真実を叫ぶ~後編~

 言うまでもなく僕はドキドキした。男性だから当然のことだ。でも、どこかで自制心が働き、僕の欲望にブレーキをかけていた。


 ここが学校だからというのもある。こんな所で何をしているのを万が一でも見つかったら相当やばいことになる。しかし、それだけではない。この積極的な顕子が本当の顕子でないのではないか、という妄想に等しい疑問がちょっとした不信感を僕に植え付けていた。


 「嫌なの?俊助君」


 僕が乗ってこないので顕子が不満そうに言った。


 「嫌じゃないよ。けど、ここ学校だし、先生が戻ってくるとまずいでしょう」


 「大丈夫ですよ。先生、戻って来ないから」


 断言する顕子。どうしてそこまで言い切れるんだ?


 「私のこと、嫌いですか?」


 「そんなことないよ」


 「それとも幻滅しました?こんな大胆な私に」


 「幻滅はしていないけど……」


 「でも、これが私。俊助君が私のことをどう思っているか当ててみましょうか?品行方正なお嬢様。優しくて大人しくてオタク文化にも理解のある美人な彼女。女神、天使……。それはあくまでも俊助君の妄想。本当の私はそんなんじゃない」


 顔を歪ませる顕子。怒っているようであり、泣いているようでもあった。


 「私だって、人の悪口を言います。生理的に嫌いない人だっています。優しさも大人しさも装っているだけです。オタク的なものに理解は持っているけど、やっぱり本音で言えば足を洗ってほしい。それに好きな人とならエッチなことをしたいと思っています。私は、そんな女の子です」


 堰を切ったように喋りだす顕子。大粒の涙をぽろぽろと流していた。


 「なにの俊助君は、私を自分の妄想の中にある理想の女の子としてしか見てくれない。まるでアニメキャラみたいに。女神?天使?ふざけないでください!私は、生身の普通の女の子なんですから!」


 僕は唖然とした。僕は一度もそんな風に顕子を見たことなんてなかった……なかったはずだ。


 「顕子……」


 顕子が馬乗りになってきた。そして、制服の上着を脱ぎ捨てた。


 「見てください。これが生身の女の子の姿ですよ。触ってください」


 「顕子……やっぱり今日の君は変だ」


 「変じゃないですよ。変なのは俊助君です。それとも三次元の女性の下着姿には興奮しませんか?」


 や、やめてくれ!僕の知る顕子は、こんな子じゃない!


 「だから、これが私、千草顕子なんです。エッチじゃない私は私じゃありませんか?それに俊助君は、付き合っていて一生私とエッチしないつもりなんですか?」


 「そういうことじゃなくて……」


 「だったら、触ってくださいよ」


 顕子が僕の手を取り、胸のところまで持っていこうとした。や、やめてくれ。そんなことすると、本当に後戻りができなくなる……。


 『駄目ぇぇぇぇ!』


 『駄目です!』


 明確なる声が響いた。同時に顕子の後方に青白い光を放つ球体ようなものが出現し、そこから二本の腕がにゅっと出てきた。思い出せないが、どこかで見たことのある光景。しかもその二つの手は、僕に差し伸べられているような気がした。


 僕は顕子の手を振りほどき、彼女の後ろにあるその手の一つを掴もうと腕を伸ばした。しかし、鋭く舌打ちをした顕子が僕の両腕を押えつけた。


 「いや!俊助君!ここに一緒にいましょう!」


 「顕子……」


 「折角、折角、俊助君の彼女になれたのに、これで終わりなんて嫌です!」


 僕の両手首を握る力が強くなってくる。


 「エッチなことは俊助君が望んでくるまで封印します。オタク文化にももっと寛容になります。いえ、私もアニメとかゲームが好きになりますから、一緒にオキバに行きましょう!だから、だから……」




 私の世界にいてください!




 その言葉で僕はすべてを悟った。


 ここは僕の世界ではない。彼女、千草顕子が作り出した世界なのだ。


 彼女の願望、欲望、妄想によって形成された千草さんの世界。


 僕に好意を寄せながらも、その好意を無視され続けたことによって暴発した彼女の力をニセシュンスケに利用されたに違いない。


 「今までごめんね、千草さん」


 「どうして名字で呼ぶんですか?」


 千草さんは泣いて抗議しながらも、すべてを諦めているようだった。


 「僕は人に好意を持ったり持たれたりすることを極度に恐れてきた。いつか双方が傷つくことになってしまうからってね」


 「俊助君……」


 「だから、僕は千草さんからの好意に気がつきながらも、それに気がつかないふりをしていたんだ。そうする方が楽だったんだ」


 「俊助君、最低です……」


 「そうだね、僕は最低だ。僕も千草さんに好意を寄せながらも、アニメキャラと同じようにしか好意を向けられなかった。その方が面倒がなくて、やっぱり楽だったんだ。傷つくようなことがあっても、僕一人で済むからね」


 本当に最低ですね、と言う千草さん。


 「否定しないよ。僕のこと、嫌いになった?」


 「そういう質問は卑怯ですよ」


 僕は苦笑した。確かに卑怯で、最低の質問だ。


 「ありがとう、千草さん。君とお付き合いできて、やっぱり嬉しかったよ。でも、ここは僕の世界じゃないし、本来、千草さんがいるべき世界じゃない」


 「だったら、本当の世界に戻っても、私のことを好きでいてくれますか?」


 「そ、それは分からないよ……」


 千草さんは魅力的な女性だ。間違いなく好きだ。しかし、今は千草さんより大きな存在となった女性がいる。彼女を迎えに行かなくてはならない。


 正直者ですね俊助君は、と泣き笑いする千草さん。


 「でも、覚えていてください。元の世界に戻っても、私は俊助君のことが好きです。今度はこんな世界ではなく、私の力で俊助君の彼女になってみませすから」


 覚悟をしておいてくださいね、と微笑む千草さんは本当に女神だった。


 僕は女神の束縛から解き放たれ、僕に差し伸べられた手を力強く握った。

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