第8話 データベースとファーストステップ

野垂れ死にかけていた所を与那嶺組の鍵和田に拾われ、裏の仕事を貰い、今に至る。

その仕事が計画の前倒しに繋がったのは、偶然の産物だったが。

運命という概念を亮太は信じないが、流れのようなものは確かに存在すると感じていた。



鍵和田に出会う前の過程、ストレスから精神を持ち崩した亮太の最後の客が、この薬剤師アカウントの主、柿神 典子だったのだ。



亮太「つか、”大丈夫クリニックって正気か?あそこ心療内科だよな…大丈夫は地雷NGワードなんじゃ…」


柿神は、処方箋無しで薬を持ち出しては逢瀬を迫る、最後にして最悪の客だった。


亮太「………」


不意にアイデアが浮かぶ。


亮太「…チョッチ、働いて貰おうか。”サプリメント”要員として」


神柿のフォローを承認し、ダイレクトメッセージの文面を打ち込んでいく。



”フォロー有難う御座います。

僭越ながら承認させていただきました。

グレート・スピリッツに貴方は選ばれたのです。

是非アーカーシャに足を運んで頂きたい。


私の予言が正しい事は、過去のツイートを遡って頂ければお分かりになるかと思います。


それでも足りないようでしたら、先行で貴方だけに直近の予言を託します。


12の月、初の太陽が昇る頃。


七の愚者が、その命を持って、終末の始まりを告げる。

その中のひとつは、権力の象徴であろう。



もうひとつ、貴方についてです。


柿神 典子さん。

かつての過ちを悔い、病める人々を救うライトワークに戻った貴方は、美しい。

お父さんの事、辛かったですね。

男性に執着する事は、前世のカルマが関係しているのです。

その渦中で尚、医療への志を捨てなかったあなたを、私は愛します。

故に、大いなる導きは、私達を引き合わせました。

その身はもう、穢れてなどいません。”



亮太「我ながらよくスルスル書けるもんだ」


ダイレクトメッセージを送信すると、亮太は今日最後のデスクワークに移る。


先日からフリーメールのやり取りを高頻度で続けている朧理紗から受け取った、PDFファイルの資料に目を通す。



資料 履歴書形式で顔写真付き



実現会信者の名簿、年齢、電話番号、住所からSNSのIDまでもが、ずらりと並んでいる。


亮太「想像以上だな、こりゃ」


亮太は朧への見識を改めつつ、重要人物の資料からページをめくる。


亮太「犬養さんね、あのインテリヤクザ風の…」


【犬養 義樹 (ホーリーネイム:ファントム)】


”19XX年、入信。

旧教祖が覇権を握った全盛期から籍を置く。

現在、残党の実現会の中では最古参の層に当たる。


幼少期、父親を失っている。

その後母親にネグレクトを受け、心神喪失の折、大学の友人の勧誘で振動心理教に入信。


旧教祖の尼斑に父親の面影を見出し、当時から幹部として献身的な働きをしている。”


*ちなみに「やっさん」というアダ名は、私が最初にイヌカイをイヌヤシと間違えて読んでいた為です(恥ずかしい)



亮太「ほぅ…やるね、理紗ちゃん。こいつぁ良いや!使える…えー次、次」


ページを捲る。


【吾妻 平祐 (ホーリーネイム:インプルス)



”20XX年、入信。


貧しい農家の家庭に生まれる。

高校時代はボクシングで全国区の実力を誇っていた。

高校卒業後、家を出る。

格闘技のテスト生として生計を立てていたものの、空白期間を経て、違法地下闘技場の八百長に関与、懲役刑を受ける。


獄中、旧教祖の尼斑と思念通信を交わす。(と、本人は主張)


釈放後、実現会に入信。

現在は荒事専門の武闘隊の指揮を執っている。”



亮太「暗記暗記…っと、次はあの白髪のロリっ子だ」


ページを捲る。



【滝見屋 セリア】


”現在調査中”



亮太「…んあッ!?」



よく見ると紙の下部に小さい字で手書きの文字を発見する。


亮太「紙の端に小さい字…自信のなさ、曖昧なアイデンティティの表れか。胸はデカイのになぁ」


亮太は右目を細める。



”朧メモ


本人が何も話してくれないので…

両親は多弁だけど、今は海外の実現会支部で幹部をしてるみたいで…


よかったら今度、対馬くんも一緒に話しかけて下さい”



亮太「おいおい…まあいいや、しゃーなし」


SNS通知音が鳴る。


資料に目を通していると、柿神からダイレクトメッセージの返信が届いたようだ。



DM画面を開く。


”こちらこそ、ありがとうございまぁす!(*'ω'*)


私についての事、全部ピッタリ当たってました。

本名まで分かるなんて…

お父さんの事も、知り合いにしか言ってないのに。

ほんとにビックリしてて、

文字を打つ手がふるえてしまいます(°_°)


次の予言も、たのしみにしています!”



亮太「馬鹿丸出しの文体。こう言う女を縄で馬に繋げて競馬観戦したい、パイロットは武豊で。…まあ、こいつが1番チョロいけど」



”返信ありがとう。

紀香さんの事は、アカシックリーディングからの啓示を受け、よく知っています。

清らかなアニマに、私のサードアイも共鳴しています。


今、貴方に使命があると、アカシックレコードからの通達です。

代理人の遣いを送ります。


金髪、隻眼の青年。

或いは、黒髪の女狐。

貴方に縁のある人物でしょう。”




亮太はデスクトップPCをシャットダウンし、立ち上がる。


充電器からスマホをパージするとメール画面を開き、朧にメッセージを送る。


”1人リクルートしたい奴がいる。

一緒に来てくれない?”



椅子に掛けていたカーキのアウターを羽織り、飲みかけのおしるこを傾け、口に付けたまま缶を叩く。


亮太「お。全部出た、粒」


缶をゴミ箱に投げ入れる。


亮太は今の自分と空き缶を重ねる。


世界がゴミ箱なら、そこに自分という空き缶

を投げ入れる。



亮太「粒が綺麗に出たら、次は何を詰めよう」


毒ガスか、爆発物か。


どちらにせよ、その容器の末路は想像に難しくなかった。


朧からの返信を確認する。

相変わらずのレスポンスだ。


亮太「さて、行くか。猿蟹合戦に」

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