第3話 樹雅奏瀬と片岡永美

「貴方…随分と悲しそうなオーラを出すんですね」

「……え?」

「おかしいの……貴方はいつも笑っているのに、楽しそうなのに、いつも何かに怯えてるみたい、まるで雨の中捨てられた子犬みたいですね」

「……はい?」

これが、俺ちゃんと片岡永美の初コンタクトだった。


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「樹雅くん樹雅くん!今日の英語のプリント良かったら私に見せてください!」

「片岡!片岡!良かったら英語のプリントみーせーてー!」

と、互いに両手を差し出す。そして笑顔でフリーズ。

「……忘れてきちゃいました!」

「奇遇だね片岡!俺ちゃんも!」

「なら、2人で先生に怒られましょう!大丈夫です、1人より2人の方が怖さ半分こです!」

「そうだね片岡!俺ちゃん心強いや!」

「私もです!樹雅くん!」

あははと2人で笑いだした。周りはいつものかといった雰囲気であまり気にしない。順応力が高いクラスだ。

次の授業を知らせるチャイムがなれば、英語の先生が扉を開けて教室へ入る。

「はーい、号令」

日直が怠そうに号令をかける。あぁ、この先生怒るの長いんだよなぁと思いながら片岡と一緒に先生の元へ行き

「先生!私、プリントなくしちゃいましたー!」

「先生!俺ちゃんもプリント行方不明になっちゃいましたー!」

あざとく「てへぺろ」とやってみたがダメだった。先生の青筋がはっきり見える。そしてお約束のあの言葉

「今日、補習してから帰りなさい」

あぁ、やっぱり……許してはくれないのか。

俺ちゃんもは補習には慣れているが、補習は嫌いだ。あの静かな空気、ひとりぼっちみたいで

「樹雅くん?」

「……?なに、片岡?」

「いえ、なんでも……」

「はい、そこの2人せめて私語を慎んで」

「「はーい」」

あっという間に放課後。皆は部活だ部活だとあれよあれよと教室を出ていく。残されたのはプリントを忘れた俺ちゃんと片岡だけ。先生に新しくもらったプリントにはまだ名前しか書かれていない。

「片岡〜、問一わかる?」

「はて、これはなんと言っているのでしょうか?この世の言葉ではないですね」

「俺ちゃんもそう思う。何語?これ」

「英語と言うからにはアメリカ……いや、イギリス?……あれ?イギリスって英語でしたっけ?」

「え?英語って日本以外の全ての国の言葉じゃないの?」

そう俺ちゃんが言うと通りすがりの誰かにくすくすと笑われた。え、違うの……?

「悩んでいても仕方ないです!頑張りましょう樹雅くん!」

「おう!頑張ろう!片岡!」

黙々とシャーペンを走らせる。これだ、この時間が嫌いなのだ。部活行きたい……、皆今頃楽しんでるんだろうな。今日は兄貴にドラム習うはずだったのに。片岡だって楽しみだって言っていたのに……あ、そういえば

「ね、片岡……聞いてもいい?」

「はい、どうぞ」

「あの、まだ4月位の時……あ、部活とかに入る前ね……はじめましての時、片岡……俺ちゃんになんて言ったか覚えてる?」

「……うーん、確か、悲しそうなオーラを出しますねって……言った気がします」

「そう、それ!……ずっと聞きたかったんだけど……」

「?」

「それ、どういう意味かなって」

「そのままの意味ですよ。そうですねなんと言ったらいいんでしょうか。……私、霊とか見えるじゃないですか」

「うん」

「オーラみたいな……その人の感情?みたいなものもたまに分かったりするんですけど、樹雅くん、笑っているのにどこか寂しそうだなって思ったんです。もっと正確に言うなら何かを恐れている……みたいな。その時は何に怯えているんだろうって思ってたんですけど、樹雅くんと関わるうちに分かったんです……樹雅くんは、今の楽しさが過ぎるのが怖いんだなって」

「…………凄いな、片岡……お見通しじゃん」

「えへへ、樹雅くんがひとりぼっちを嫌うって知った時にピーンときて……そして思ったんです」

「なにを?」

片岡はおもむろに席をたち、夕日が差し込む窓へと背を向け、俺ちゃんの目をしっかりととらえ、


「私が樹雅くんの怯えを取り払ってあげようって」


そう言って、片岡は綺麗に笑った。


「とり、はらう……?」

「樹雅くんは先のことを考えるから怖くなるんです。なら、先のことを考えないようにすれば今だけを見ていられるでしょう?私が樹雅くんを楽しませてあげます、私のここでの初めてのお友達なんですから!」

片岡の笑顔は綺麗でそして不思議なだ。

あの時、初めての時。俺ちゃんは片岡を不思議な子だと思った。不思議で何か別世界の人なんじゃないかってくらい、自由で、輝いていてどこか羨ましいと思った。この子には怖いものはないのだとそう思っていた。

「片岡も、ひとりぼっちは怖い?」

「……怖いです。というか、それ皆もだと思います」

第一印象とは変わるもので、この子も俺ちゃんと同じなのだ。そう思ったらどこか遠くに思えていた彼女が今はこんなにも近くに思えて、手を伸ばせば

「……?樹雅くん……?」

きっと届くのだろう。

届いたら片岡……アンタは……

「……樹雅くんは甘えん坊さんですね」

その細くて白くて温かい手で

「いつでも握ってあげますよ」

優しく俺ちゃんの手を包み込んでくれるのかな?

「……片岡、温かい」


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「片岡!昼休みだ!」

「行きましょ樹雅くん!!」

俺ちゃんと片岡は猛ダッシュで中庭へと走る。そして手を繋いで俺ちゃんは片岡をブンブンと振り回す。これがまた楽しい。単純な行動だからこそ楽しいのだ。片岡の笑い声が中庭に響き、また俺ちゃんの笑い声も中庭に響く。これが俺ちゃんと片岡の日課になった遊びだ。楽しい時いつも思う。

「片岡ー!!」

「なーにー!樹雅くーーん!」

「俺ちゃんの初めてのお友達になってくれて、ありがとうーー!!」

「またそれですかー!?」

何度だって伝えるよ、だってこれは俺ちゃんの本心なのだから。

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