ジュース(肩上げポテチ、チョコカルシュー、ナッさん、苺大福)お釣り1552」
朧は最初の付箋を確認する。
全てピタリと合致していた。
朧「…じゃ、じゃあ8/25は?」
セリア「8/25、9:12横浜中央銀行ATM、10000引き落とし手数料105、お菓子。(スニッ○ーズ、アヤネルネルネ、ブラックスタンガン、ガビガビ君×2)お釣り9624。用途2 水族館入館料。お土産、限定イルカキーホルダー…」
セリアは一字一句間違えずに読み上げた。
次の付箋も、その次の付箋も。
朧「…すごい記憶力」
セリア「ニート、暇やねんな?」
2人がひそひそと会話していると、後ろのレジから声がかかる。
菫「あ、あのぉ、やっぱり1500円にします!」
朧「え、せん、1500…?」
菫「丁度今、二千円の画材が欲しかっただけなんで!初めてのお客さんだから、調子乗ってしまいました!」
朧「に、2って、二千円の2!?」
菫「え?そうですけど…。本当は、手にとって貰うだけで嬉しいんです!けど、やっぱり夢も追いかけたい、といいますか。あはは…」
朧「か、買います!二千円で!」
朧は財布をまさぐり、札を二枚レジに置く。
菫「あああ、泣きそう。初めて売れたァ…あ、ありがとうございます!包装、少々お待ちを!」
セリア「おめだば、きっと偉い絵描きンなる…精進オーライ!」
菫「うわーん!君、名前は?」
セリア「セリア。お姉ちゃんは?」
菫「菫!お花の、菫だよ!」
セリア「セリア、菫、すこだ」
菫は包装を終えると同時に、鼻を押さえる。
菫「は、はなぢが…新作のアイデアとともに…テーマは白髪の…」
菫は上を向き、後頭部をチョップしている。
セリア「セリア見て皆、血を流す。なにゆえ…」
朧「かわいいは、罪…」
セリア「刑法…に、ない」
朧「…もしかして、刑法も覚えてたり、する?」
セリア「一度見たページ、忘れない」
菫に店を丸投げし、事務所でPCを弄っ居た馬場店長が顔を出す。
馬場店長「ちょっ、スミレッティあんたなにしてンのよお客の前で!あんたは年中発情期ねこんのメスブタ!はい!ティッシュ!」
菫「あ、あひがと、てんちょ」
菫は鼻にティッシュを詰める。
菫「あっ」
馬場店長「なによ?…ボリボリ」
菫「それダメなやつ!お腹こわすやつ!啄ばんじゃだめーっ!」
馬場店長「結構イケるわヨ?これ」
馬場店長は、数日前に白装束が置いて行った、健康補助食品を食べていた。
セリア「あ、あれ知って、ふぐぅっ」
朧はセリアの口を押さえ、絵画の入った袋を受け取る。
朧「あ、ありがとうございます。飾らせてもらいますね…では、またっ」
菫&馬場店長「ありがとうございました~~」
店を後にする2人の背中を見つめながら、菫は複雑な心境になる。
初めての客が、自分の敵になるかもしれない、と。
<裏路地>
LAIN 朧 理紗
”お疲れ様
今、風鈴通りの喫茶店のテラスです。
経過報告
滝見屋セリアの通帳に大金を確認。
本人から旧教祖隠し子の裏付け証言有り。
言語レベルについて
日常会話に偏った表現があるものの、気を許した相手には特段目立つものではないと感じた。
特筆すべきは、セリアの記憶力。
一度見た文字を画像のような形で完璧に記憶するらしい。
今、聖書を1から原文で読み上げてる。
私も驚いたよ。
こういうの、亮太は詳しいんじゃないかな?
