戦いの終焉

 「おのれぇぇぇぇ!これはどういうことだ!」


 僕よりも遥かにダメージが少なかったらしいニセシュンスケが怒りを撒き散らしながら立ち上がった。


 「カノン!君は僕のカノンだったんじゃないのか!」


 「はぁ?あんたことなんて知らないわよ。勝手に自分のものにしないで」


 突き放すように言うカノン。そして僕に寄り添う。まるでニセシュンスケに見せ付けるように。


 「馬鹿な!そんな馬鹿な!カノン、君は僕が作ったんだぞ!」


 「恩着せがましくありがとう。でも、そんなこと関係ないの。私は……私はこのシュンスケと一緒にいたいと思ったの。ただそれだけよ」


 腕を組んでくるカノン。ニセシュンスケは蒼白になり、表情が歪んだ。


 「馬鹿な!あり得ない!原作者は全知全能のはずなのに!」


 「それは違います。あなたは間違っていますよ、ニセシュンスケ君」


 「間違っている……?」


 信じられないと言わんばかりに発言者であるイルシーを見るニセシュンスケ。


 「そうです。デスターク・エビルフェイズさんも言っていたでしょう。君がシュンスケ君の世界と自分の妄想物語を融合させた時点で、君の物語は終わってしまったんです。君は原作者ではなくなったんです」


 だから、もう終わりにしましょう、と最後通告を突きつけるイルシー。ニセシュンスケは、すべてを悟ったのか、崩れ落ちるように膝を突いた。同時にレリーラ達と戦っていたニセシュンスケの分身が蒸発するように消えた。


 「いや、まだだ。まだ、終わってはいない!」


 力を振り絞るようにして立ち上がるニセシュンスケ。何か希望を見つけたような晴々とした表情をしていたが、瞳には狂気が宿っていた。


 「そうだ……。壊してしまえばいいんだ。全てを、世界の全て。全ての世界を!」


 「全てだと!」


 「ザイ!君は正しかったんだ!壊してしまえばいい、壊してしまえばいいんだ。君は、ひとつずつ世界を壊し、そこに捕らわれているお姫様を助けようとしているけど、それは迂遠だよ。全てを壊して、新しく作ればいいんだ!僕達にはその能力と権利がある」


 僕の声が聞こえないのか、壊せばいい作ればいい、とうわ言を繰り返すニセシュンスケ。駄目だ、完全にぶっ飛んでいやがる。こうなったらぶん殴ってでも正気に戻してやるしかない。


 「駄目、シュンスケ」


 僕が一歩足を踏み出そうとすると、カノンが袖を掴んで引き止めた。


 「カノン」


 「あいつをぶん殴ってでも止める気でしょう?それは私がやるわ」


 「でも……」


 「私が引導を渡してやらないと、あいつは元には戻らない」


 確かにそうかもしれない。ニセシュンスケは、カノンひとりのために踊り続けてきたのだ。そのカノンが踊りが終わったことを告げないと、奴は倒れるまで踊り続けるだろう。


 「全く、とんだ茶番だったな。貴様にできるのは所詮その程度というわけだな、クズめ」


 カノンがニセシュンスケに向かおうとした時であった。上空から狂乱するニセシュンスケを侮蔑する声が聞こえた。


 「ザイ……」


 ニセシュンスケが掠れた声で言った。ザイ?あれが全ての元凶である男か。


 肩に届きそうな白髪。それでいて見た目は若い優男といった感じだ。服装は古代ギリシャ人が着ていそうな格好をしており、これで背中に翼があればファンタジー小説の天使として登場してもいいのではないかと思われた。だけど、こういう外見が無害そうな奴に限って危ない奴なんだよな……。


