第4話 能面と掌底
<裏路地>
右往左往、健介は風鈴街の周辺を洗っていた。
健介「またこの路地、公園…くそ、見失った…!」
鍵和田との通話を切り事務所に戻った後、遠くに白装束の女を目撃し、その影を追っていた健介だったが、見事に振り出しに戻っていた。
メモ帳を取り出す。
健介「女、ショートヘア、白い服装…これだけか」
大気は冷え込み始め、もう冬の足音がすぐそこだというのに、健介のスーツは汗で太ももに張り付いていた。
メモ帳から視線をあげると、公園から1人の人物が出てきた事を確認する。
健介「あれって…」
その人物と目が合う。
亮太「…」
健介「あ、亮太さん!お疲れ様です!」
亮太「…ん?なんだ、健介じゃん。お疲れ~」
健介「どうしたんすか?こんな時間に公園なんて」
亮太「いやあ、この公園好きでね。一服してたんだよ…猫とジジイと。そっちは?」
健介「猫は分かるけど、ジジイって誰です?ボクは薬撒いてる連中を探してます」
亮太「うーむ。占いをする汚い爺さん?多分土着ホームレスだな、ありゃあ。なんか知ってんじゃない?その連中の事も」
健介「あ!それ知ってる!」
亮太「え?有名人なの?」
健介「カギさんが前に話してました、巴楽町7不思議のひとつ…”ブルー・シートの妖精”」
亮太「なんじゃそりゃあ??サンタさんみたいなもん?ヴィジュアル的にはギリのギリだったけど…」
健介「なんでも、ギャンブル好きやスロットを打つ人にしか見えないそうで、大勝負の前や人生の転機に行く道を示してくれるとかくれないとか…カギさんも一度会った事があると」
亮太「また適当こいてんのね、カギさんは。妖精にしちゃだいぶ臭ってたよ…物理的に」
健介「ははは、亮太さんは夢がないなあ~。…っと、こうしてる場合じゃないや!仕事戻ります!」
体力も回復した健介は、亮太に踵を返し走り出そうとする。
亮太「あ!健介!」
亮太に呼び止められた健介は、ドリフトさながら、急ブレーキをかける。
健介「はい!?」
亮太「平和クラブ、もしかして頭、変わったりしてない?ヘンテコな面を着けてたりして」
健介「あー、なんかそんな噂があるらしいです!ボクも詳しくは分からないんですけど、穏健派の奴らはまだ見た事がないらしくて」
亮太「内部分裂、まだ続いてんのね」
健介「ええ…恐らく新しい頭はもう一方の古株が牛耳るグループに居るのかと」
亮太「なるほどね。サンキュ、お仕事頑張れよ~…次はどこを?」
健介「はい!ありがとうございます!次は西のコンテナ地区方面に!」
亮太「コンテナ地区…シャッター街ね」
健介は敬礼のポーズを取ると、再び裏路地を疾走する。
健介「体力戻れど、手がかりはなし、かあ」
走りながら、先の男について思考を巡らす。
対馬亮太。
直轄の健介とは別の形で、鍵和田の下で動く男。
どこにも所属せず、またどこにでも現れる掴み所のない存在。
にも関わらず、鍵和田からの信頼は厚い。
側近の健介すら凌ぐほどに。
健介が家族で息子なら、亮太は対等な友人や兄弟という印象だった。
今、彼が何の仕事を任されているのか、健介は知らない。
健介は一種、ジェラシーのような感情を持つ自分に気づく。
健介「…今は目の前に集中!」
すぐに気が散るのは、抜けてる姉の事を言えないと、内省する。
そんな思考を巡らせていると、シャッター街の方面に近づいていた。
<シャッター街>
巴楽町の”正”が風鈴街だとしたら、シャッター街は”負”の場所だ。
東口の発展に伴い、急速に西口の古い面影を残す商店街は廃れていった。
今や店は潰れ、一般人も寄り付かない。
文明に置き忘れられた、シャッターと廃墟の街。
17年前に起きた事件がその要因のひとつらしいが、若い健介には知る由もなかった。
健介「ッ!?」
唐突に夜のシャッター街から打撃音が鳴り響く。
健介「ケンも走れば、カルトに当たる…うっし!」
健介は両手で頬っぺたを二度、叩く。
気を引き締め、物陰から様子を伺う。
健介「ビンゴ…!」
そこには、5、6人の白装束。
その中心で、アジア系の青年が囲まれていた。
シャッター街は海沿いのコンテナ地区に隣接している。
その青年の出で立ちと、状況を鑑みると、密入国者という言葉がしっくりくる。
犬養「貴方が、北邪心の落し物…ですね」
青年「……」
犬養「随分探しましたよ…」
青年は、じっと集団のリーダーらしき人物を見つめている。
犬養「捕らえてください」
リーダーの指示を受け、他の白装束が青年を拘束しようとする。
青年「~ッ!!~ッ!!」
青年は抵抗する。
四方から手足を押さえつける白装束も、手を焼いている様子だ。
犬養「…仕方ありません。時間もない…吾妻さん。”眼仙丸”を」
吾妻「…」
白装束の1人が、ポケットから袋を取り出す。
それを青年の口に無理矢理入れようとしていた。
健介はそれを見るや否や、スマホを取り出す。
無音カメラ機能を起動し、現場を押さえる。
健介「よし…」
鍵和田へのメールに、画像を添付。
応援要請の文面を打ち込み、送信しようとした時だった。
犬養「…ネズミが紛れ込んでいる」
健介「っ!?」
リーダー格の人物が、健介が身を隠す場所にピンポイントで振り向く。
完全に死角のはずが、何故?周りに他の気配もない。
そんな疑問符が健介の頭を埋め尽くす。
健介「どうする、健介…」
数人の足音が迫ってくる。
逃げる事は可能かもしれない。
足腰の瞬発力には自信がある。
健介「けど…俺が逃げたら」
あの青年はどうなる?
