物語は終わらない

 光が段々と近づいてくる。


 近づいてくるにつれ、それが大きめの球体だと分かった。中には複数の人影が……。


 「援軍?」


 まさかと思った瞬間だった。球体からひとつの人影が抜け出し、僕に目掛けて落下してきた。その姿を見て呆気に取られてしまった。


 「カノン!」


 「シュンスケの大馬鹿ぁぁぁぁぁ!」


 落下で速度のついたカノンが迫ってくる。いつものパターンならここでキックを喰らうわけだが、流石にこの状況では勘弁して欲しい……。


 しかし、予想に反してカノンは僕に足を向けることなく、そのまま僕に抱きついてきた。


 「うわっ!」


 僕はカノンを受け止めた。というよりも、落下してくるカノンに押し潰された形になり、全身を強かに打った。


 「痛い……。何をするんだよ!」


 「それはこっちの台詞よ!人のことを無視して勝手な行動して!」


 心配したんだから、と一発ビンタを放つカノン。おいおい、心配している相手にビンタするなよ。


 「お前を心配させたくなかったんだよ」


 「いなくなる方が心配よ!馬鹿!」


 もう一発ビンタをしようと手をあげたカノンだったが、それは力なくすぐに下ろされた。


 「本当に心配したんだから……勝手なことをして……」


 怒っていたと思ったら泣き出すカノン。彼女の涙が僕の顔へと零れ落ちる。


 「すまなかったな。もう勝手なことはしない」


 「本当?」


 「たぶん……」


 「シュンスケの思考法を変えるほど殴った方がよかったかしら……」


 「冗談です。カノンさん」


 「シュンスケが言うと冗談に聞こえないんだけど」


 ようやく僕を解放するカノン。僕はカノンの手を借りて起き上がる。ちょうど他の人影も地上に下りてきた。レリーラに紗枝ちゃんに、イルシーまで。


 「イルシー。お前が来たら駄目だろう!」


 「いえ、シュンスケ君。私が決着をつけなければならないんです」


 イルシーの眼差しは真剣だった。彼女なりに相応の覚悟があるのだろう。


 「世界の崩壊が始まっている。どうなるか分からんぞ」


 「どうなるかではないんです。どうしたいかを決める。それが『創界の言霊』の力なんです」


 「どうしたいか……」


 「私はどうしたいのかを決めました。そしてシュンスケ君も決める場面なんです」


 それはカノンの世界を含めてということだろうか。聞こうと思ったが、カノンがいるのでやめた。


 「ふん!頭数が増えたところで、もうどうにもならんぞ。世界が、全ての世界が崩壊する。そして私はイルシアを!」


 「それは無理です。ザイ」


 「貴様は那由多会の……。今更何の用だ」


 「引導を私に来ました。あなたの物語はもう終わりです」


 どういう意味だ、とザイが返すと、イルシーの体が白く輝き始めた。輝きが収まると、別人になったイルシーがそこにいた。


 「イルシア!」


 ザイが叫んだ。驚愕とも歓喜とも区別がつかない表情で、変身したイルシー―イルシア―を見つめていた。


 「それがお前の本当の姿だったんだな」


 「ふふ、美人でしょう」


 「そうだな」


 「感情が篭っていませんね。でも、駄目ですよ。浮気をしちゃ」


 僕はそっとカノンを盗み見た。とても怖い顔でこっちを睨んでいた。じょ、冗談ですよ。


 「それに私も浮気をいたくないんです」


 イルシアが血を流し倒れこんでいるザイロールの方に向かった。


 「イルシア!はは、見つかった!ついに見つかった!さぁ、来るんだ。また私と愛し合おう!」


 ザイがよろよろとした足取りでこっち向かってくる。もう冷徹で感情が読み取れないザイの姿はなかった。完全に歓喜が狂喜とへと変化していた。


 「残念ですがそれはできません。私にはもう愛している人がいますから」


 イルシアはザイに背を向け、ザイロールの傍に座り込んだ。


 「愛しい人、こんな姿になって……。でも、大丈夫です。私が元通りにして差し上げます」


 まだ物語を終わらすわけにはいかないんです、とイルシアがモキボを出した。


 『勇者ザイロールは聖女の祝福を受け蘇った』


 エンターキーを押すと、イルシアはザイロールにそっと口づけをした。


 ザイロールの姿が輝き出した。びくびくと体が小刻みに動き出したかと思うと、傷口が塞がっていった。


 「う……うう……。私は一体……。イルシア!どうして君がここに?」


 「あなたを救いにきたのです」


 イルシアが覚醒したザイロールを抱き起こし、そのまま抱擁した。


 「何故だ!何故だ!何故だ!何故そんな男を選ぶ!君は私を愛してくれていたんじゃないのか!イルシア!」


 「分かりません。ですけど、少なくとも今のあなたを愛することはできません、ザイ。世界を、私達の世界を、自分自身が作り出した世界を壊し、否定する人のことを愛することなんて……」