きっと亮太の役に立つ。
それじゃあ、しばらくしたら戻るね”
朧からのメッセージを閉じた亮太は、待ち人、柿神の到着を視認した。
亮太「…持ってきた?典子」
柿神「う、うん…あ、あのねリョウちゃん。そろそろバレちゃうかもしれないの、これ以上は…それに調合は薬事法に…」
亮太は紙袋を受け取り、中身を確認する。
亮太「足りないな。もう出来ない?俺は無理強いはしないけど…慈眼様は何て言うかな?」
柿神「まだ!まだ大丈夫!わたし、出来るよ。リョウちゃんの為なら、慈眼様の為なら、何だって!」
亮太「何だって出来る?」
あれから数回、亮太はダイレクトメッセージで慈眼を名乗り、予言を送っていた。
全てピタリと当たる予言に、柿神は心酔と畏怖を抱いている。
同じくダイレクトメッセージで増やした信者を操り、後出しの予言をしただけだが。
亮太「…来月の頭までに、巴楽町派出所の賄賂署長を、救済して欲しい」
柿神「救済、って…」
亮太「わかるよね…?七つの愚者が、その命を持って…」
柿神「終末の始まりを、告げるであろう…」
亮太「出来るね?慈眼様は典子を信頼しているよ。もし裏切るような事があれば…」
柿神「ひ、ひぃっ。やる、わたし、出来るから!リョウちゃん、ちゃんと私を、見てて…」
亮太「ああ、もちろんさ。典子は偉いね…」
亮太は柿神の頬に短いキスをする。
柿神「あ、ああ、ああ、リョウちゃん、リョウちゃん…」
ストレスと、解放。
洗脳の基本だ。
あの事件後置かれた状況で、自分を押し殺し続けた亮太の至った結果だった。
亮太「自分を抑えて抑えて、押し殺しすぎた奴が行き着く先は、愉快な白痴かピアノ線に繋がれたピエロだよ…」
涙を流す柿神を背に、亮太は次の場所へ向かう。
亮太は柿神が見えなくなると、道端に唾を吐きつけた。
亮太「チッ、大体俺は、薄化粧で乳がデカイ、ショートボブが好みで…あれ?」
夕方の屋上。
自殺未遂。
スピーカー。
確か、ヒトラーの真似事をした。
亮太「まさかな」
<公園>
門をくぐると、ベンチに吾妻が俯いていた。
亮太「吾妻さん」
吾妻「あ、ああ、慈眼様、は、はやく、あれを…ね?ね?はやく、あ、あああ」
亮太「その前に、お願いがあります。武闘隊長?」
吾妻「な、なんだよぇ!はやくよこせェ、その袋だろ、早く…」
袋を掴もうとする吾妻を、腰袋のスタンガンを空打ちし、威嚇する。
亮太「まるでパブロフの犬だな。話を聞け、少しでいい。したら、褒美をやる」
吾妻「はい、はい、聞きますとも!ええ、ええ!」
亮太「来月の頭に、TV局の取材が入る。それまでに、与那嶺組の組員を闇討ちしろ」
吾妻「はい、はい、救済します。はやく、はい。あのォまだぁ?」
亮太「お前が欲しがるブツも、奴らなら捌いてるんじゃないかな。俺も来月分を調達出来るか、分からなくてね」
吾妻「与那嶺、与那嶺、来月まで、与那嶺、救済、救済、救済」
亮太「はい。よく出来ました。はなまるのスタンプを押してあげなきゃね」
亮太は紙袋の中の違法調合薬物を手渡す。
吾妻「こ、これだけ???」
亮太「命令をこなす毎に、渡す」
吾妻「さ、最初はあんなにくれたのにィ」
亮太「まんま猿のバナナボタン実験だな。家かアーカーシャで食えよ」
板蔵のじいさん「…………伝えねば」
亮太はその人物の気配、台詞に気付く。
彼は目が悪い分、耳が良かった。
亮太「…」
亮太は踵を返し、公園を後にした。
亮太「奴は四天王の中で最弱…さーて次が本命、鬼畜メガネのナイスガイ」
<実現会 センタネル>
中央ホールにて瞑想の業を行う信者の中に、犬養は佇んでいた。
亮太「犬養さん。お時間、よろしいですか?」
犬養「…ええ」
亮太「あれ、なんか落ち込んでます?」
犬養「なんでもありません」
亮太「そっか。じゃあ付いてきて下さい」
犬養「どこへ?」
亮太「…アーカーシャ、第3ワーク・プレイス」
犬養「…?彼処は封鎖されていたはずでは、そもそも、場所は誰も」
亮太「んま、行けば分かりますよ」
犬養「貴様…何を…」
亮太「気になるなら、その目で確かめて。眉間に開いた、サードアイでね」
亮太はワークプレイスの暗闇を先導する。
