バグ
「おいおい……これは流石に洒落にならんだろう」
ダークバハムートを見上げた僕は愕然とした。バハムートなんてファンタジー系RPGでもラストの方で出てくるモンスターじゃないか。しかも、ダークとわざわざついているということは、普通のバハムートよりも強さは上なんだろう。そもそも体長自体も、カノンと出会った時に戦ったケロベロスと比較にならないほどでかかった。
「我らをデビルゲートに行かせない気だな」
ザイロールが緊張しながら剣を抜いた。対してダークバハムートは、上空から凶悪な目を光らせている。
「ふん。バハムートごとき恐れるに足りんわ。屈服させて余の配下にしてくれるわ」
威勢のいいデスターク・エビルフェイズがダークバハムートに対して中指を立てて挑発した。そんな挑発が通じるかどうか知らんが、その強気な態度、信じてもいいんだろうな。
「ねえ、下りて来ないんだったら、あいつ無視して洞窟に入っちゃいましょうよ」
一人白けた顔のサリィが洞窟の入口を指差した。洞窟の入口は、どう見ても人が二人横並びになって入れるかどうかの大きさしかない。間違いなくダークバハムートは洞窟の中に入って来れないだろう。
一方のダークバハムートは、僕達を見ているだけで攻撃を仕掛けてくるどころか、空から降りてこようともしなかった。や、やる気あるのか、こいつ。
「そ、そうだな」
僕は呆れてしまった。何だよ、この間抜けな設定は。
「しかし、それは……」
ザイロールは当惑気味だった。無理もない。彼が物語の設定上『勇者』である以上、魔物は倒し続けなければならない。箪笥があれば開けてしまうのと同様に勇者の性というべきだろう。間近に魔物がいてスルーできるはずがなかった。
「いいんですよ。通してくれるんだから」
僕はザイロールの肩を掴み、洞窟の方へと押した。当惑仕切りのザイロールだったが、そのうち自分の足で歩くようになった。
「ふむ。おそらくは余の力を恐れたんだな。所詮は下等な龍族よ」
洞窟に入って後方の安全を数度確認したデスターク・エビルフェイズが、鼻腔を広げて得意満面に言った。
僕も数回振り返った。僕達が洞窟に入ったの同時に地上に降下し、洞窟に中に向かって炎を吐かれる危険性も考えていたのだが、どうもその心配はなさそうだ。
「それで結局、あのドラゴンさんは何だったの?」
洞窟の中、サリィが僕に身を寄せてきて囁いた。
「あれはきっとバグっているんだ」
「バグ?それってゲームの?」
「ああ。現在この世界は、本来の物語ではあり得ないことが起こっている。その反作用として起こるはずのことが起こらないようになってしまっても不思議ではない」
この物語をゲームに例えれば、ラスボス前の試練としてダークバハムートとの戦闘があるはずなのだ。しかし、現実にダークバハムートが姿を見せつつも、戦闘にはならなかった。それはまさにバグだ。しかも、致命的なバグだ。
「じゃあ、ザイが世界を滅茶苦茶にしている結果ってわけね」
「そういうことになるな」
おそらくはこうして世界は破綻していき、崩壊するのだ。きっと『魔法少女マジカルカノン』の世界も……。
「あそこです。あれがデビルゲートです」
先を歩くザイロールが立ち止まった。ちょうど洞窟は行き止まりになっていて、そこには僕達がこちらの世界へと来たのと同様なゲートが存在していた。
「この先へ行くと、時空魔帝ヒエラスのいる永久凍土の大地です。覚悟はよろしいですか?」
「待ってくれ。永久凍土ってことは寒いんだろう?こんな装備で大丈夫か?」
僕は自分の身なりに確認した。ジーパンに薄手のシャツだ。永久凍土なんて行けば、一瞬で凍え死ぬぞ。
「大丈夫です、問題ありません」
ザイロールが腰の袋から何か取り出した。
「ホットドロップです。これをなめれば寒さに強くなります」
どうぞ、と僕達に渡してくるザイロール。本当にご都合展開だな。
紙の包みを解き、真っ赤な飴玉を口の中に入れる。辛味と甘味が交じり合った不思議な味で、急に体が暖かく……いや、熱くなってきた。
「あ、熱いぞ!」
「な、何よ。汗が出てきたじゃない!」
「ふ、ふん。この程度の熱さ、余がいつも堪能しているサウナに比べれば……はぁはぁ」
「さ、先を急ぎましょうか……」
ザイロームも滝のような汗を流していた。僕達は、先を争うようにしてデビルゲートの中へと入っていった。
