俊介vsニセシュンスケ

 冷や水を浴びせられたような刺激を受けた僕は、反射的に周囲を見渡した。


 そこは学校の保健室ではなく、例の那由多の世界群が集まっている空間。ニセシュンスケと対峙していた場所だ。どうやら戻ってきたらしい。


 「シュンスケ君!信じていましたよ!」


 そういって抱き着いてきたのはイルシーだった。おいおい、胸が当たるじゃないか。


 「先輩……。本当によかったです」


 少し離れたところでもじもじとしていたは紗枝ちゃんだった。泣いていたのか、目を真っ赤に充血させていた。


 「紗枝ちゃん……。そうか、あの声はイルシーと紗枝ちゃんだったんだ」


 「はい。イルシーさんが来て、先輩がピンチだから助けって言われて、それで……」


 「そうか。ありがとう、紗枝ちゃん」


 「はい……。本当に、よかった……」


 「どうしますか?サエちゃんもシュンスケ君に抱き着きますか?」


 と言って僕から離れるイルシー。お前、そんなことをわざわざ聞くなよ。恥ずかしがり屋の紗枝ちゃんがそんなことするはず……。


 「せんぱ~い!」


 ダッシュして僕の胸に飛び込んできた紗枝ちゃん。僕の胸に強く顔を押し付け、おいおいと泣き叫んでいる。ちょっとびっくりしたが、紗枝ちゃんも随分とため込んだ感情があるのだろう。しばらくそのままにしてあげよう。


 「それよりもイルシー。さっきまで僕がいたのは……」


 「アキコちゃんの妄想世界ですよ。但し、彼女自身は力を自覚していたわけではなく、たまたまここにできたアキコちゃんの妄想世界をニセシュンスケ君によって変革され、そこにシュンスケ君が取り込まれたみたいですね」


 やはりそうか……。あの偽物め、カノンを拉致しただけでは飽き足りず、千草さんまで弄ぶとは……。


 しかし、それですべて合点した。さっきまでの世界が僕のいた現実世界と微妙に異なっていたのは、偽りの世界だと気付かせないためだったのだ。手の込んだことをやる奴だ。


 「許さん!あの偽者野郎!」


 「おやおや。人が折角、君が望む世界に連れて行ってあげたのに、感謝の言葉もなく、偽者呼ばわりかい?」


 まったくひどいものだね、と言いながら上空から降下してくるニセシュンスケ。しかも、見せつけんばかりに目を閉じたままのカノンを帯同させている。おのれ、ますます許せん。僕は紗枝ちゃんを優しく離し、ニセシュンスケを睨んだ。


 「そんな怖い顔をしないでおくれよ。でも、ちょっとは嬉しかっただろう。ひと時とはいえ、憧れのチグサアキコが彼女になって、キスも出来たんだから」


 「うるさい!あれはお前がいじり倒した妄想世界だろう!」


 「ふふふ。それにしても普段は生真面目な女の子ほど、その妄想世界というのは愉快なものだね。淑女と見せかけて実は……なんて、陳腐な設定だと思ったけど、なかなか興奮するものだね」


 「黙れよ!あれはお前が勝手に書き換えただけだろう!」


 「一部分だけね。でも、大筋は彼女の妄想、いや、本心だ。彼女は君とエッチィなことがしたかったのに、残念だね」


 「貴様!千草さんを馬鹿にして!」


 「馬鹿に?ははっ。馬鹿にしているのは君だろう?彼女の好意に気づかないふりをして、彼女の妄想を暴走させたのは君自身だ。三次元の彼女を二次元のようにしか愛せなかったのは君自身だ。君がすべて悪い!」


 「そうだ。僕がすべて悪い。でも、馬鹿にはしていない!人は誰だって妄想をする。その妄想を見下し、勝手に書き換えるお前だけは絶対に許せない!」


 「やれやれ。もはや君に千の言葉を用いても、無駄のようだね。君と僕、両者が存在することはありえないようだ」


 「そうだな。偽者は偽者らしく、黄色マフラーでもしていろ」


 僕が念じると、ニセシュンスケの首に黄色いマフラーがまきついた。よし、力はちゃんと生きているようだ。


 「味な真似をするね」


 と言いながらも顔色が変わるニセシュンスケ。


 「どちらの妄想が勝つか、勝負と行こうじゃなうか。ま、僕の勝利は間違いないだろうけど」


 「そのふざけた幻想を……」


 おっと、この先は自主規制だ。僕は、ニセシュンスケを見上げる。


 「勝った方が」


 「本当のニッタシュンスケだ!」


 飛び上がった僕と勢い付けて降下してくるニセシュンスケの拳と拳がぶつかった。その瞬間、二人の拳の間に稲妻が走ったが、感電することもなければ丸焦げになることもなかった。