 「ザイ……」


 憎しみを込めて呟いたのはイルシーだった。そうか、那由多会はこいつを追っていたんだ。


 「君には失望したよ、ニッタシュンスケ。いや、もうニセシュンスケと言った方がいいのかもしれないな」


 冷徹な抑揚のない声だった。ニセシュンスケが抗議するかのようにきっとザイを睨んだ。


 「君の能力は高い。だから、君の児戯には多少目を瞑ってきたわけだが、理性を失ったものにその力は危険だ。全てを壊されてしまっては元も子もない」


 「うるさい!今まで世界を壊してきたのはお前だろう!」


 「そうだ。しかし、全てをご破算にして作り直そうというのはいかにも野蛮人の発想だ。いや、自分の思いどおりいかなくて積み木を崩す赤ん坊だな」


 ニセシュンスケの顔色が怒りのあまり真っ赤に変色する。


 「ザイ。お前がザイなのか?」


 「これは本物の新田俊助。お初にお目にかかる。ふむ。流石は本物だね。偽者と違って知性を感じるよ」


 褒めてくれているようだけど、あまり嬉しくなかった。


 「だけど、君とは同志にはなれなさそうだ。私は、カノンが捕らわれた時に君がどう動くか注意深く観察していた。私としては君が世界を壊し、カノンの居場所を捜してくれることを期待したのだが、余計なお節介が入ったようだね」


 とイルシーに視線を送るザイ。イルシーは、緊張のためか実を硬くしていた。


 「それにこの世界に来てからも『創界の言霊』の力で自身に力を与えて偽者と決闘を始めたんだからね。もう笑うしかないよ。本当はこう念じれば簡単だったんだ。偽者シュンスケ消えろってね」


 「それは通用しないんじゃないのか?」


 「違う。それは那由多会が嵌めた枷だ。『創界の言霊』は万能の力。あの時の君ならばあるいは成功したかもしれないが、そのせいで世界がどう変化したかは知れないけどね。まぁ、そうなってくれた方が私としては本望だったのだがね」


 無機質なザイの顔に僅かながら冷笑の色が浮んだ。僕はニセシュンスケと相対しても抱かなかったぞっとするような恐怖を感じた。


 「さて、お喋りはここまでにしておこう。私も『創界の言霊』を持つ者を三人相手にして勝てるとも思えないのでね」


 ザイが僕、紗枝ちゃん、イルシーの順番で視線を送る。紗枝ちゃんは泣きそうな顔をしながらも必死になってザイを見返し、イルシーは紗枝ちゃんとは反対に強張った表情のまま視線を逸らした。


 「しかし、その前にやっておくことがある」


 ザイが右の手の平を上に向けた。その手の平の上に白く光る正四面体が現れた。


 「見ておくがいい、新田俊助。『創界の言霊』とはこう使うのだ」


 正四面体の光が増す。光とは神々しいはずなのに、それどころか禍々しさを感じさせる光だ。




 「偽者のニッタシュンスケ。消えろ」




 ザイが冷厳に言い放つと、地面に蹲っていたニセシュンスケがザイの持つ正四面体に吸い込まれていった。瞬く間の出来事であり、ニセシュンスケは声を発することもできず、僕も一瞬何が起こったのか理解できなかった。


 「兄ちゃんの偽もんが消えた?」


 最初に口を開いたのはレリーラだった。それで僕もようやく事態を理解できた。


 「消えた……。まさか」


 本当にニセシュンスケが消えた。本当に『創界の言霊』は、そんなことができる能力なのか。


 「分かっただろう、新田俊助。『創界の言霊』とはこう使うものなのだよ。物語には必要のない人物は削除するに限る」


 ニセシュンスケを閉じ込めた正四面体を握りつぶすように手の平を閉じるザイ。


 「今日はここまでだ。いずれまた会おう、新田俊助。お互いにとってよき再会であらんことを」


 「待て、ザイ!お前に聞きたいことある!」


 ザイは僕の問い掛けには応じず、姿を消した。


 「ザイ!」


 僕の叫びはむなしくこだまするだけだった。

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