真実を叫ぶ~前編~

 ……くぅぅぅん。


 ……ぱぁぁぁい。


 時折、脳裏に響くその声は、女性の声であることまでは分かるのだが、何を言っているのかまでは判然とせず、語尾だけがまるでお寺の鐘の反響音のように耳に残った。


 ……くぅぅぅん。


 ……ぱぁぁぁい。


 彼女達は何を言いたいのだろうか。


 僕のことを呼びかけているのだろうか。


 しかし、僕はその声を聞く度に、軽いめまいがし、ちりちりとした頭痛に襲われる。きっと僕にとって不愉快な呼びかけに違いない。


 ……くぅぅぅん。


 ……ぱぁぁぁい。


 うるさいな。もう黙っていろよ。僕を悩ます呼び声なんかに応えてやるものか!


 そう、耳を傾けないで。


 これは誰だ?さっきまでの声と違って不愉快さがない、落ち着ける声だ。これは顕子なのか?


 その声は俊助君を惑わしている。私の声だけ聞いて。


 勿論そうさ。僕には顕子しか見えていない。顕子だけ……。


 それでいいのよ。俊助君が好きなのは私だけなんだから。


 何を言っているんだ。そんなこと当たり前じゃないか。当たり前じゃないか……。


 僕は、ずっと、顕子のことが好きだったんだから。




 ……かぁぁぁぁん。こぉぉぉぉん。


 まだ妙な声が響いているなと思ったら、授業の終わりを告げるチャイムだった。担任の名和年恵先生がよろよろと教室から出て行くのをぼおっと見送りながら、まだ声が聞こえているような気がした。まるで耳の奥に常時声を出している装置が埋め込まれているようだ。


 「俊助君?どうしました?」


 僕がぼさっと動かないでいると、顕子が心配そうに僕の顔を覗き込んできた。いつもながら綺麗な顔立ちをしている。


 「う、ううん。何でもないよ。ちょっと疲れているのかな?」


 僕はきっと疲れきった顔をしているのだろう。愛想笑いをしてみても、顕子の表情が変わることはなかった。


 「寝不足じゃないんですか?あれだけ早く寝るように言っているのに……」


 「そんなことないよ。昨日だって十二時前に……」


 寝たのか?何時に寝たんだ?どういうわけかはっきりと思い出せないが、眠たいわけではないのだ。


 「いや、寝不足じゃないんだ。その、耳鳴りのような声が聞こえるんだ……」


 「耳鳴り?」


 「うん。僕を呼んでいるような、そうでないような……」


 「保健室でちょっと休んでいったらどうですか?」


 僕は自然と頷いた。この調子ではとても家まで帰れそうになかった。


 顕子に付き添われ保健室に辿り着いたが、保険医は不在であった。僕は、倒れるようにしてベッドに横になった。どうにも身体が重たい。


 「先生、捜してきましょうか?」


 「いいよ。ちょっと横になったら大丈夫だよ。それよりも何か冷たい物が飲みたい。あとで払うから、自販機で買って欲しいんだけど」


 「いいわよ。あとで払うなんて他人行儀よ。私がおごってあげる」


 財布を手にして飛び出していった顕子。やっぱり払うと呼び止めようと思ったが断念した。そこまでの気力がなかったし、確かに顕子が言うとおり他人行儀だ。ここは素直におごられよう。


 顕子が戻ってくるまでの間、僕はベッドに深く身を沈めていた。眠たいわけではないので、睡魔に襲われることはなく、ずっと天井を眺めていた。


 ……くぅぅぅん。


 ……ぱぁぁぁい。


 またあの耳鳴りだ。一体何なんだ?何の音?いや、何を言いたいんだ?


 ……そこはあなたの世界じゃないですよ、……君。


 ……そうですよ。早く戻ってきてください、先輩。


 いやに明瞭に聞こえた。これは耳鳴りではない。幻聴だ。何とも嫌な幻聴だ。僕の世界じゃない?戻ってくる?まるで意味が分からん。それに先輩だって?僕には見知った後輩などいないのだが……。


 ……みんなが待っていますよ、……ちゃんを取り戻すんですよ。


 ……先輩、……先輩とまた仲良く……しましょう。


 ずきんずきんと頭が痛む。やめてくれ。もうこれ以上、僕の頭の中で話しかけるのはやめてくれ。


 「戻る?戻るって何なんだよ!ここは僕の世界じゃないのか!」


 「俊助君!」


 ふっと視線をあげると、缶ジュースをもった顕子が心配そうに僕を見下ろしていた。


 「どうしたんですか?随分とうなされていましたよ」


 「うなされていた?寝ていたのかな……」


 そんな意識なんてまるでなかった。眠くないと思っていたのに……。


 「冷たいのを飲んだらしゃきっとするんじゃないですか?」


 顕子が缶ジュースを差し出したので、ありがたく受け取った。僕の大好きな炭酸飲料で、しゅわしゅわとした爽快感が喉を潤していく。


 「私にもください」


 と言って缶ジュースを僕から取り上げた顕子。そのまま一口飲む。間接キスだ。本当のキスを経験済みなのに、妙にどきどきしてしまう……。


 じっと見つめている僕の視線に気がついた様子の顕子は、再びジュースを口の中に含むと、僕の方に顔を寄せ、そのまま唇を重ねてきた。しかも、口の中にあったジュースを僕の口内に流し込んできた。


 「ん、んん……」


 「ん……ぷはぁ」


 顕子が口を離した。な、何なんだ?何をしたいんだ、顕子は? 


 「うふふ……ちょっと大胆だったかな?」


 「顕子……」


 大胆もなにも、顕子ってこんなことをするような女の子だったか?そういえばキスを求めてきたのも顕子だったし、僕の部屋で迫ってきたのも顕子だ。改めて考えてみると、どうも顕子にはそんなに積極的なイメージはないんだけど……。


 「私だって、好きな人の前では大胆になりますよ。普通の女の子なんですから」


 と言って、制服のタイをゆるめる顕子。胸の谷間が露出し、薄いピンク色をした下着がちらっと見えた。


 「ねぇ、俊助君。この間の続き、しよう……」


 顕子が妖艶な吐息を混じらせ囁いた。

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