犬養「…ここは、過去を司る、第2ワーク・プレイスですが」
亮太「…暗いから足元、気をつけて」
亮太は暗闇を明かりもなく、歩き慣れた様子で進んでいく。
犬養「…?」
亮太は本棚に置いてある本の一部を抜き取る。
その隙間に手を突っ込み、スイッチを押した。
犬養「…ッ!?」
本棚の位置がスライドし、その地面に、網目のついた鉄板が顔を出す。
亮太はその鉄板を足でずらしていく。
亮太「…よっ、と」
ずれた鉄板があった場所には、開口部。
階段が見えていた。
犬養「…地下室、ですか」
亮太「噂くらいは聞いたこと、あるのでは?」
旧振動心理教の教祖、尼斑が、自らが起こそうとした”ハルマゲドン”に備え極秘裏に核シェルターを作っていたと、犬養は耳にしたことがある。
側近を務めた犬養も、実際に見るのは初めてだった。
犬養「まさか、本当にあったとは」
亮太「大戦末期、旧日本軍の地下基地をここに作るって予定表をみっけた。開けて見たら、ビンゴさ。わざわざ裏口入学して古狸を揺すった甲斐があったってもんだ」
犬養「…何年前から、何を企んでいる?」
亮太「この先が不安かい?…行こう。この下に、あんたの未来がある」
亮太と犬養は、階段を降りていく。
亮太「犬養さん、アマムラ…旧教祖を、慕っていたよね」
犬養「…なんだと?」
亮太「お父さんの面影を見た?」
犬養「貴様…それ以上は!…第2ワーク・プレイスの資料か!?まだ歴の浅い貴様は入れないはずだ!」
亮太「俺も親父を失くしてる。気持ちは分かるんだ。痛いほどにね」
犬養「…何が言いたいのですか?」
犬養は冷静を努めた。
感情の沸点が低いのは、自分の欠点だ。
亮太「感情の沸点が低いのは、犬養さんが優しい人だからだ」
犬養「…どんな手品です?」
亮太「手品?そんなのないよ。アマムラさんからの思念、シナジーさ」
犬養「ふざけるな…そんなものは…」
亮太「あれあれ?実現会の実質最高責任者が、問題発言じゃない?獄中のアマムラさんに言っちゃお~」
犬養「いい加減にしろ!…義父さんの名を、語るな…」
亮太「義父さん、ね。っと、そろそろだ」
長い階段を降りると、真っ暗な空洞がひろがっていた。
巨大な防空壕に、作りかけの外壁。
灰皿、空き缶。
モニター、デスクトップPC等、近代人の存在を感じさせる品々。
亮太「…ようこそ、第3ワーク・プレイス”リンカネル”へ」
<実現会 リンカネル>
亮太は壁面に取り付けられたモニターのスイッチを入れる。
犬養「…ば、馬鹿な」
そこには、実現会の全ワークプレイスのリアルタイム映像が映し出されていた。
亮太「あ、テレビも見れますよ!流石にWi-Fiは飛んでないけどね」
モニターにニュース画面が映し出される。
【少なくとも4件 新たな殺害予告】
小林「横浜市臨海公園内の各ゴミ箱に、横浜市在住の投資家 金山博之さんの切断された遺体が遺棄されていた事件についてです。頭部は未だ発見されておらず、今朝未明、新たな殺害予告が加わり、警視庁は警戒を強めると共に…」
亮太「丁度いいや。…犬養さんって、tritterやってる?」
犬養「いえ…いや、一応、アカウントは」
亮太「ほんじゃ、このIDで検索かけて。このアカウントが見つかるから、フォローしてみてよ」
亮太は起動したPCの画面を見せる。
@zigan_hz
犬養はスマホを開き、その鍵付きアカウントをフォローする。
亮太「お、きた。…スクスク育児日記?これ?」
犬養「え、ええ…」
亮太「犬養さん、高機能自閉症の娘なんて居たっけ?」
犬養「え、ええ…実は」
亮太「嘘はいけないなあ?まあいいや、承認した。そのアカウントの最新過去ツイ、見てみてよ」
SNS画面
一日前
慈眼@zigan_hz
”臨海公園 3の愚者 物資主義者 【救済】”
犬養「これは…」
犬養はそれ以前の文面も確認していく。
ここ数日の連続頭行方不明の殺人事件が、ことごとく一日前に予言されていた。
亮太「こっちもどうぞ」
亮太はディスプレイを指差し、大量の承認待ちアカウント、ダイレクトメールをスクロールする。
ダイレクトメール、タイムライン内では、彼に心酔するものが後を絶たない。
