第12話 繁華街と処方箋

<駅前 夜>


巴楽町駅前の喫煙所で、亮太は安タバコを吹かしていた。

通常の煙草の半額だが、本数も、吸い終えるまでの時間も短い。

金欠以外の理由で、こんな煙草を好き好んで吸う変人を、亮太は1人知っていた。


-まだショッポ、吸ってるのかな-


喫煙所の人々の顔を見る度に、亮太は複雑な感情を抱く。


繁華街では煌びやかに映る水商売の女も、東区のビジネス街では出来る男を気取るサラリーマンも、ここでは皆同じ目をしている。


亮太「…」


二面性。


それが人間らしさに直結するのかもしれない。


そんな事を考える亮太もまた、二面性を持つ事を自覚している。


実現会の仕事、鍵和田やその他の社会から弾かれた人々。そしてネット上の関わり。


その中に身を置く亮太は、二面性どころか、ルービックキューブかもしれない。


朧「ご、ごめんね、お、遅れちゃって…」


三本目の安タバコに火をつけた頃、待ち合わせの相手が登場した。


亮太「いーよ、楽しかったし。ギャルゲのデートイベントみたいで」


-ヒロインとしては合格だ-



朧はクールな表情はそのままに、肩で息をしている。


朧「ギャル…そんな大それたものでは…げほ、げほ」


喫煙所の副流煙を吸い込んでしまったようだ。

息を切らしている人には酷な待ち合わせ場所だったかと、亮太は予測不足な自分を反省した。


亮太「落ち着いて、ゆっくり息を吸って」



むせる理紗の背中をさすりながら、喫煙所を後にする。


理紗「もうだいじょび、大丈夫。…あの、その」


亮太「うん?」


だいじょびという言葉に、亮太は何か引っかかる物を感じていた。


理紗「あ、ありがと」


むせた後だからか、頬が紅潮している。

メール、SNSから感じてはいたが、朧にも二面性がある。

実現会ではじめに会った時とは、大分違う印象を受ける。

酷い場合、演技性人格障害に近いと亮太は邪推する。


亮太「いや、当たり前だよ。待ち合わせ場所悪かったね、人目につきたくなかったもんで」


朧「そ、そうだよね、あそこの人達、最近街に出てるみたいだから」


亮太「ああ、どっかの馬鹿みたいにお面でも付けたいくらい。んじゃ、行こうか」


2人は並んで歩き出す。


朧「お面…」


亮太「心当たりが?」


朧「ううん。なんでもないよ」


朧はほんの少し亮太から距離を取り、鼻をさすりながら答える。


そこから亮太が導き出す結論は、嘘をついているというものだ。


鼻をさする。


これは、本当の感情を偽ったために、側坐核と呼ばれる脳の報酬系を司る領域が活発になったためだ。


ピノキオの鼻が伸びるという設定は、あながち間違いではないと、亮太は考える。


マイクロエクスプレッション。


亮太が学んだボディランゲージの初歩だ。


亮太「なんだ、びっくりした~」


その知識のせいで人間の醜さを再認識し、ますます他人と距離を置くようになった。

学んだ事を後悔する事もあったが、今の状況、計画の遂行にはこれ以上ない武器となる。

特に、目に見えないものを信仰する場所においては。


亮太「そういや、シャッター街の件、どうだった?」


朧「あ、うん。おかげさまで。若いヤクザの尾行に気づけました。ありがとう」


亮太「なら良かった」


朧「大丈夫クリニック…って、あの、メディカルプラザの?」


亮太「ああうん、内科とか外科とか心療内科とか、色々入ってるビルの一階」


朧「それなら近いよね。時間は平気かな…」


亮太「問題ないよ。営業終了には十分間に合う」


朧「よかった。あ、PDFの資料、開けたかな?」


亮太「うん。ありがたく暗記してるよ」


亮太は腰のバッグをポンポンと叩いて見せる。

プリントアウトした資料が入っている。


朧「役に立てば幸いです」


メールのやり取りから、朧がなんらかの目的を持って亮太にコンタクトを取ってきた事は明らかだった。

でなければ、あんなファイルを新人に送ったりしないはずだ。


