対決~前編~

 「僕……そっくりじゃないか……」


 僕は何度もオキナと名乗っていた老人の顔をまじまじと見つめた。どこをどう見ても鏡で見たことのある自分の顔そのものだった。


 「そっくりじゃないよ。そのもの、と言ったところかね」


 曲がっていた腰が伸び、身長も僕と同じぐらいになった。唯一異なるのは、着ている服装と声ぐらいなものだ。


 「一体どういうことだ!」


 「クローン?ドッペルゲンカー?生き別れた兄弟?どれも陳腐だね。設定として面白くない」


 「ふざけるな!」


 「ふざけていないよ。僕だってニッタシュンスケを名乗っているんだ。だから、君そのものだと言ったんだ」


 名前まで僕と同じだと?ふざけている。絶対にふざけている!


 僕はふと思った。こいつがザイなのではないだろうか。ザイが『創界の言霊』を使って僕を惑わしているだけなのではないか。そうでなければ、自分と瓜二つの男が現れるなんて説明がつかない。


 「お前がザイなのか?」


 「ザイ?失敬だな。僕をあんな男と一緒にしないでおくれよ。確かに僕はザイの同志で、世界を壊してきたけど、究極的な目的は違う。世界を壊し続ければ、失ったものが見つかるなんて下品な発想は僕にはない」


 ニセシュンスケは、あざ笑うように言う。違う、僕はこんな奴とは違うんだ。


 「それに僕の目的はほぼ達した。だから、これ以上世界が壊れないように君に忠告をしに来たのにね。こういう結果になってつくづく残念だよ」


 「目的?あなたの目的は何です?」


 訊いたのはイルシーだった。いつものおちゃらけた様子はなく、鋭くニセシュンスケを見据えている。


 「ふふ。決まっているじゃないか。カノンを取り戻すことだよ」


 ニセシュンスケが右手をすっと上げると、天から薄緑色の光包まれたカノンが降りてきた。目を閉じ、項垂れているが、紛れもなくカノンだった。


 「カノン!僕のカノンを返せ!」


 「返せ?僕のカノン?ふふふ、冗談がきついな、シュンスケ君。これは僕のカノンだよ」


 「ふざけるな!」


 「ふざけているのは君の方だよ。君が『魔法少女マジカルカノン』で描いたカノンは、このカノンじゃないだろう。優しくて、豊満な胸を持った魔法少女。それが君のカノンだろう?」


 そうだろう?と念を押してくるニセシュンスケ。そうなのだが、そうじゃない。僕が小説で書いたカノンと違っていても、数ヶ月間一緒に過ごし、僕が好きなったカノンは、目の前にいるカノンなのだ。


 「納得のいかない顔をしているね。いいよ。説明してあげる」


 ニセシュンスケがカノンを守護するかのように前に立ちふさがった。


 「僕もね、『創界の言霊』の使い手だったんだよ。それであれやこれやと妄想していたら、あっけなく僕のいた世界が壊れてしまってね。おかげで那由多の世界群の住人となってしまったわけだよ」


 自分のことなのに、まるで他人が起こした笑い話のように語るニセシュンスケ。何がおかしいのか、ずっとニヤニヤしている。


 「ま、ここは僕にとっては至福の世界だよ。あらゆる人間の妄想の産物である物語が見られるんだからね。くだらない妄想。下品な妄想。素晴らしい妄想。僕はそれらを『創界の言霊』を使って自分好みに書き換えたり、気に入らなくなったものは壊したりして、ここでの生活を満喫していたんだ。分かるだろう?妄想が好きな君ならね」


 「分かるか!」


 分かってたまもんか!僕は、これでも現実世界を十分に楽しんでいたんだ。


 「おやおや、そうかい。まぁ、いいや。で、僕はザイと出会ってからは、奴の指示で物語に介入したり壊したりしていて、それなりに充実した生活を送っていたよ。でも、満足はしていなかったんだ。ザイが指示してくる物語って必ずしも僕の好みじゃなかったからね」


 ひどくつまらない話にも介入したよ、と首をすくめるニセシュンスケ。


 「そうそう。あれは宇宙を舞台にした近未来の物語なのに魔法とか出てきてさ。世界観は破綻しているし、キャラクターには魅力ないし、散々だったよ。よくまぁ、あんな物語を考えたものだよ。そう思うだろう?」


 僕は無言を通した。こんな奴と同調したくない。


 「そんな日々がどのぐらい続いたかな……。とにかく長い歳月だったよ。だけど、僕は出会ったしまったんだよ。君が書いた『魔法少女マジカルカノン』に」


 「じゃあ、『魔法少女マジカルカノン』の世界を滅茶苦茶にしたのはお前なのか!」


 「ご明察。君の『魔法少女マジカルカノン』は素晴らしい物語だったよ。僕の琴線に触れまくりだ。でも、気に入らないところがあったからいくつか修正しておいたよ」


 ニセシュンスケがカノンに近づく。恍惚とした表情でカノンを見上げる。


 「カノンに近づくな!」


 「何度も言うようだけど、これは君のカノンじゃない。君のカノンは、優しくて巨乳のお姉さんキャラだろう?」


 「そ、それは……」


 「第一、君が作ったキャラクターは何だ?サリィもお姉さん系巨乳。レリーラもお姉さん系巨乳。カノンもお姉さん系巨乳。皆同じじゃないか。どれだけ君は年上の巨乳が好きなんだ。だから、変えておいたよ。僕がね」


 痛いところを突く奴だ。しかし、それは仕方ないだろう。あれは僕の妄想なんだから。


 「サリィは悪役だから、基本そのままにしておいたが、レリーラは幼女にしておいた。カノンの先輩なのに幼女。そのギャップがいい。そうは思わないかい?」


 確かにライトノベル的には幼女も押さえておいた方がいいかもしれない。幼女ながら腹黒で、散々な目に遭わされ続けてきたレリーラ。


 いや、ライトノベルの世界のことではない。僕が頭に描いたのは現実化したレリーラのことだ。やっぱりいなくなると寂しいものだ。カノンだけではない。レリーラも取り戻さないと。


 「それにカノンだ。優しいお姉さん系巨乳キャラがメインヒロインなんて今時受けないだろう。寧ろ貧乳のツンデレ暴力キャラこそ至高!」


 「そうか……。あのカノンは、お前が生み出したんだな」


 「そうだ。僕の『創界の言霊』を使ってね。カノンだけじゃない。さっきも言ったが、レリーラもサリィもデスターク・エビルフェイズも、皆僕が作ったんだよ。謂わば、もうひとつの『魔法少女マジカルカノン』を作ったわけだよ」


 だから君のじゃないんだよ、と続けるニセシュンスケ。


 「君の書いた『魔法少女マジカルカノン』は割とシリアスだったけど、僕が書いたのはどちらかと言うとギャグテイストが強い。カノンが魔法を使えないというのもそのためだ。でね、思ったんだよ。ここまでギャップのある二つの物語を君がどう受け取るか、ってね」


 「それで僕の世界と融合させたのか?」


 「そういうこと。面白い物語だったよ。カノンが大活躍するシーンも数多く見られたし、世界をかき乱して崩壊へ導くというザイの思惑とも一致していたからね。でもね、君は許されないことをした」


 ニセシュンスケが急に声のトーンを落とす。まるで呪詛の言葉を撒き散らすように深刻で、恨みがましい声だ。

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