第5話 ショート・ホープ
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観測者として、ここに記す。
SNS「tritter」にて、初の投稿。
以下がその内容である。
”善いとか悪いとか
そんな観念を超えた場所がある
そこであなたと出会う
その芝生に魂が横たわるとき
世界は言葉で語り尽くせない
観念も言語もどんな名言も
何の意味もなさない
この瞬間
この愛が
私のもとへ安らぎに来る
ひとつの
存在のなかに
多くの存在が訪れる
ひと粒の麦のなかに
千束の干草
針の目の内側に星々が輝く夜”
真偽は不明。
同内容と思しき文言を、個人ブログサイトの過去ログにて確認。
現在は閉鎖されている。
今後も観測を続行する。
追記: SNSにて、1人目のフォロー。
アカウント名「メメント・モリ男」
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<noise>
【施設内 】
rec.12/2
白髪の少女「852Hzの神恩に、三眼と魂を傾けなさい」
仏教系バイノーラルビートが空間を充満させる。
小林「現在取材をしているのは通称”センタネル”…真導実現会の、玄関とも言える場所です」
初の潜入取材に、小林の頭からはリラックスなどという概念は消えていた。
小林「白髪の…女の子です。立ち台からの女の子の言葉を皮切りに、音楽が流れ始めています。犬養さん。これは一体、どんな意味が?」
犬養「サードアイを開くと言われる、852ヘルツの神恩です。一日7時間、座禅を組み、眉間に意識を集中します」
小林「な、7時間?食事やお手洗いは…?」
犬養「ありません」
小林「なるほど、厳しいのですね…サードアイ、というと?」
犬養「物質を観測するのが左右の瞳。霊界を観測するのが眉間に開くサードアイです。俗にいう第三の目、シックスセンスです。センタネルは、その開眼を促す修業の場になります」
センタネルの広場には左右にウーハーのようなスピーカーが設置されている。
信者は目を黒い帯で覆い、眉間にペイントを施し、
その852ヘルツの音を聴いている。
小林の目には、それは異様にしか映らない。
小林「眉間のペイントには、どんな意味がありますか?」
犬養「自然エネルギーによる発熱を促し、意識集中の糧にします」
確かに、ペイントの周辺は皆、赤みがかかっている。
それは小林の知る、低温火傷に酷似していた。
犬養「もう、終了の頃でしょう」
犬養が言うと、数分のうちに音楽の再生は終了した。
小林「…あ!」
小林は、あの立ち台に居る少女についての質問を失念していた事に気がつく。
信者が皆、立ち台の方向に意識を集中していく。
白髪の少女「…………」
静寂が流れる。
小林「あの、これは」
犬養「シッ」
犬養に質問を封じられ、小林は閉口する。
そのまま5分程、無音状態が続く。
その間小林は、普段感じない耳鳴りを感じていた。
やっと、少女が口を開く。
白髪の少女「善いとか悪いとか
そんな観念を超えた場所がある」
小林は息を飲む。
修業後のセンタネルに満ちる、ある種狂気じみた空気。
そこに少女の美しい声が溶け合い、甘美な空間が、確かに生まれていた。
白髪の少女「そこであなたと出会う
その芝生に魂が横たわるとき
世界は言葉で語り尽くせない
観念も言語もどんな名言も
何の意味もなさない」
信者「…っ、…ぁっ」
方々から響き始めた信者の嗚咽。
そうか、啜り泣いているのだと、小林は気付く。
白髪の少女「この瞬間 この愛が
私のもとへ安らぎに来る
ひとつの存在のなかに
多くの存在が訪れる
ひと粒の麦のなかに
千束の干草
針の目の内側に星々が輝く夜」
その詩が締めくくられる頃には、信者の嗚咽は、号泣に変わっていた。
信者「う、うぅ、うぁあ、う…」
信者「慈眼、ああ、慈眼様…」
信者「待っています。大きな、大きな愛を…」
小林「耳鳴りが…あ、あれ…?」
強くなる耳鳴りに戸惑う小林の目には、何故か涙が溜まっていた。
小林「…ッ?」
もらい泣き?小林は自分に問いかける。
新興宗教。
カルト教団。
そんな、危険で胡散臭い場所に取材に来たと思っていたのに。
洋服の裾で、目を擦る。
犬養「貴方の中に流れるイノセンスを、確かに感じます」
小林「そ、そういうわけでは…」
元々涙脆いタチの小林ではあったが、溢れた涙の意味は、何と無く掴んでいた。
痛み。
嗚咽からそれが伝わってきたのだ。
ここに居る人達は、辛いことが多過ぎたのだと。
ここに居る人達は、現実に居場所がなかったのだと。
それは、弟と二人きりで生きてきた自分と同じ種類の哀しみだと。
