第9話 朧とポエム
【1日前】
<実現会 階段>
朧理沙は逡巡していた。
先程届いたメールの返事及び、その相手についてだ。
理沙はメール画面を開く。
11/15 18:16
from 長谷川
さっき非常階段で話した長谷川です。
連絡先交換ありがとう!
改めて、実現会の新人です。
よろしくね。
あ、さっきはタメ口きいちゃったけど、初対面で美人に年齢を聞かないのも、紳士のマナーかなあなんて思っちゃてw
理沙さんは実現会に入ってどれ位になるのかな?
いつもはセンタネルに居ないよね?
もしかして研究棟の人?
質問ばかりになってしまったね、すんません!
良かったら返信待ってます!
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朧にとって、初対面ではないこの人物との邂逅は、言わば予定調和だった。
まさか、実現会に入って来るとは思わなかったが、それからは概ね計算通り。
朧「変じゃなかったよ…うん、絶対。どもってもいなかったはず…」
短い会話だったが、長谷川との会話の後、朧は別の階段でスマホを眺めた状態のまま固まっていた。
朧「積極的な女とか、思われてそう」
朧は今日何度目かもわからない、頭を抱えるモーションを取る。
朧「だいじょび!だいじょ…じゃない…うう、何がだいじょびなんだ、もう疲れた…わたしって一体…」
実現会に居るときの彼女は陽気で能天気キャラ。
そんな皮を被らないと、とても居られたものではないのだ。あの場所は。
実際の理沙は陽気とも能天気とも真逆な性質だった。
朧「返信、返信…ああ、顔文字。…顔文字とか、わかんない…ネットのは、キャラ違うし」
JKもJDもまともに経験していない彼女にとって、異性とのメールのハードルは険しいものであった。
返信文の作成に煮詰まり階段から腰を上げ、伸びをする。
朧「ん~~~っ」
ポキポキと、関節からクラック音が鳴る。
歳を重ねる度に音数が増えている気がする。
朧「私は24歳です。君より少し上かな?最近腰がつらくて、もうおばさんです……これもボツ。はあ」
腰を右にひねったついでに、踊り場の手すりから下を覗いてみる。
朧「…あ」
裏口のあたりで、数人の人影が見える。
朧「あ、あれって…」
遠目だが、間違いない。
亮太だ。
朧「あれって…囲まれてる?」
毎日、亮太が実現会の裏口から出て行くのを、この非常階段から見送るのが、朧の日課になっていた。
朧「助け…警察、は、だめだし…そうだ、やっさんに」
朧はスマホを取り出し、犬養に連絡を取る。
犬養『はい、犬養です』
朧は即座に”実現会モード”の自分に切り替える。
朧「あ、やっさん?急で悪いんですけど、裏口で長谷川くんが誰かに絡まれてます!吾妻さん達を向かわせて、お願い!」
犬養『誰か…とは?』
朧「遠くてよく見えないけど、男数人!ひとりはお面みたいなのつけてるみたい」
犬養『お面…平和クラブのチンピラか?与那嶺組の息がかかっている可能性が…』
犬養は通話越しにブツブツとひとりごちている。
朧「誰でもいーでしょ!やっさんが動かないならわたし、警察に言っちゃうから!」
犬養『…分かりました。くれぐれも余計な真似はしないように』
朧「もう、はやくはやく!…あ」
裏口の日陰で何かが光った。
朧の目には、それは雷のような放電に見えた。
犬養『今向かわせましたが…どうかしましたか?』
裏口からお面の人物と、怪我人を背負った男が出てきた。
朧「裏口から西区方面に、逃げていきました…」
犬養『全く人騒がせな…大体私はあの長谷川という男をあまり信用していない』
朧「怪我人を1人確認しました。長谷川くんの正当防衛だとしたら、マズイのでは?」
犬養『チッ…吾妻班を追跡に回します。あなたは…分かっていますね?』
朧「はいはい。…引き続き、対馬亮太の監視及び調査、ね」
犬養『若く美しい女性の貴方にしか出来ない、大切なライト・ワークです。頼みましたよ』
朧「インテリセクハラ天パ」
犬養『…何か言いましたか』
朧「いえ、慈眼に感謝してライト・ワークに励みます!」
犬養『よろしい。では』
通話を切ると、朧の口からは溜息が漏れ出した。
朧「男の人、やっぱり苦手…」
朧は男性が苦手だった。
家庭環境が影響している事は間違いなかったが、それを差し置いても犬養という人物は苦手だ。
朧「あの人は違うかな…少しだけ」
対馬亮太だけが、唯一心を開けるかもしれない男性だと、朧は淡い期待を抱いてきた。
そんな彼も、以前とは大分雰囲気が変わっているようだった。
傷んだ金髪と長い前髪だけはそのままだったが。
自分自身も、たくさんの皮を被り、擬態して人生を送ってきた。
彼が朧に気付かないのは、至極当然の流れだと、朧は自分に何度も言い聞かせていた。
メール画面を開く。
re:~
朧「こちらこそありがとう…っと」
初めて出会った日の事は忘れて、当たり障りのない文面を作成し、朧は研究棟に戻った。
24歳という年齢をメールに書くと、何故だか頭痛がした。
朧「時間だけは、残酷に平等。かあ…」
自分だけが時間の流れに取り残されたような感覚を、彼もまだ抱いているのだろうか。
まるで他の人々とは別の時間軸を生きているような錯覚。
あの事件以来、そんな感覚が朧の中には在り続けていた。
そして、流れから弾かれた二つの時間軸は、弾かれたもの同士ならば、交わるかもしれない。
それが朧の中にある、たったひとつの希望だった。
朧「きっと君が動かしてくれる…止まった針も、空っぽの胸も」
自分の精神と不釣り合いに成長した胸を押さえながら、
朧「だ、誰もいない?」
ポエミーな独り言を放った後悔から、周囲を警戒する朧だった。
ポエムを呟くと、誰かが不意に声をかけてくる。
そんな期待を抱くのが、朧の癖になっていた。
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