犬養「す、素晴らしい!…対馬亮太。貴方は…?」
亮太「犬養さん。あんた、何考えてるのか分からない顔だけどさ、俺には見えてる。本当は見えない世界、宗教を信じてないよね?」
犬養「そんなことは、」
亮太「センタネルにいる時、信者の人達に嫌悪感を抱いている。…違う?」
犬養「心理学、ですか」
亮太「いいや…アマムラさんの力を借りてるんだよ」
亮太は前髪を書き上げる。
そして、左目をくり抜く。
犬養「…な、なにをッ!?」
亮太はくり抜いた目玉を手の平に乗せ、犬養に見せる。
犬養「…義眼?」
亮太は自らの左目の位置を指差して言う。
亮太「アマムラさんも、生まれつき左目が見えていなかったらしいね」
犬養は神妙に頷く。
亮太「彼が捕まる直前、事故にあってね。それから、この空間を通じて、彼の声が聞こえるんだ。…振動心理教、教祖、尼斑 無有の声が」
犬養「…お義父さんは、なんと?」
亮太「済まなかった。また寂しい想いをさせてしまった。と」
犬養「義父さん…い、いや!しかし…」
亮太「確かに俺の予言はペテンだ。けどさ、尼斑 無有の起こそうとしていた事…ハルマゲドンを起こす力が、今の俺にはある」
犬養「…この数年、私は実現会を守る事しか出来なかった。私よりは、力があると、認めざるを得ない」
亮太「話半分でいい。彼の最後の言葉を聞いてあげてほしい」
犬養「わかり、ました」
亮太「…今でもお前を、本当の息子のように思っている。…意志を、継いで欲しい。この男と共に」
亮太は義眼を再び装着し、前髪を下ろす。
亮太「完全に信じろとは言わない。ただ、力を貸して欲しいんだ。どうか、お願いします、犬養さん」
犬養は亮太の座る場所の下に、膝まづく。
犬養「これより私は…対馬亮太。いえ…慈眼。…貴方に、忠誠を約束します」
亮太「犬養さんは、真面目だなあ。生きづらいよね」
犬養「い、いえ。そんな事は…」
犬養はその生真面目すぎる性格で、社会にうまく馴染めず、振動心理教に入信した経緯がある。
亮太「昨今、努力とか根性論を毛嫌いする人は多い。でもそれって、元を辿れば、そういうのを押し付けるタイプの人間が嫌いなだけなんじゃないかって、俺は思う。俺は、犬養さんが好きだよ」
犬養「尼斑無有の代理人。私はずっと…貴方を、待っていました」
亮太「最初の仕事を、頼みたい」
-noise-
<実現会 リンカネル>
12/1
ニュース画面テロップ
速報【先月から続く連続殺人犯、警視庁に7人の眼球を郵送か」
椅子に座り足を組む亮太、両隣に朧、セリア。
前には無表情の犬養、吾妻、柿神の面々が合流している。
亮太はモニターをセンタネルの映像に切り替える。
亮太「そろそろ取材班が来る。典子、聖水とビートは?」
柿神「信者各眉間の発熱剤に混ぜ少量、ホールに液化蒸留物を。バイノーラルビートは最大音量で~す」
亮太「上出来だ。瞑想が終わる15分前に取材班を通せ。セリア、しっかり覚えた?」
セリア「バッチコイ、理紗姉ちぇっく、オーライ」
朧「だいじょびだよ。バッチリ!セリちゃん、しっかりね」
亮太「よし、犬養さん、セリア。準備を」
セリア「はいな!」
犬養「了解です。あの小林というアナ、必ずや」
亮太「吾妻、動けるか?」
吾妻「ウグゥ、イケます、ひひへ」
亮太「ったく、恥ずかしい奴だな…各自、こうなりたくなければ吸引には気をつけてくれ」
朧「それじゃあ、1回目の取材。私たち、真導実現会の存在を、世界に知らしめましょう」
犬養「慈眼にかけて」
セリア「慈眼にかけて」
吾妻「慈眼にかけて」
柿神「慈眼にかけて」
消滅を望むのは、世界か、自分か。
全ての事象に現れる、逆らえない大きな流れ。
その中で、教祖は再誕する。
再びモニターのニュースが切り替わる。
アナ「ただいま速報が入りました。…爆破事件です!次々と、各地の宗教施設が爆破されていると…もう一件…?これは、同時多発ということでしょうか!?」
亮太「混迷する世界に、救済のスタンプをおしてあげよう」
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