亮太「朧さんは、なんであそこに居るの?…熱心な信者ってわけじゃあ、無いよね」


朧「…えっと、お母さんが居たから、かな」


亮太「へぇ…過去形って事は?」


朧「振動真理教だった頃に」


亮太「なるほど…まあ、なんとなく分かった」


朧「詳しい事は、また後に話すね」


亮太「了解、着いたな」



<メディカルプラザ前>


駅前から数分の距離に位置するメディカルプラザが、2人の眼前にそびえる。


亮太「柿神典子についての情報、頭に入ってる?」


朧「う、うん。メールで送ってもらったの覚えた。と、思う、多分…アカウントも遡ったし…」


亮太「ははは。まあいいよ、俺がメインで喋るからさ。実現会の看板娘をやっててくれれば」


朧「了解です。そういえば、どうして私を誘ってくれたの?」


亮太「奴も女だから。後、個人的に苦手なんだ、ケバブ」


朧「けばぶ?」


亮太「ケバいブス。で、ケバブ」


朧「…ぷっ」


朧は吹き出した。

爆笑とは程遠い、小規模な抑圧されたものだったが。


亮太「あとは、朧さんとゆっくり話したかったからかな…色々と」


朧「あ、うん。私もりょ、対馬くんと話したかった」


亮太「タメでいいよ」


朧「わかった。なんて呼べばいいかな?」


亮太「お好きに」


朧「うーん…」


朧は考え込んでいる様子だ。


朧「ツッシー?」


亮太「UMAっぽい」


朧「りょうちん?」


亮太「神奈川No. 1ガード」


朧「リョウ」


亮太「ゲット・ワイルド」


朧「…チンフェ?」


亮太「それだけはよしてくれ…」


朧「ごめん、センスないみたい」


朧はどんよりと肩を落とす。


亮太「ははは、普通に亮太でいいよ!最近腰が鳴っちゃう歳上、でしょ?」


朧「む…やっぱりメールの文面、変えるんだった…」


亮太「ははは、冗談だよ!大きいと肩とか凝るって言うし」


朧「大きい?」


朧はぽかんとした表情を見せる。

その後、自分の身体に視線を下ろし、首の下にたどり着く頃には、抜けていた亮太の主語に気付く。


朧「…あ」


亮太「ん?」


朧「~~~~っ!」


朧は赤い顔で亮太をむすっと睨んでいた。



亮太「っと、そろそろかな」


亮太がスマホで時間を確認すると、19時を回っていた。


周囲を見渡すと、『処方箋』の看板の後ろから、ビニール袋と長い髪がチラチラと見えている。


亮太「またドロンジョ一味かぁ?」


朧「どうしたの?」


亮太「あれが本当の看板娘」


目で看板の方向を朧に伝えると、朧もすぐに気付いていた。


朧「あ、消えた」


亮太「気にしたら負けだ、ほっといてあげよう。世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」


朧「…ラブ&ピース?」


それから10分程待つと、件の人物が自動ドアから出てきた。


柿神「おつかれさまでしたぁ~☆」



亮太「あれがケバブ」


朧「な、なるほどケバブだね」


亮太「だろ?行こう」


物陰から薬局の入り口を張っていた2人は、尾行を開始する。


<裏路地>


朧「全然気付いてない」


朧は声を潜めている。

必要以上だと亮太は失笑する。


亮太「馬鹿だから。…ここら辺でいいや」


朧「薬剤師なんだよね?馬鹿だとなれないのでは…」


亮太「やたらと勉強出来るタイプの馬鹿っているじゃん?あれ」


朧「ああ、なるほど…うん」


亮太「渋柿をもぎ取りに行こう」


朧「さるかに合戦だね」



亮太は柿神に近づく。


亮太「久しぶり。覚えてる?」


柿神「あー!リョウちゃーん!めっちゃ懐かしいやばー。元気にしてたあ?ちゃんとごはんたべてるー?」


亮太「元気だよ、大事な話がある。ちょっといい?」



柿神「え?大事な話?わたしそんな軽くないから!でも、聞く……で、その女誰よ」


朧(ギクッ)


亮太「あー、えっと、メンドくさいから完結に話す。耳かっぽじって。金髪、隻眼の遣いが俺。んで、こっちが慈眼様に仕えるメイド」


朧(め、メイド??)