永久凍土。その名に相応しく地面は一面の氷で、本来なら地表から伝わってくる冷気に身を震わせ体温を奪い、やがては死に至らしめるのだろうが、ホットドロップのおかげでぜんぜん寒くなかった。寧ろ、軽く汗ばんでいるぐらいだ。
「あ、オーロラじゃない。あれさえ無ければ綺麗って素直に言えるんだけど……」
サリィの言うとおり、僕達の眼前にはオーロラが幾重にも帯状に広がっていた。オーロラは確かに綺麗だ。しかし、オーロラのカーテンの中には、その綺麗さを大いに損なう何者かがいた。
巨大な骸骨。日本の妖怪『がしゃどくろ』を想起させるそいつの周囲には、魔法陣らしきものが幾つもの浮かび上がり、観覧車よろしく円を描くように回転している。うん。最近のRPGによく見るテンプート的なラスボスの姿だな。
「あれが時空魔帝ヒエラスか」
「ふん。雑魚同然だな。余の真の姿のほうが百億倍恐ろしいわ」
「だったらお前がやるか?」
「そうしたいが、雑魚なのでお前らに任せるとしよう。存分に戦って来い!」
腕を組みながらも後ずさるデスターク・エビルフェイズ。はいはい、自称魔王様の茶番劇はもういいよ。
「さぁ勇者ザイロール。行きましょう」
デスターク・エビルフェイズは置いといて先に進もう。僕はさっきから微動だにしていないザイロールの顔を覗き込んだ。きっと緊張していることだろう……。
「ザイロール?」
ザイロールの表情が固まっていた。緊張しているように見えるが、いや……。
「瞬きしていない?」
僕はまじまじとザイロールを見た。彼の瞼は全く動いていなかった。
「どうした!ザイロール!」
ザイロールの体をつかみ揺さぶった。反応はなかった。
「ちょっとどうしたのよ?動かなくなっちゃったの?」
「そうらしい……」
「そうらしいって……。あの骸骨お化けの仕業?」
「いや違うな。これもバグかもしれん」
そういえば時空魔帝ヒエラスもさっきから周囲の魔法陣が動いているだけで、本体そのものは動いていない。さながらゲーム画面がフリーズしたみたいだ。
「バグ?それは違うな」
陰湿な、聞くだけで人を不快にさせる声が永久凍土の大地に響いた。
「ザイ!」
時空魔帝ヒエラスの方から歩いてくる人影。ザイだ。このタイミングでの登場か。
「君が約束を守るとは思っていなかったよ。いずれ私の企てを阻止しに来ると予想していたが、まさか私の物語に介入してくるとはね」
これは予想外だったよ、と不適に笑うザイ。
「わざわざのお出ましとはどういう了見だ。お前の捜しているヒロインは見つかったのか?」
見つかっているはずがないのだが、ザイに揺さぶりをかけるために言ってみた。案の定、ザイは苦りきった顔をした。
「君が危険を犯して来てくれたんだ。相手をしないのは失礼に値するだろう。だから、私もこの物語を進めてみようと思ってね」
「物語を進める?」
「そうだ。私が書いた勇者ザイロールの物語はここまでだったんだよ。ザイロールが最後の敵、時空魔帝ヒエラスの眼前にたどり着いた時点で筆を折ったんだ。その理由は君には分かるだろう?」
勿論分かっている。そこでイルシアがザイの前で現実化したんだ。僕の場合と同じだ。
「勇者ザイロールは、私そのものだった。私はザイロールとして全ての理想を詰め込んだしたヒロインを愛し続けた。あくまでも物語の上でね。しかし、イルシアが現実化した以上、もう物語を進める必要がなくなったんだ」
「だが、そのヒロインは消えたんだろう?」
僕はザイを挑発してやろうと思った。沈着で僕より『創界の言霊』の力が強いザイに勝つには挑発して冷静さを失わせるしかない。
「そうだ。だからちょうどいいだろう。物語を進めて完結させよう。そうすればあるいは……」
イルシアが復活するとでも思っているのだろうか。イルシアがイルシーである限り、そんなことはないんだが……。
いや待て。そもそも、今のザイがここで物語を進めたら、世界が破綻するのでは?それが狙いなのか?
「そんなことさせるか!」
「ここは私の世界だ!私の好きにさせてもらう!」
時空魔帝ヒエラスの腕が動き出した。一方のザイロールは硬直したままだ。
「くそっ!ザイが僕が相手をする。あの骸骨は任せたぞ」
僕はサリィとデスターク・エビルフェイズの返事を待たず走り出した。
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