第7話 手詰まりと天井

2年前


<裏路地>



手詰まり。


そんな言葉が脳裏に焼きついて離れない。

普段使わないはずのその言葉が、妙な現実感を纏い亮太の頭を覆い尽くしていた。


モヤが掛かった状態の脳みそを浄化するべく、亮太は本日2箱目、ラスト一本のタバコに火をつける。


弱々しい肺活量ながら、可燃剤の力を借りてショート・ホープの煙が青く、白い天井へ昇っていく。

その煙を無心で3秒、眺めた。


ゲーム数も、人生すら天井に近づいていた。

そう、2年前の夏、亮太は人生を賭けてパチンコ屋さんで最後の大勝負を熱く繰り広げていたのである。


亮太「くるな、くるな、よしよし、いい子だ…」


B級映画のハッカーよろしく、亮太はじゃじゃ馬をあやしていた。


-スロットを打ったことのない健常な方々に説明すると、スロットには天井という機能があり、簡単に言えば1000回くらい当たらないでいるとちょっといい感じの当たりが引けるよ!

というアホ救済システムである-


亮太はそれを待っていた。

もう希望はそれしかない。

財布の中の全財産は天井までの分しかない。

ちなみに天井に到達する前に当たると、ただのショボい当たりである。


最後の千円をサンドが吸い込む。


亮太「…?」


悪寒がする。

言い知れない悪寒。

次のレバーを叩いてはいけない。

そんな予感めいたもの。

時が止まる。

そんな気すらする亮太だった。


しかし、人は慣れる生き物なのだ。

ルーティンワークに支配された亮太の右手は勝手にレバーを叩いた。

このレバーオンをもう何回繰り返したのだろう。

亮太は感慨に似た感情を抱く。


亮太「気のせい気のせい…セイラライッ」


ビビビビビィィィィッ


チャンスボタンをプッシュしろと台が訴えた。


亮太「ちょやめッ」


亮太は恐る恐る、出来るだけ弱くボタンを押した。


台「激アツ」


亮太「アァアアア」


涙が出てきた。


(数字揃う音)


テーレッテレッーテッテレー♪


亮太「オー・マイ・ゴッド」


当たってしまった。


神は、死んだ。


しかし、ここで犬(大当たりの中で一番ショボい)が出なければまだ挽回は可能。


液晶の犬「ワオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン」


デデン・デデン・デデン・デデン♪



亮太「死だ」




パチンコ屋を後にし、全財産を失った亮太は、おぼつかない足取りで煌びやかな光を背に、店を後にした。


スマホを取り出し、SNS「tritter」を開く。


@ryo_chige


”天井手前で犬を食らった

金ない

タバコもない

死が近い(笑)”



その頃の亮太はtritterを非公開設定にしていた。フォロワーは1人だけ。

アニメオタクでパチスロ打ちの、中年男だ。

意味は特になく、惰性でここに状況や人に話さない感情を書き込む事が亮太の日課だった。


今の亮太は、顔も声も知らないたったひとりのオッサンに、存在を委ねている。



繁華街は、今日も回る。

人も、街も、回り続ける。

昨日も、今日も、明日だって同じ所を回り続けるに違いない。

夜が更けてもこの街は眠らない。

地球が終わる前日も景気良くネオンを光らせているだろう。


亮太「………319円」


亮太は裏路地にへたり込み、

小汚い財布をまさぐっていた。

最後の晩餐はミニ牛丼だろうかと、思考も鈍かった。


(足音)


???「……」


亮太「ん…?」


誰のものかも分からない気配を、昔の自分の後ろに隠れていた親友の気配と重ねている自分を、亮太は自嘲する。


亮太「一眼レフ、買えたかよ…なあ?」



気配の主が誰だろうと、今の自分なんて死相が出ているに違いないし、チラ見くらい許そうじゃないか。

出血大サービス。

ああ胃が痛い。

出血大サービス。


そんなモノローグが浮かぶ程に、亮太の精神は疲弊していた。



<30分後>


亮太はまだ先程の裏路地から動けずにいた。


亮太「…189円」


???「ジュース買ってんじゃねえよ!」


亮太「おわっ!??」


ドスの効いた声の発生源を振り返ると、いかにもちょいワルと言った風貌の、中年男が明るい笑顔を向けていた。



鍵和田「tritterから来ました、key坊です」


亮太「えっ」


tritterで顔写真等を見たことは無いが、亮太はその顔に見覚えがあった。



鍵和田「さっきパチ屋にいたでしょ?ピンと来てさ~天井前の犬、腹立つよなぁー」


ピンと来たのはお互い様だと、亮太は内心で思っていたが、平静を保つよう務める。


亮太「あ、ああ…そうなんすか。いつもお世話に…」



鍵和田「人は常に失い続けている、時間も寿命も金も人間関係すら。

そして社会不適合者は失う事に比べて得る事が圧倒的に少ない。

だのに、パチスロなんぞ打って採算を合わせようともがき、喪失に拍車をかけるから余計に苦しむ事になる…俺も、リョチゲくんも、な?」


亮太「…あんた、何を知ってる」


鍵和田「唐突で悪いけど、俺んとこで働かないか?…仕事、見つからないんだろ?給料弾むからさ。女に媚びるよか、幾分マシなはずだ」


亮太「怪しいっすね…裏がありそう、そりゃもう、バリブリに」


鍵和田「まあまあまあ!飯くらい行こう!美味い中華が近くにあるんだ。好きなだけ食っていいぞぉ」


亮太「…あんた、捜査レポートの、」


続く言葉の前に、空腹が呻き声を上げた。


鍵和田「深夜アニメの話も、パチスロの話も…15年前に殉職した警官の話も。腹が減ってちゃ、な?」


亮太「で、でも」


鍵和田「…頼まれてんだ。息子の事を」


亮太は回らない頭を必死に低速回転させ、ひとつの結果に至る。


亮太「…チャーハンに麻婆豆腐かけていいですか?」


鍵和田「おうおう、アレをやるとは、話が分かるねえ!」


亮太「え、えっと、あと餃子も」


鍵和田「はっはっは!力むな力むな、福耳は逃げないぞ~」



気が付くとその大きな背中を、亮太は追いかけていた。

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