訪れる終幕

 「物語は完結させる。勇者もその仲間も時空魔帝ヒエラスも滅び、私とイルシアの世界を取り戻す!」


 手を広げたザイの正面に現れたのはモキボだった。しかも僕のよりも大きく、二台分はありそうだった。ザイは、二つのモキボをまるでピアノを演奏するかのように滑らかに且つ素早く叩いていく。


 ザイの『創界の言霊』が発動したのだろう。時空魔帝ヒエラスを中心に周回していた魔法陣から続々と異形のモンスター達が出現した。


 「こっちも!頼むぞ、お前ら!格段にパワーアップさせてやる」


 僕も自慢のキータッチでモキボを叩く。妄想の限りを尽くし、サリィとデスターク・エビルフェイズに最強装備を与えた。


 「ちょ!何よ、これ!」


 サリィは黒光りする皮がなんとも艶かしいボンテージスタイル。太ももが露になったショートパンツで、背中も大きく肌を露出させているが、ホットドロップがあるから寒くないだろう。


 「やり直しなさいよ!どう見ても防御力下がっているじゃない!」


 「ぷぷぷ。お似合いじゃないか。それよりも余はどうパワーアップしたんだ?」


 デスターク・エビルフェイズが自分の体を見渡した。しかし、目立った変化はなかった。


 「お前は頭に巻きつけたネクタイだ」


 「ネクタイ?はぁぁぁ、いつの間に!」


 そう、いつの間にかデスターク・エビルフェイズの頭にネクタイが巻きついてあった。禿頭にはこれがよく似合う。


 「や、やり直せ!」


 「大丈夫だ。そのネクタイは高速で回転し、龍の鱗をも瞬時に寸断するぞ!」


 「いらんわ!そんな機能!」


 デスターク・エビルフェイズは吠えながらも、頭のネクタイは高速で回転する。それが浮力を生み、デスターク・エビルフェイズの体が宙に浮いた。


 「空中の敵は任せたぞ!」


 「任せるな!」


 と言いながらも、デスターク・エビルフェイズのネクタイは、襲い掛かる敵を次々と切り倒していく。


 「じゃあ、地上の敵は私ね。こんな恥ずかしい滑降させたんだから、後で覚悟しておきなさいよ」


 ボンテージ姿のサリィが高笑いしながら駆け出していく。む、鞭も装備させて方がよかったかな?


 「さて……」


 僕は硬直したままのザイロールを見た。こいつにも戦力になってもらわないとな。


 『ザイロールは呪縛を解き放ち、伝説の勇者へと覚醒した』


 エンターキーを押すと、びくっとザイロールの体が揺れた。


 「私は……一体?」


 不思議そうに我が身と周囲を見渡すザイロール。その刹那、銀色だったザイロールの鎧が黄金へと変色した。


 「おおお、これは!」


 「それこそ伝説の勇者の姿だ。さぁ、時空魔帝ヒエラスを倒すぞ!」


 「何が起こっているのか今ひとつ分からんが、承知した。行きますぞ!」


 ザイロールが抜いた剣も金色に輝いていた。一振りするだけで十数体の魔物をなぎ倒した。


 「素晴らしい力だ!これなら時空魔帝ヒエラスを倒せる!」


 サリィの後を追うように駆け出すザイロール。僕はさらにその後を追った。


 「味な真似をしてくれるな。この私のキャラを使うとは」


 「お前のキャラだと?キャラクターを見捨てたお前が言うのか!」


 「見捨た?違うな。もう不要なのだよ、勇者も貴様らも」


 ザイがモキボを叩き、時空魔帝ヒエラス自体が動き出した。右腕を大きく振り上げ、叩きつけてきた。動作が遅いため僕達は余裕で回避することができたが、氷の大地には大きな亀裂が入った。