組員である前に人として、困ってる人を放っておけない。
両親不在も相まってイジメられやすい体質だった健介には、見て見ぬ振りなど出来るはずがなかった。
健介「カギさん、ごめんなさい、俺…きっとカギさんもこうするから…!」
健介は震える足を黙らせ、踏み出す。
犬養「やはり、与那嶺組の手の物」
健介「ヨナ?ただの通りすがりだよ!」
犬養「若い。しかし、慈眼の邪魔立てをするならば、それは真理を足蹴にするも同じ…残念です。本当に残念です」
青年を拘束する1人を残して、全員が健介を取り囲む。
犬養「少々厄介でしょう。武装を許可します」
健介「なっ、」
夜の光を拾った携帯ナイフが、煌々と妖艶な光を放つ。
吾妻「慈眼にかけて」
健介「これだから宗教家って…頑なで!」
距離を詰めてくる白装束に対し、健介は腰のそれを突きつける。
健介「ホールド・アップってやつ…一回やって見たかったんだ」
銃口を向けられた白装束達は、一瞬怯んだものの、さらに距離を詰めてくる。
吾妻「……導きのままに」
その仄暗い目付きは、もはや正気を逸脱していた。
健介「く、来るな…来るなよ!それ以上来るなら…!」
健介は引き金に指をかける。
健介「うわあああああッッッ」
噂に聞く衝撃も、硝煙も、爆音も、何もかもがが起こらない。
健介「え、なんで、これ硬っ」
その間に、ナイフは眼前に迫る。
健介「お姉ちゃんッ…!」
その時、健介の後方から唐突に気配が現れる。
耳元で囁く機械的な声。
能面「セーフティ外して。撃つ気があるなら」
重い打撃音が鳴る。
吾妻「うっ…」
白装束「は、早い!?うぐァ」
素手にも関わらず、ナイフを武装した白装束2人をほんの数秒で鎮圧してしまった。
健介「す、凄い…」
健介の目では追いきれなかったが、映画で見る、拳法のような動きをしていたように見えた。
其れ程の力技には見えないのに、触れた相手は派手に吹っ飛び、シャッターに身を打ちつける。
能面「お生憎様、インテリ牧師さん」
黒いパーカーのフードを被ったその人物は、軽妙に話す。
ようやく顔が見える。
健介「能面に、ボイスチェンジャー…」
健介はその二つの情報に心当たりがあった。
犬養「クソがッ…まとめて処理しろ!私もやる!」
犬養という人物は声を荒げ、鬼の形相に変わり果てていた。
吾妻「しかしファントム、こちらはもう…戦力差は明白で」
犬養「黙れ…」
吾妻「立て直しましょう!貴方が今倒れる訳には」
犬養「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!ブチ殺すンだよ!邪魔する奴は、全部!ゼェェンブ!慈眼にかけてェ!!」
吾妻「…チッ」
犬養は能面に向かっていく。
犬養「ハァッ」
能面「この国は一見平和だけど…」
呼吸を整え、するりとナイフを躱すと、犬養の腹部に流れるように掌底を撃ち込む。
犬養「ガッ、ハ…」
能面「精神で戦争してる」
健介は圧倒されつつも、妙に納得してしまう。
子供から大人まで蔓延するイジメ社会。
同調圧力。そして毎日のように電車のダイヤは乱れる。
カルト教団は、その歪みが生み出した怪物かもしれない。
この人物の言葉からは、そう思わせるような説得力が、ボイスチェンジャー越しにでも伝わってくる。
能面「手打ちにしよう。こちらもこれ以上危害は加えない。薬は没収。置いて去って、3秒ルールで」
犬養「この借りは…」
能面「あっ律儀に返しに来なくていいですよ。右耳のオモチャの調子はどう?」
犬養は無線機が破損している事に気付く。
犬養「…チッ、引くぞ…」
吾妻「こいつ、やる…」
犬養を筆頭に、眼仙丸を地面に置くと、シャッター街から白装束は姿を消した。
健介「…………」
右耳の無線機。
それに何者かから連絡が入り、健介の居場所が割れたのだと、気付く。
急速に全身の力が抜け、その場にへたり込む。
健介「…だせえ、俺」
スーツなんて着て強くなった気でいても、何も出来ない臆病なガキのままだと、悔しさが込み上げてくる。
顔を上げると、能面の人物の姿が見当たらない。
健介「…!??待って、聞きたい事が」
背後に気配を感じる。
健介「…え」
能面「…勇気にありがとう。そんでごめん、少し寝てて」
健介「ぐっ…」
頸に衝撃を受けた健介の意識は、遠のく。
健介「あんた、一体…」
ボヤける視界を、必死に繫ぎ止める。
能面の人物は全ての袋を拾い回っていた。
能面「良くて葉っぱ、LSDってとこかな」
回収を終えると、能面は青年の元へ向かう。
能面「立てる?」
青年は頷く。
能面「全く、ママも人使いが荒い…あっちの仕事もあるってのに」
去る2人の後ろ姿を見届け、健介の意識は落ちていった。
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