ジェラシーが止まらない

 カノンにできてしまったジェラシーボム。どうしてこうなってしまったか、皆目見当つかない。確かに文化祭ではカノンを放置していたが、それまではほぼカノンに付きっ切りだった。『ときめき♪ハイスクールラバー』ではまずジェラシーボムが発生する状況ではなかった。


 「ステータスも満遍なくあげているから申し分ないはずだ」


 僕は自分のステータスを表示させる。どの項目も九十パーセント以上になっている。数値上では文句のつけようがない完璧人間だ。それに女の子に対する扱いもゲームで鍛えた腕でパーフェクトにこなしてきたはずだ。なのにジェラシーボムとは……。僕は嘆息しながらそのまま保健室のベッドに倒れこんだ。


 「僕の腕も落ちたものだな……」


 「何を偉そうに言っているんですか。現実の世界のシュンスケ君なんて、まともに恋愛できていないラブチキン野郎じゃないですか」


 相変わらず白衣姿のイルシーが僕の独り言を聞いて罵倒してきた。


 「うるさいな!現実の世界は関係ないだろう。ここはゲームの世界なんだから」


 「これも全て先生を無視しているからです。見なさい!先生なんて、無視され続けても好感度落ちていないし、ジェラシーボムも発生していません。あ~あ、最初から先生にしておいたら、今頃そのベッドでムフフな展開になっていたのに。本当、残念ですね」


 「それを言うなら悟さんもずっと無視し続けているが、好感度落ちていないし、ジェラシーボムも発生していないぞ。そうか……、お前と悟さんはそういうカテゴリーなんだな」


 「そういうカテゴリーって何です!あ、イロモノカテゴリーだと思っていますね。ふん!いいですよ!もう、シュンスケ君にはデレてあげませんから。今から攻略し始めても駄目ですからね!」


 「ここでぐだぐだしていても仕方ない。カノンのジェラシーボムを取り払わないとな」


 無視しないでくださいよ、と言うイルシーを無視してカレンダーを見た。いつの間にやら十一月の最終週。卒業式は二月の中旬に設定されているから、残すところ十一回しか行動ターンがない。


 しかし、まだ焦る必要はない。カノンの好感度はまだまだ高いから、ジェラシーボムさえ取り除いてしまえばいいのだ。そして、クリスマス、お正月というイベントを活用して一気に好感度マックスに持ち込めばエンディングは見えてくる。


 「見ていろ!数々のギャルゲーで鍛えたテクニックを遺憾なく発揮してやるぞ!」


 頑張ってくださいねぇ、という気の抜けたイルシーの声援を背後に聞き、保健室を飛び出した。




 場面が切り替わり放課後。幸いなことに誰も来なかったので、教室内にカノンがいないことを確認して外に出た。


 一体カノンはどこにいるだのだろう。この校内でカノンが行きそうな場所なんてそう多くない。というよりも、教室か部室かトイレぐらいしか考えられないのだが……。


 「トイレはまずいよな」


 だとすれば部室に行ってみるか?でも、それは夏姉や紗枝ちゃんに会う可能性がある。地雷原に踏み入るに等しい行為だ。


 「とりあえず帰ってみるか……」


 帰宅イベントかもしれない。そう思って急いで校舎を出ると、カノンの後姿が見えた。


 「カノン!」


 僕が叫び声を投げつけると、カノンは緩慢な動きで振り返った。


 「何?」


 声は不機嫌そのものだった。ジェラシーボムが発生しているだけのことはある。普段の僕なら、訳もなく不機嫌になっているカノンに腹を立て、嫌味や文句の一つでも言ってやるのだが、今回ばかりはぐっと我慢する。


