妄想ファンタジスタ

 僕がたどり着いた世界は、真っ白な世界だった。


 白、一面の白。不純物など一切存在しない白い空間。


 そこにぽつんと存在する影があった。それは学校のある勉強机に向かい、必死に書き物をしている。僕はゆっくりとそこへ歩み寄る。


 「ここがお前の世界なんだな」


 僕は背後から声をかけた。そいつは、僕そっくりのそいつは、ペンを置いて振り向いた。


 「いつか君が来るとは思っていたけど、思いのほか早かったね」


 覚えのある石嶺章ヴォイス。しかし、以前の悪役っぽさはなく、弱々しい石嶺章ヴォイスだ。


 「こういう展開は君の物語にはなかったのか?」


 「書くわけないじゃないか。馬鹿にされるだけだからね」


 「そうだな。で、君のことは何と呼べばいい?」


 「何でもいいよ。好きに呼べばいい。ニセシュンスケでも一向に構わない。尤も、どちらが偽者か分からないけどね」


 確かにそのとおりだ。しかし、便宜上ニセシュンスケと呼ばせてもらおう。


 「こうして来たということは、全てを理解しているわけだね」


 ニセシュンスケの問いかけに僕は頷いた。


 「ああ。今までの僕の身に起こった事の全ては、君の妄想によって作り上げた世界だったんだね」


 僕はニセシュンスケの反応を窺った。ニセシュンスケは、顔色ひとつ変えずに口を開いた。


 「へぇ。だとすれば、君自身も僕によって作り上げられたキャラクターというわけだ。じゃあ、やっぱりに偽者の俊助は君じゃないのかい?」


 以前のニセシュンスケならあざ笑うように言っただろう。しかし、今のニセシュンスケは、その真理に到達してしまった僕に対して同情しているかのようであった。


 そう。カノンが僕の世界に現実化したのも、それ以後のドタバタ劇も、全ては机に向かっているニセシュンスケの妄想で作られた物語なのだ。当然、カノンの存在も、イルシーやザイの存在も、そして僕自身も『創界の言霊』によって作られた一個のキャラクターでしかないのだ。ここに来るまでは半信半疑だったが、改めてニセシュンスケと対面するに至って、僕はそのことを確信した。


 「自分でニセシュンスケを演じておいてそれはないだろう」


 僕が言い返すと、そうかもね、とニセシュンスケはくくっと笑った。


 「でも、どうして気がついた?疎漏な真似はしなかったと思っていたんだけど」


 「中途半端なんだよ。『創界の言霊』の設定も場面場面によってちぐはぐだし、回収しきれていない伏線も多いし、一連の騒動を物語として見れば所々破綻している。それで気がついたんだ。なんて出来るの悪い小説みたいだとね」


 「ひどい言われようだ。でも、事実は小説より奇なり、と言うじゃないか。小説のような凝り固まった設定や筋道よりも、現実の方がいいかげんなものじゃないのかな?」


 「確かにそうかもしれない。でも、僕はオタクだぞ。そんなにハーレムものみたいにもてるはずがない。それこそ世間に氾濫しているラノベかアニメみたいじゃないか」


 「ふふ、それで気がついたとすれば、あまりにも寂しいね。でも、意外だ。自分が妄想の産物としてのキャラクターだと気がついているのに、どうしてそう平然としていられる?」


 「お前がそういう設定にしたんじゃないのか?」


 「違う違う。劇中でイルシーが言っていただろう。生み出された物語は別個独立した世界として存在すると。これは真理だ。だから、君の思考も君自身のものであって、僕によって操作されたものではない」


 「その真理とやらも破綻しているな。それならどこまでがお前の描いた物語で、どこからがお前の手を離れた物語なんだ?」


 ニセシュンスケは沈黙した。そうだろう。答えられるはずがない。何故なら……。


 「お前は疑っているんだろう?自分も誰かの妄想によって生み出されたキャラクターかもしれないということを」


 何も答えないニセシュンスケ。僕は彼が必死になってペンを走らせていた原稿用紙を取り上げた。


 「『妄想ファンタジスタ』か。これが僕を主人公、そして君の妄想の結晶というわけか」


 ひどく汚い走り書きのような字。それでも躍動感があるのは、ニセシュンスケが嬉々としてこの小説を書いていた証左だろう。


 「この妄想をただ只管書くだけの存在として生み出されたかもしれない。そんな疑問が過ぎったからこそ、ニセシュンスケとして自分を出演させたかったんだろう?」


 「現実というのは、時に死刑宣告よりも残酷だね。そうだよ。ただ物語を書くためだけに生まれた存在なんて嫌過ぎるだろう。僕は君が羨ましかった。だから、君が演じる物語に入りたくなったんだよ。たとえ悪役であってもね」


 ニセシュンスケは涙を流していた。涙の一滴が原稿用紙の上に落ち、書かれていた文字が滲んだ。


 「そうか……。君が創作されたキャラクターだと気がついて、それでなお気丈でいられるのは、君自身が物語を楽しみ、続けていけるからか……」


 「たとえ作られた存在だったとしても、僕は僕だ。お前は言っただろう。僕の思考は僕のものだって。だったら、僕は僕自身の意思で僕の物語を続けていく」


 「やれやれ……。君は強いな。本当に僕の妄想で誕生したキャラクターとは思えないよ。いや、ひょっとしたら『創界の言霊』なんてないのもかもしれないな……」


 「よせよ、そういう疑問を持つのは。堂々巡りになるぞ」


 そうだね、とニセシュンスケは寂しげに苦笑した。


 「それでどうするんだい?僕はもう物語を続けていく気力を失ったよ」


 「それはお前の物語か?それとも僕の物語か?」


 両方だよ、とニセシュンスケは言った。


 「お前の物語は知らん。好きにすればいい。僕はすべてをあるべき姿に戻して、僕の物語を進めていく。それだけだ」


 「要するに、このふざけた茶番劇を終わらせるというわけか。いいのかい?もうカノンには会えないぞ」


 「……カノンにはカノンの物語があるんだ。物語は本来あるべき物語として存在すべきで、第三者が介入してはいけない。たとえ作者であってもね」


 「君に覚悟があるならそれでいい。『魔法少女マジカルカノン』を終わらせるんだ」


 「お前はどうする?」


 「どうもしないさ。どうせ君にはもう関わりのないことだ。二度と会うことのない僕のことを案じる必要はないよ」


 その時、僕はニセシュンスケが少し笑ったような気がした。


 「じゃあな、偽者」


 僕はモキボを出現させた。そして……。




 すべての世界が元通りになり、僕は普通のオタク男子高校生に戻った。

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