 「こいつ……」


 間違いない。やはりザイの目的は世界を壊すことにあるのだ。そのことについての躊躇いがザイにはまるでないのだ。


 「何者だ、あいつは?私にそっくりだが……」


 「気にするな、ザイロール。ヒエラスを倒すことだけを考えろ」


 「しかし……」


 まずい。ザイロールの気勢がそがれていく。それだけならまだしも、自分とそっくりのザイを見たことで自分の存在に疑問でも持つようになれば、世界の崩壊を促進していくだけだ。


 「貴様がザイロールか。こうして見るのは初めてだな。なるほど、私とそっくりだ」


 「何者だ!この私にそっくりに化けて!幻惑の魔法か?」


 「ははは、幻惑か。残念ながら違うのだよ。私とお前はまるで違う。単に顔が似ているというだけで、全くの別人だ。そして……」


 とてつもなくお前が憎いのだよ、とザイは言った。


 「憎い?私が?」


 「そうだとも、消えてくれ。私のために」


 「よせ!」


 なんとしてもザイロールを守らなければならない。僕は思いつく限りの妄想でザイロールを救おうとした。しかし、間に合わなかった。


 ザイロールの足元から先の鋭くとがった無数の骨が氷を打ち破って突き出てきた。そのまま体各所を貫き、ザイロールは文字通り串刺し状態になった。


 「ザイロール!」


 安否を確認するまでもなかった。ザイロールの体から滝のような血が骨を伝って流れ落ち、ぴくりとも動かなかった。


 「ははははははははは!これが報いというものだ!創造物が創造主に逆らうからだ!」


 ザイが狂喜に満ちた高笑いをした。


 「さぁ!この物語の主人公は死んだ。これで物語は完結だ!」


 ザイが叫ぶと立っていられないほどの地震が発生した。氷の大地は所々で大きな裂け目ができ、あるいは突き上げるように隆起した。ザイによって生み出された魔物達は次々と裂け目の中へと滑り落ちていく。サリィとデスターク・エビルフェイズの姿も確認できない。生きていればいいんだが……。


 空も裂けていた。紫色の空に黒い筋が幾つも走り、拡大していく。それだけではなく、頻繁に稲妻が鳴り響き、突風が吹き荒れ始めた。


 「世界が崩壊する……」


 僕は天を仰ぎ、膝を突いた。世界の終末。その言葉と共に、SF映画で地球が崩壊する時の描写は概ねこんなものだろうと思った。


 映画ならここで大逆転劇が起こる。主人公が超人的なパワーを発揮して地球崩壊の原因を作ったエイリアンを倒すか、仲間と一緒に地球に止めの一撃を刺そうとしている巨大隕石の落下を阻止する。そんな展開が待っている。


 でも、この場面ではそんなことが起こらない。この世界の物語の主人公は死に、唯一事態を収拾できるはずの僕も、もはや自分が無力だと悟らざるを得なかった。そして、援軍なんかも期待できなかった。


 「ごめん、カノン……。結局、君の世界を救うことなんてできなかった」


 ザイの脅迫にずっと従っておくべきだった。そんな後悔の念が過ぎった。そうすれば少なくとも僕とカノンの世界だけは守ることができたはずなのに……。


 止め処ない後悔だけが僕の体内を駆け抜けていく。だが、もう全てが遅かった。


 「本当にごめん、カノン」


 このまま世界が崩壊し、僕は那由多の世界群を永遠に彷徨う存在になるのだろうか。あるいは存在することすら覚束ないかもしれない。


 僕は希望を失った虚ろな目で空を仰ぎ見た。人生最後に見る空の色が紫色なんて悲しい限りだが仕方あるまい。今の僕に相応しい空の色だ。


 「……ん?」


 一瞬、空の裂け目から見える黒々と空間の一点が小さく光った。まるで漆黒の夜空に浮かぶ一等星のように眩く輝くそれは、加速度的に大きくなっていく。いや、大きくなっているのではなく、こっちに向かって落下してくているのだ。


 僕はその光に僅かながらの光明を見た気がした。

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