 できるはずがありません、とイルシアが言った。


 「そんな……馬鹿なことが……。物語は終わったんだ。創造主たる私が決めたんだ。だから、私とイルシアの新しい世界が……」


 「物語はまだまだ続きます。終わらせるわけにはいきません」


 頭を抱え膝を突くザイに、イルシアは力強く言い放った。


 いつしか地震は止まり、吹き荒れていた風も止んでいた。空の亀裂もなくなり、紫色だった空の色もほのかに青くなっているような気がした。世界の崩壊が止まっていくようだ。


 「うおっ、ひどい目にあったわい。ふがっ!カノン」


 「何がどうなったのよ……。あら、カノン。何時きたのよ」


 そこへ行方知らずになっていたデスターク・エビルフェイズとサリィがどこからともなく姿を現した。


 「さぁ、これでレリーラと愉快な仲間達オールスターズ集結や!観念しいや!」


 勝手にリーダーシップを取るレリーラ。誰が愉快な仲間達オールスターズだ。


 「認めんぞ、認めるわけにはいかない。こんな結末、認めるわけにはいかないのだ!」


 絶叫するザイ。それに反応するかのように時空魔帝ヒエラスも再び動き出した。


 「こうなったら本当に全てを破壊する。イルシア、君もだ。私を裏切った報いを受けるがいい!」


 「そんなことさせるか!行くぞ、みんな!」


 僕は仲間達を見渡した。それぞれ、おうとかああとか短いながらも気合の入った返事をしてくれる。こういう感じ、特撮戦隊もののリーダーぽくって何かいいなぁ……。


 「紗枝ちゃんとイルシー……じゃなかった、イルシアはここでザイロールを頼む」


 「はい。先輩、頑張ってください」


 「頼みましたよ、シュンスケ君」


 僕は頷いてザイの方に視線を向けた。ザイが時空魔帝ヒエラスを介して異形の魔物達をぞくぞくと生み出していく。ぼやぼやしている暇はなさそうだ。


 「一気に行くぞ。僕がザイに接近して奴を倒す。お前らは露払いを頼む」


 「任せとけや!さっきはぜんぜん活躍できへんかったから力は余りまくりや!」


 「はいはい。さっさと終わらせましょう。後でお楽しみが待っているんだから」


 「ふははは、よかろう!魔王の恐ろしさ、とくと見せ付けてくれよう!」


 「シュンスケ。私がザイの所まであんたを送り届けてあげるから、しっかりね」


 「ああ。じゃあ、行くぞ!」


 僕達は一斉に駆け出した。僕は仲間を信じて一直線にザイに向かって走るだけだ。


 「ぐふふ、まずはオレの番やな。超絶大竜巻!」


 レリーラがぶんと両腕を左右に振ると、巨大な竜巻が発生した。魔物達が面白いように竜巻に吸い込まれていく。


 「おお!その竜巻に乗っからせてもらうぞ。出でよ、地獄の業火!デストロイ・デンジャラス・ファイヤ!」


 「勝手に合わせ技すんなやぁぁ!」


 レリーラの出した竜巻に炎が混じり、次々と魔物達を襲っていく。


 「私だって負けてられないわね。たぁぁぁ!」


 今度はサリィが吹雪を発生させ、魔物達を凍らせていく。身動きを取れなくなった魔物達の間を縫うようにして僕とカノンは走る。ザイまでもう少しだ。


 「ぐううぅ!おのれ!」


 ザイがモキボを叩いた。時空魔帝ヒエラスの腕が振り上げられ、僕に向かって振り下ろされてくる。


 「さっせないわよ!」


 カノンが高く跳躍し、炎を纏った拳で時空魔帝ヒエラスの腕を破壊した。おおっ、流石に肉弾戦ではカノンは強いなって……。


 「おい!カノン!魔法を使えているじゃないか?」


 「へ?シュンスケがやってくれているんじゃないの?」


 僕の傍に着地したカノンの腕にはまだ炎が纏わりついている。消える様子もなく、燃え盛っている。


 「いや、僕は何もしてないぞ」


 「嘘っ!わ、私、ついに魔法を使えるようになったの!」


 どうして使えるようになったんだ?ひょっとしてザイが統合させた世界の中にカノンの世界があったのだろうか。だとすれば、カノンが魔法を使えるようになったのも納得できるが……。