亮太(言語レベルを合わせてるだけ。とりあえず合わせといて)


朧(ら、ラジャッ)


柿神「なにそれ、どうせ業者でしょ。あなたたちが慈眼様の遣いだという証拠でもあるの?」


亮太「業者?なんか勘違いしてるよ。真導実現会って知ってる?慈眼様はそこにいるんだ」


柿神「リョウちゃん、なんか変わった。前はもっと優しかった。酷いょ…」


亮太(な?話が噛み合わないんだ)


朧(うん、でもわたしもコミュ障、人のこと言えない…)


勝手に落ち込む朧を横目に、亮太は女性を連れてきたという最大のミスを悔いる。


朧は計画の重要なファクターだ。

朧とのコンタクトは上手く行ったが、

一石二鳥と二頭を追う虎、両立は出来ないらしい。


柿神「何コソコソ話してんのよ!平和クラブの元カレ呼ぶわよ!キィーーッ」


このままでは拉致があかない。

亮太は自分を押し殺す。

過去の忌まわしい”男娼モード”へ切り替えた。


亮太「ごめんね。典子。この人は本当にただのメイドさんで、何でもないから。ゆっくり話をしよう?」


柿神「ほんとに…?」


亮太「ああ、本当だよ」


朧は首をブンブンと縦に振っていた。


柿神「嬉しい…」


亮太「ワイロのクソ署長が、店辞めたの教えてくれてさ。薬剤師に戻ったんだってね。偉かったね」


柿神「ううっ、リョウちゃああん、ピーちゃん頑張ったよぅ、借金も返したんだよ?あのおじさん鮮魚臭かったよぉー」


亮太「よしよし、偉かったね。けど、何をしてても典子は素敵だよ」


亮太は柿神の頭を撫でながら、後で手を洗う算段を練っていた。


柿神「慈眼様の遣いって、本当…?」


亮太「ああ、典子には実現会のアーカーシャで力を貸して欲しいって」


柿神「…リョウちゃんもいるの?」


亮太「ああ。今はその為に生きてる」


-計画を完結させる為、か…-


柿神「わかった!いく!この後リョウちゃんどうするの?よかったらうちに、」


亮太「この後空いてるんだね。よかった。このままアーカーシャに向かって欲しい」


柿神「えぇー、なんでぇー」


亮太「これからはいつでも会えるから。ね?」


神柿「わかった…」


亮太「住所はLAINで送るから。IDは変わってないよね。連絡返せなくてごめんね。最近忙しくて」


柿神「ううん、いいの。今が大事だもん」


亮太「ありがとう。そこに犬養というメガネの人が居るから。朧理紗…そこのメイドさんね。その人の紹介だって伝えて」


朧はまたも首をブンブンと縦に振っていた。



柿神「うんうん」


亮太「じゃあ、俺はこれからライト・ワーク…人々に光をもたらす仕事があるから」


柿神「なんか、リョウちゃんかっこいい~!またね!LAIN待ってます☆…既読無視は、イヤだよ?」




亮太は踵を返し、朧はこくんとお辞儀をし、裏路地を後にした。



<繁華街>



亮太「あー、疲れた…無駄に」


朧「おつかれさまです。…あの、顔色わるいけど、平気?」


亮太「ああ、うん。大丈夫クリニック…ゲホ、ゲホッ、ちょっとコンビニ寄っていいかな?」


朧「あ、うん。待ってる。急がないでいいから」


亮太「サンキュ、産休…」



柿神と別れてから、亮太の様子がおかしいことに朧は気付いていた。


朧「体調が悪そう…ほんと、大丈夫かな」


コンビニの外で、朧は待つ。


こんな時、煙草を吸う人はやる事があっていいなあと、朧は先の喫煙所での待ち合わせを思い浮かべていた。



亮太「落ち着いて。ゆっくり息を吸って」




朧「やっぱり、優しい人。前より女慣れしてる感じだったけど…」



朧は過去の記憶を探る。


何度も何度も回想して、少し色褪せてきた、大切な記憶を。

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