犬養「貴方も…」
小林「あのっ!あそこで話している方々にお話を伺っても?」
情に流されては、リポーター失格だ。
小林は意図的にセンタネルの隅で話し込む男女に意識を向ける。
犬養「…今は時ではないようだ。…構いません、若い魂を伝播してください」
小林「ありがとうございます!」
小林とカメラマンは、ホールの隅に移動する。
亮太「いや、それは問題ない。名前が分かればいい」
朧「だったらすぐにでも。…後はメールで」
小声で話し込む男女は、小林の接近を悟り、会話を切ったようだ。
小林「あのー、お話を伺ってもよろしいでしょうか?」
朧「全然だいじょびですよ!…ね、長谷川くん?」
亮太「ええ、答えられる範囲でなら!」
二人の男女は、にこやかに、明るい雰囲気で応対する。
小林「若い方です。お二人はどのような経緯で実現会に?」
亮太「僕は、元々ヨガに興味があったんです。ネットでヨガ道場を探していたら、偶然ここが目に留まって。知り合いの方にたまたまパンフレットを貰っていたのを思い出して。ああ、これは運命かなって」
朧「それから長谷川くんは熱心にワークプレイスに通ってくれて、今は大切なお仕事…ライト・ワークも任されているんですよ!」
小林「なるほどですねー。おぼ、…おぼろさん?は?」
小林は胸のネームプレートから名前を確認する。
読み方に自信が無かったが、合っていたようだ。
朧「私は、母から教えてもらいました。最初は怪しいなあって思ってて、正直半信半疑だったんですけど、実際に御業を体験してからは、インナー・チャイルドとうまく対話できるようになったり…いい事尽くめです!」
噛み砕けない用語がいくつかあったが、熱心な若い信者という印象を受ける。
小林「お二人は、主にどのような役割を?」
亮太「基本的には皆さんと変わりません。僕は外に出る機会が多いというだけで」
朧「私は、細やかながら、人の心に光が満ちるよう、研究をさせて貰っています」
小林「それで白衣を着ているのですね。…研究の内容を聞いても?」
朧「う~ん。私は構わないんですけど、やっさんがうるさいからなあ」
亮太「理紗ちゃん、ファントムさん見てる見てる」
犬養「………ピキッ」
朧「うわっ、青筋立ってる!キレる30代、こわ~…って事で、研究内容は、すいませんっ」
小林「わ、分かりました。その件はまたの機会にでも…」
小林が顔を上げると、カメラマンが腕時計を指していた。
取材の終了時間が迫っている。
今から出来る質問は後ひとつだろう。
一問一答で終わる簡単なものを小林は考える。
小林「男女間の交際なんかは、自由なのですか?」
小林が若い二人を見て抱いた純粋な疑問。
少々低俗だと、小林は胸の内で自分の頭のスロー回転を嘆いた。
亮太&朧「不純ですので!」
-こうして、第一回、真導実現会潜入取材は終了した。
まだまだ予断は許されない。
オンエアー予定は、正月らしい。-
<noise>
【中華居酒屋 福耳(深夜)】
健介「…以上が、15日、シャッター街の件での、一連の流れです」
深夜の静まり返る福耳の個室で、健介と鍵和田は円卓を囲っていた。
PCの青白い光が、常夜灯で頼りない室内を照らす。
鍵和田は円卓を回転させ、健介の報告テキストと、遠目に白装束の集団を捉えた画像を表示するPCを持ち主に返す。
鍵和田「その能面の性別は?」
健介「それが、なんとも言えなくて。オーバーサイズの黒いパーカーで、シルエットも分かりづらい感じでした」
鍵和田は顎に手を当て、思案する。
亮太からの報告にあった能面の人物。
彼は女の線が濃いと言っていた。
鍵和田は亮太の”目”を信頼している。
ボイスチェンジャーを使うという特徴も一致している。
鍵和田「腑に落ちねえな」
健介「何がです?」
亮太と接触した際、能面はスタンガンに怯み退いていったと聞いている。
しかし、健介が遭遇した能面は多数のナイフに怯むどころか、素手の武術で応対している。
鍵和田「アジア系の青年ってのは、平和クラブに囲われてたりしない?」
健介「いや、特にそんな話は…聞き込みしましょうか?」
鍵和田「いや…お前に大事がなくて本当、何よりだ。セーフティの操作くらい教えとかなかった、俺の落ち度だ」
健介「カギさん、もうそれ100回聞きましたよ。ほら!この通り!ピンピンしてますから!」
鍵和田はもう一度思案する。
長年この街に腰を据えてきた彼だったが、自分の影響が及ばない所で、何かが動き出している事が確信に変わっていた。
真導実現会、平和クラブ、能面。
そして…
健介「うわ、また増えてる…」
鍵和田「なんぼ?」
健介「今、1万越えました。なんなんですかね、こいつ」