 「こうなったら負ける気がしないわ。あんな骸骨野郎、さっさと火葬にしてやるわ。シュンスケはザイを」


 「お、おう」


 考えている暇はないらしい。僕は再び跳躍するカノンを見送るとザイに向かって駆けた。


 「よせ!この私が消えれば、世界が破綻し消滅するぞ!私は、この世界の創造主、この世界の中心なんだぞ!」


 圧倒的な事態の不利を悟ってか脅してくるザイ。しかし、その顔は引きつっていた。


 「違う!お前はこの世界の創造主じゃなければ、中心なんかでもない」


 僕は拳を構えた。ザイまでのあと少し。


 「そんな馬鹿げたことがあるか!私は、私は……」


 「お前は破壊者だ!単なる悪役だ!」


 僕の乾坤の拳がザイの頬にめり込んだ。同時に僕の上を飛んでいたカノンが時空魔帝ヒエラスの頭部を破壊していた。


 「ぐはっ!」


 地面に膝突くザイ。弱っている今なら!僕はモキボを出現させた。




 『ザイはその役目を終え、消滅した』




 懇親の力をこめてエンターキーを押した。ザイが淡い白い光に包まれ始め、下から徐々に消えていく……。


 「馬鹿な!こんな結末があってたまるか!」


 絶叫するザイ。しかし、ザイの消滅は止まらない。


 「嫌だ!消えたくはない!ここは私の世界だ!イルシア、イルシア!助けてくれ!」


 ザイは手を伸ばし、イルシアに助けを請うた。イルシアは、ザイロールに寄り添ったまま、動こうとしなかった。


 「こんな結末!私は認めんぞ……」


 それがザイの断末魔になった。ザイは完全に消滅した。


 ザイの消滅によって魔物達、そして時空魔帝ヒエラスも影形を残さず消え去ってしまった。


 「これで終わったの?」


 カノンの問い掛けに僕は何も答えず、ザイロールとイルシアに歩み寄った。


 「時空魔帝ヒエラスを倒した……のか?」


 ザイロールが信じられないと言わんばかりの表情で、時空魔帝ヒエラスがいた空間を眺めていた。ザイロールにしてみれば、彼自身死闘を繰り広げ、時空魔帝ヒエラスを倒すことを想像してただけに、あまりにも呆気ない結末が信じられないのだろう。


 「そうです。時空魔帝ヒエラスは倒されました」


 「はい。私達の物語もこれで終わりですね」


 「違うな。イルシー、じゃなかった、イルシア。物語はまだ続くんだよ」


 「どういうことです?」


 「妄想によって生まれた世界でも、生まれた以上は独立した世界として存続し続ける。それはかつてお前が僕に教えてくれたことだぞ」


 「そうでしたね」


 ふふっと笑うイルシア。うん。その笑顔があれば、これからの世界でもやっていけるはずだ。


 「さぁ、帰ろか。兄ちゃん。オレ、ここが寒くなってきたわ」


 感動の場面に間を指すような関西弁。見るとレリーラが寒そうにしていた。


 「紗枝ちゃん。君の力を使って先に帰っていてくれ」


 僕は同じく寒そうにしている紗枝ちゃんに言った。


 「え?先輩、何を言っているんですか?」


 「そ、そうよ!まさか、あんた!美人になったイルシアに惚れてこの世界に残るとか思っているんじゃないでしょうね!」


 突然あらぬ想像をして怒り出すカノン。ぼきぼきと指の骨を鳴らすな!


 「カノン、どうしてそんな発想になる!イルシアも頬を真っ赤に染めるな!」


 「じゃあ、どういうことよ!」


 「……まだやることがあるんだ」


 「何なのよ?さっさとしなさいよ、待っててあげるから。なんなら手伝うわよ?」


 「いや、時間がかかるし、僕だけにしかできないことなんだ」


 そう。僕にしかできないことがまだ残されている。


 「イルシア。最後の頼みだ。紗枝ちゃんを手伝ってやってくれ」


 「分かりました」


 「そういえば、お前の世界の物語を聞いていなかったな」


 「カノンちゃんに話しましたから、聞いてください。だから、必ずカノンちゃんの所に戻るんですよ」


 その言い方……。イルシアには僕のやろうとしていることが分かっているらしい。


 「……そう。じゃあ、先に帰っているわよ」


 何事か引っかかることがあるものの、僕を信じてくれているのだろう。カノンはあっさりと引き下がった。それだけに僕の後ろめたさが倍増した。


 紗枝ちゃんとイルシアがゲートを出現させた。レリーラ、サリィ、デスターク・エビルフェイズ、紗枝ちゃんとゲートの中に入っていく。


 「勝手なことしてないで、本当にすぐに帰ってきなさいよ」


 「分かった分かった。さっさと行け」


 僕は煩わしそうに言った。本当にさっさと行ってくれ。じゃないと、辛くなってしまう。


 「じゃあね」


 「ああ」


 僕は小さく、さよなら、と言った。当然、カノンには聞こえていない。カノンもゲートの中に足を踏み入れ、ゲートは消滅した。


 「本当にこれでよかったんですか?シュンスケ君」


 「良いも悪いもない。全てを元に戻すんだから」


 「そういう言い方、好きじゃないですね。本当にシュンスケ君が望んでいる世界は、カノンちゃんと二人で生きていく世界じゃないんですか?」


 「僕の望みと正解が必ずしも同じとは限らないじゃないか」


 そういう言い方も嫌いです、とイルシアは悲しそうに顔をしかめた。


 「仕方ないだろう。僕はひねくれ者だからな」


 僕はモキボを出した。これを使うのもこれで最後だ。


 「世話になったな、イルシア。もう会うこともないだろう」


 「そうですね。こちらこそお世話になりました」


 「ザイロールと幸せにな」


 ええ、と最後の最後にいい笑顔を見せてくれたイルシア。脳内ハードディスクにしっかりと保存しておこう。


 「じゃあな」


 僕はモキボを操作した。世界を、全ての世界を元に戻すために。

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