 「一緒に帰ろうぜ」


 僕は努めて明るい笑顔で言った。


 「嫌よ」


 ぷいっと顔を背け、歩き出すカノン。流石に温厚な僕も苛っときたが、が、我慢だ我慢。


 「そんなこと言うなよ。どうせ一緒に住んでいるんだから」


 「嫌なものは嫌なの!」


 カノンは突然立ち止まり、振り返って怒声を発した。僕は思わず怯んだ。怒声にではない。カノンが瞳に涙をためていたからだ。


 「どうして泣いているんだよ……」


 「泣いてなんかない!」


 つつっと涙がカノンの頬を伝って零れた。カノンは慌てた様子で涙を拭った。


 「泣いているだろう!」


 「うるさい!そんなに誰かと帰りたいのならチグサとかナツネエと帰ればいいでしょう!仲良しさんなんだから」


 「え……。お前、まさか……」


 「見てたのよ。文化祭の時。楽しそうだったじゃない。だから、チグサとナツネエと帰ればいいじゃない」


 見られていたのか……。正直、全然気がつかなかった。カノンにジェラシーボムが発生した理由はそれだったか。


 「じゃあね、私、ひとりで帰るから」


 「待てよ。どうして泣いていたんだよ」


 「泣いてないって言っているじゃない!」


 「泣いているだろう!」


 僕は両手でカノンの顔を抑えた。カノンの瞳から止め処なく涙が零れ落ちていった。


 「これでも泣いていないって言い張るのかよ」


 「うるさい!うるさい!泣いているかもしれないけど、泣いていないの!私がそう言っているんだから、泣いていないの!」


 あくまでも強がるカノン。皺くちゃな泣き顔を見せても、泣いてないと言い張るカノン。僕はデジャブに襲われた。


 思い出した。千草さんがデスターク・エビルフェイズに誘拐された折、カノンと喧嘩をし、彼女の涙を見た時のことを。あの時もカノンは泣いていることを頑なに認めなかっなぁ……。


 「寂しかったのか?お前」


 「知らないわよ!勝手に涙が出てくるのよ。仕方ないじゃない!」


 寂しかったんだな、カノン。僕はあの時と同じ過ちを犯してしまったようだ。反省しないと……。


 「ほら、涙拭けよ」


 僕は上着のポケットからハンカチを取り出し、カノンに差し出した。


 「ふん」


 カノンは僕からハンカチを奪い取ると、ごしごしと顔を拭いた。


 「ふ、ふん。シュンスケがそこまで言うなら、一緒に帰ってあげるわよ」


 「はいはい」


 ツンデレキャラみたいな台詞を言いやがって。ま、嫌いじゃないぞ、ツンデレ。


 「帰るぞ」


 「うん」


 カノンは嬉しそうに頷いた。もう彼女の目に涙は光っていなかった。




 「ねえ、シュンスケ。ひとつ聞いていい?」


 帰り道、しばらく無言のまま並んで歩いていると、カノンが徐に口を開いた。


 「何だよ?」


 「ど、どうして私なの?」


 「へ?」


 「どうして私を選んだの?」


 「え、選んだって……」


 「だって、シュンスケの周りにはナツネエとかチグサとか一杯女の子がいるのに、どうして私と一緒に帰るなんて言い出したの?」


 あ、そういうことか。てっきり、どうして攻略対象に選んだのかって聞かれているんだと思った。そうだよな。ここはあくまでもゲームの世界。自分が攻略対象に選ばれたと自覚しているキャラクターっているわけないもんな。


 「お前がいいんだよ。一緒にいて、一番気楽なんだ」


 これは本心だった。それだけに言っていて恥ずかしくなってきた。


 「そっか……気楽ね」


 僕が恥ずかしいのを我慢して本心で言ったのに、カノンの心には響かなかったようで、実にそっけなく返された。あ、気楽って言葉が悪かったのかな?折角、カノンのジェラシーボムが消えそうになっていたのに……。


 「でも、いいね。そういうの。気楽でいられる関係って」


 「カノン……」


 「でも、私は駄目ね。シュンスケがチグサやナツネエと仲良くしていると、悲しくなったり、辛くなったり、苛々したり、いろんな感情がわっと沸いてきて堪らなくなったの。シュンスケとは気楽な関係でいられない……」


 またきらりとカノンの瞳に涙が光った。ま、まずいまずい。なんとかしないと……。


 「カノン!」


 僕は立ち止まり、カノンの両肩を掴んで自分の方に振り向かせた。驚いた様子のカノンだったが、暴力的に抵抗することなく潤んだ瞳で僕をじっと見返してきた。う、ううう。可愛いぞ、カノン。




 「シュンスケ……。私、シュンスケのことが好きなんだと思う」




 まさかのカノンからの告白。あれ?『ときめき♪ハイスクールラバー』でゲーム中に攻略対象ヒロインが告白するってことあったか?そんな疑問が不意に過ぎったが、顔を真っ赤にしながらも潤んだ瞳で僕を見つめているカノンを見ていると、どうでもよくなった。胸の鼓動が激しくなり、途轍もなくカノンがいとおしく思えてきた。




 「気楽な関係じゃ嫌なのよ」




 これはゲームだ。そう自分に言い聞かせながらも、目の前にいるカノンは紛れもなく僕の知るカノンなのだ。


 このゲームが始まった当初、カノンならば抵抗感がないと思って軽い気持ちで攻略対象の本命にしたのだが、今になって僕はそのことを恥じた。カノンが本気で僕のことを好きになってくれた。そのことが嬉しく、当然ながら本気のカノンを無下にはできなかった。




 「カノン……」




 僕はそっとカノンに近づき、静かに彼女を抱きしめた。カノンは拒むことなく、僕の胸に顔を預けきた。




 現在の好感度


 カノン:4.5(ジェラシーボム消滅)


 イルシー:3.5


 顕子:3.5


 夏子:3


 悟:3


 秋穂:3


 紗枝:2.5


 美緒:2

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