 「いいねぇ、バトル漫画みたいで!お互いの妄想で繰り出す技と技。それで決着をつけるかい?」


 「上等だ!」


 僕はニセシュンスケの提案に乗った。その手の妄想なら中学時代に随分と鍛えてきた。負けるはずがない。


 僕とニセシュンスケは、示し合わせたように距離を取った。奴は上空で、僕は下だ。


 「敗れたり、ニセシュンスケ!」


 「何だと?」


 「バトル漫画で戦いが始まった頃は、常に悪役が上空にいるんだ。相手を見下ろすことで威圧感を与えられるからな。でも、そいつは最終的には負けると相場が決まっているんだ」


 「ふん。ふざけたことを」


 強がりながらも、顔を引きつらせるニセシュンスケ。妄想対決である以上、相手への精神攻撃も有効なはずだ。


 「こちらからいかせてもらうぞ!ふん!」


 ニセシュンスケが右の手の平を突きだすと、奴の周囲に光り輝く西洋風の剣がいくつか出現した。その数は十、二十、それ以上か?


 「喰らえ!ゴールデンライトニングソードアロー!」


 聞いているだけで恥ずかしくなるような技名を絶叫するニセシュンスケ。真剣みのある石嶺章ボイスなだけに、様になっているのは様になっているんだけどね。


 「そんなことを考えている場合じゃない!」


 奴の攻撃を防がなくては。僕は両手を大きく広げた。


 「キュアバス!スーパーシャイニングリーフバリアー!」


 僕を中心にドーム状の光が広がっていく。ニセシュンスケの放ったゴールデンライトニングソードアローは、悉くそのドームの天井に突き刺さり、爆発して消えていった。これぞ『キュアキュアバスター』のリーフバスターが使う絶対的防御技だ。


 「ぬうう、貴様!女子キャラの技を使うなんて恥ずかしくないのか!」


 「そっちこそ何だ!即興で思いついた長ったらしい名前は!ゴールデンとかライトニングとかそれらしい形容詞をつけていれば見栄えするとでも思ったか?」


 「うるさい!そっちこそ長いじゃないか!それにライトニングとシャイニング。なんとなくかぶっているぞ!パクリめ!」


 「こっちは元々ある技名だ。パクっているのはそっちだろう!」


 激しい応酬だ。流石は偽者であっても僕の姿をしているだけのことはある。侮れん相手だ。


 「そっちがそのつもりなら、僕も容赦はしないよ」


 ニセシュンスケがばっと手を振りかざすと、どこからともなく漏斗の形を物体が複数出現した。細長い先端部分が僕の方に向けられている。おいおい、これはまずいだろう。


 「いけ!ファン……」


 「わぁわぁわぁわぁ!」


 僕は大声でわめき散らしながら、漏斗の先端部分から発射されるビームのようなものを回避していく。


 「ふははは、どうした!このオールレンジ攻撃からいつまでも逃げられると思うなよ!」


 漏斗は一点に定まらず俊敏に移動し、僕を全方位から攻撃してくる。僕は逃げるのが精一杯で、こちらから攻撃を仕掛けることができなかった。


 「くそっ!」


 「これで終いにしてやる」


 さらに漏斗を出現させるニセシュンスケ。く、くそ、完全に何でもありじゃないか。


 「囲まれた!」


 数えれば三十、いや五十はあるかもしれない。気持ち悪くなるぐらいの数の漏斗に囲まれてしまった。


 「くたばれ!」


 漏斗の先端からビームが一斉に発射された。十、二十、三十……複数のビームが束となり、大きな一筋のビームとなり、僕に向かってくる。


 「シュンスケ君!」


 「先輩!」


 イルシーと紗枝ちゃんの悲鳴が聞こえる。そうだ。僕は負けてなんかいられない。もうなりふりなんて構っていられないんだ!


 「МTフィールド!」


 僕は蹲って手で耳をふさぎ、世界と断絶した。心の壁が絶対防御になるなら、これで防いでくれるはずだ。


 「何!」


 漏斗から発射されたビームは、寸でのところで生成されたМTフィールドによって反射された。反射されたビームは、漏斗の大軍を飲み込み、約半数近くを消滅させた。


 「馬鹿な!МTフィールドなんてせこいぞ!それは『旧石器ゼゼリオン』だろ!『高次元戦士バルダム』には出てこないぞ!」


 「はん!だからどうした。ここは何でもありなんだろう?だったら、僕も好きにやらしてもらう」


 ぐぬぬぬ、と歯を食いしばるニセシュンスケ。


 「この手ばかりは使いたくなかったが、やむを得ないな。カノン!」


 ニセシュンスケが呼びかけると、閉じられていたカノンの目が開いた。しかし、瞳には精気がなく、全体的に虚ろな雰囲気を漂わせていた。


 「君を戦わせるつもりはなかったんだが、これも僕と君のためだ。さぁ、共に戦おうカノン。あいつを倒して!」


 ニセシュンスケが僕を指差した。こくりと頷いたカノンが間髪容れず突進してきた。

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