対決~後編~

 「許されないこと?」


 「カノンとキスしただろう?」


 僕は絶句した。そんなこともこいつは見ていたのか?


 「よくも僕のカノンにキスをしてくれたものだ。当初の計画では、世界を散々にかき乱し、崩壊する直前でカノンを救出するつもりだったんだが、計画変更だ。カノンは返してもらう。もうザイの思惑なんか知ったことじゃない」


 「僕のほうこそ、お前の思惑なんて知ったことじゃない!カノンを返せ」


 「おやおや。これまでの説明を聞いてもまだそんなことを言うのかい?それにもう君には妄想の産物であるカノンは必要ないだろう?」


 「そんなことはない!」


 「そんなことあるよ。だって、今の君はどう考えてもリア充だ」


 リア充とはリアルな生活が充実していること。即ち、友達が多く、彼女なんかもいちゃったりする連中のことだ。僕がリア充だと……?


 「否定はさせないよ。確かに君は友達が多い方ではないが、ボッチではない。動々研のメンバーがいる。それに多くの女の子から好意を寄せられている。へどが出るほどのリア充だよ」


 ニセシュンスケの顔が憎しみのために歪む。僕もあんな表情をするんだろうか……。


 「でも、君は自分がリア充だと認めたくないみたいだね。実はリア充なのに、それを認めたくないから鈍感な振りをする。そこまでテンプレ的なラノベキャラを演じたいのかい?」


 「……」


 「無言でいるということは図星だね。いいよ、僕が代わりに言ってあげる。君は単に人の好意というものが苦手なだけなんだ」


 ニセシュンスケが不適に笑う。完全に僕をいたぶるつもりなんだ。


 「ナツコにふられてから、君は好意を寄せて自分が傷つくのが嫌になったんだ。いや、それだけじゃない。相手が自分に好意を寄せてくれることで、相手が傷つくのも嫌なんだ」


 ニセシュンスケは適格に僕の心理を読み解いていく。僕は僕自身に自らの罪を宣告されているような気がした。


 「君はとっくにミオやアキホ、サエ、ナツコの好意に気がついていたはずだ。それを拒否するのではなく、気付かないふりをしてあやふやにしていたのは、自分が彼女達の好意を受け入れなかったことで、彼女達が傷つく姿を見たくなかっただけなんだ」


 君は同情するぐらい真面目だね、と皮肉っぽく笑みを浮かべた。


 「受け入れる好意が必ずしも一人分だけしか駄目だと決まっているわけではないのにね。君が望むのであれば、エロゲーみたいなハーレムもあり得たということだ。でも、それを君は望まなかった。だから、真面目だと言ったんだ」


 「御託はいい!カノンを返せ!」


 「何度も言わせないでくれよ。あのカノンは僕のものだ。それに君にはもう必要のないものだと言ったはずだ」


 「そんなことはない!」


 「あるよ。チグサアキコ。君がカノンのベースにした女性。君が恋焦がれる存在。君のアキコに対する恋は、単なる偶像崇拝に過ぎない。見ていて痛々しかったよ。彼女に対しても、傷つくのが嫌でわざとそういう好意の持ち方しかしなかったんだろう?」


 千草さん……。その名前を出されるとぐうの音も出ない。すべからくニセシュンスケの言うことは図星であった。


 そうなのだ。僕は千草さんのことがたまらなく好きだった。でも、夏姉の時みたいに好意を拒否されるのが嫌で、一方的な好意で留まり、思いを募らせるだけで、それ以上発展することを望まなかったのだ。


 「そんな君でもカノンの好意を受け入れたのは、彼女が妄想の産物であると知っていたからだ。仮に好意を拒否されても、極端なことを言えば『創界の言霊』の力で消してしまえばいい。そう思ったからだろう?」


 「そんなことはない!」


 僕は力強く否定した。それだけは違うと大きく確信できた。


 「ふん。まぁ、いい。どちらにしろ、もう君には関係のないことだ。分かっているだろう?チグサアキコも、君に好意があると」


 相思相愛じゃないか、と言うニセシュンスケ。


 確かに僕は気がついていた。千草さんも僕に気があるのではないかと。でも、それを確認するのが怖かった。僕の勘違いで、やっぱり拒否されるのではないかという恐怖心が先立ち、踏み切れないでいた。でも、そのこととカノンのことは別なはずだ。


 「カノンと千草さんは違う!」


 「違わないさ。カノンはアキコに好意を寄せる君が妄想して生み出されたキャラ。アキコと相思相愛ならば、もう代用品は必要ないだろう」


 「そんなことは……」


 「ある。もう忘れるがいいよ。カノンのことも、『創界の言霊』も。君には必要のないものだ」


 僕は突如激しい頭痛に襲われた。意識が朦朧とし、視界もだんだんと狭くなってきた。


 「シュンスケ君!気を確かに持って!」


 イルシーの叫び声が聞こえる。しかし、気を確かに持つどころか、もう立っていることもできなくなってきた。


 「さぁ、行くがいい。君の本来の世界、リア充の世界。チグサアキコと幸せな生活を送るんだね」


 僕は必死に抗おうとした。しかし、もはや僕にはそんな気力は残っていなかった。


 ニセシュンスケのこの上なく満足そうな笑顔が閉じゆくまぶたの隙間から見えた。


 僕の意識は完全に閉ざされた。

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