SNS「tritter」に突如現れたアカウント。
振動の教祖を謳い、位置情報は巴楽町を指している。
操作者の許可が降りなければ閲覧できない、所謂鍵アカウントなのだが、そのフォロワーの増え方が異常なのだ。
たった数日で、その数を万まで伸ばしていた。
健介「気味が悪いっすよね。なんでも、巴楽町で起こる事件、数は減るけど県外の事件、火災、終いには世界の滅亡なんかも予言するとか…フォロー許可待ちの奴らが溢れかえってますよ」
鍵和田「一部じゃ、正体は17年前の事件後幽閉されてる、振動神理教の尼斑だなんて声もあるらしいな」
健介「刑務所からどうやってtritterすんだって話ですよね。まあこのノリだと思念がアカウントを動かしてる!なんて説が出てそうですけど」
健介は苦笑する。
鍵和田「世界が不安定な時期に、必ず出てくるんだ。そういうのは…」
健介「最近ミサイルだ何だって、物騒ですからね…ノストラなんとかみたいな感じですよね」
鍵和田「そして、その不安を餌に増殖していくものは、有史以来、相場が決まってる」
健介「…?えっと、すいません、頭悪くて」
鍵和田「宗教だよ」
吐き捨てるように鍵和田が言うと、同時に扉がノックされる
ママ「カギさ~ん、セイロンティーで一息ブレイクしないアルか~?長引く正論も身体に毒ネ」
鍵和田「そうだな…ブレイクしよう」
鍵和田もここ数日、多発する火災や傷害事件、薬事法違反者の増加、その処理で疲れ切っていた。
ママ「深夜の秘め事、あなたに一杯…チュッ」
健介はお茶を出すママにウィンクと遠隔キスを喰らい、身ぶるいする。
健介「ウウッ、キモッ。しっかし冷えてきたなあ、もう冬だ」
ママ「何ヨ!ヤクザのくせにキンタマのちっさいガキネ!ソレだからホワイトイカレポンチにヤられるアル!」
健介「んなっ、俺だって、俺だってえええ」
鍵和田「泣くなよケン、ママは強いんだぞ。仕方ない仕方ない。はっはっは」
ママ「万里の長城、114514週余裕アル!中華人民共和国、バンザイ!バンザーーー」
扉を強打する激しい音で、ママの万歳三勝が打ち止めになる。
菫「クソ親父…何時だと思ってンのよ…」
髪をボサボサにした寝起きの菫が、騒ぐ3人の前に現れる。
ママ「ママと呼びなさい」
菫「うるさーい!今日という今日は…腐れカマ、私のアトリエを返せええええッ」
菫はママに鋭く光る眼光を投げつける。
健介「メッ、メデューサ!?」
ママ「オイ童貞。寝起きの菫見てアソコ石に成ったアルか?」
健介&菫「下ネタやめんか!」
和気藹々とした空気が、夜中の福耳に流れる。
鍵和田「家族だなあ」
菫「うわっ!省悟さん!?いたの!!あー!髪ボサボサ!寝巻き!最悪ううううううううう」
健介「菫さんが1番うるさいんじゃ…?」
ママ「夜中に騒ぐ、コレ万死に値」
鍵和田&菫&健介「あんたが言うな!!!」
幼い頃から身寄りの無かった鍵和田にとって、与那嶺組や福耳は、本当の家族だった。
健介「あ、リョチゲの新曲アップされてる」
健介はPCに届いたバナー通知から、youcubeの動画リンクを開く。
菫「えっ、まじ!?聴きたい!きこー!」
鍵和田「歌手かなんか?」
菫「アマチュアのラッパーだよ!作詞作曲とか、全部自分でやってるんだけど、すっごく良いんだあ。心に刺さるの」
健介「tritter」のフォロワー数も凄いし、平和クラブでも流行ってますよ。あそこでは有名になる前から流行ってたけど…何故か」
鍵和田「へぇー、リョチゲ、ねえ」
健介「にしても、重いなあ」
菫「ママ、早く店にwifi入れてっていつも言ってるじゃん!」
ママ「先立つ…先勃つものグァ…wifiよりヤニよ…、ニコチンが、二個チンが」
むにゅ。
健介「ウガアアアッ、どさくさに紛れて何してんすか!?痛っ、チギれるチギれる」
ママ「welcome to NEWHALF world…」
菫「ママまだ付いてるでしょ!」
鍵和田はそんな光景を見ながら、頭は15日の事件に引き戻されていた。
鍵和田「なあケン、さっきの話…現場にはタバコの空き箱しか無かったって言ったよな」
健介「え?あ、はい!ゴミだと思いますけど」
鍵和田「銘柄とか、分かる?」
健介「えーっと…確か…ショ、ショー?」
そのタバコに鍵和田は、覚えがあった。
今までの違和感が点と線で重なる。
鍵和田の脳裏に、ある人物の面影がフラッシュバックする。
菫「あ、再生できるよ!」
菫はマウスに手を伸ばす。
鍵和田「…………」
健介「カギさん?」
鍵和田「ショート・ホープ。14ミリのな」
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