そしてエンディングへ

 カノンからのまさかの告白があってからは、カノンとのエンディングに向けて一直線だった。


 当然のようにカノンとクリスマスを過ごし、初詣もカノンを行った。バレンタインデーもカノンが作成した暗黒物質、もとい手作りチョコレートをもらった。


 すべて完璧。ギャルゲーマスターを自称し、『ときめき♪ハイスクールラバー』をやりこんだだけのことある。遺漏はないはずだ。


 それでも不安を感じるのは、この世界が完全なゲームの世界ではないということだ。攻略ヒロインは、僕が知っている女子たちが生々しいまでに再現されているし、選択肢もなければセーブもできない。イルシーは、僕のいた世界とゲームの世界が融合したとか何とか言っていたが、実際怪しいものである。過去の経験上、あいつの言葉を百パーセント信じるのは危険だ。


 「さて」


 場面が切り替わり卒業式が終わった。僕は告白イベントのある校舎裏の高台に移動する。ゲームどおりならば、ヒロインから告白される場合はすでにヒロインが高台に待っており、こちらから告白する場合はそのヒロインが後からやってくるはずだ。僕は緊張しながら、高台までの道を登る。


 数分の短い道程だったが、今日の僕にはとても長く感じられた。やがて高台が見えてきた。そこには人影はなかった。


 「僕が告白するパターンか」


 そう思うと余計に緊張してきた。誰かに告白するなんて小学校の時に夏姉にして以来だ。


 「しかも、あの時は手紙だったもんな」


 面と向かっての告白なんて初めてだ。うわっ、手の平に変な汗を掻いてきたぞ。


 僕が季節はずれの暑さを感じていると、一陣の風が吹き、誰かがこちらに登ってくる気配がした。


 だ、誰だ一体?


 千草さんだったらどうだろう?まともに告白なんてできないかもしれない。


 夏姉なら?駄目だ、過去の傷がうずいてしまいそうだ。


 美緒か、紗枝ちゃんか……。それとも秋穂、イルシー……。あるいは、悟さん……いや、それだけは想像でもやめておこう。


 「シュンスケ?」


 現れたのはカノンであった。僕はほっと胸を撫で下ろす。カノンなら素直に告白できそうだ。


 素直に告白できる?どういうことだ?それじゃあまるで僕がカノンのことを本気で好きになって、告白するつもりだったみたいじゃないか。い、いや、告白するつもりはあったけど……。


 「どうしたの?こんなところで」


 ぐいっと顔を近づけて僕の顔を覗き込んでくるカノン。


 「カノン、話がある」


 僕はカノンを見返した。カノンも負けじと僕に真摯な眼差しを向けてくる。これから僕が言わんとすることに期待を寄せているような熱い眼差し。


 「カノン。文化祭が終わった後、僕のことが好きだと思うって言ったな」


 「ちょ!何を言い出すのよ、いきなり!」


 「真面目な話だ。言ったよな」


 「い、言ったわよ」


 「正直言って嬉しかった。あの時は言葉では言えなかったけど、今日は言うよ。僕もカノンのことが好きだ」


 い、言ってしまった。でも後悔なんてない。僕は本当にカノンのことが……。


 「シュンスケ……。私でいいの?暴力的だし、胸も小さいし」


 「暴力は改善してくれ。胸が小さいのは……ま、仕方ない」


 「どうして胸のところで言いよどむのよ」


 むくれるカノン。それさえも愛おしく思えてきた。


 「カノン」


 僕はカノンの肩を手を置いた。最後の仕上げだ。


 カノンもこれから行われることを察したのか、目を閉じ、顔をちょっと上にあげた。


 改めてカノンを見つめる。こうしていると本当にお姫様みたいに可愛い顔をしているし、千草さんともちっとも似ていない。紛れもないカノン・プリミティブ・ファウだ。


 僕はそっとカノンの唇に自分の唇を合わせた。


 柔らかい唇の感触が伝わってきた。この感覚をずっと味わっていたい。


 僕はカノンを強く抱き寄せた。その分、唇の感触が強くなる。


 「ん……」


 カノンが短い息を漏らした。僕は全身でカノンを感じた。


 その瞬間、目を閉じて暗かった僕の視界が急に白くなり、意識が心地よい高揚感の中、溶けていく様に拡散していった。




 次に目を開いた時、僕の目に飛び込んできたのは、自分の部屋の風景だった。テレビには『ときめき♪ハイスクールラバー』のオープニング画面が映し出されていて、僕は後生大事にゲーム機のコントローラーを握っていた。


 場面転換したのか?い、いや、カノンとキ、キスをしたから告白は成功。元の世界に帰れるはずだが……。


 僕は携帯電話のカレンダーを確認した。日付は九月二日であった。


 「始業式の翌日か……」


 ということは、無事に元の世界に戻って来れたわけだ!


 「やったぁぁぁぁぁぁぁ!」


 僕は飛び上がって小躍りした。元の世界に戻って来れた!あああ、本当によかった。


 「うるさいわよ!シュンスケ!」


 そこへ乱入してきたのはカノンだった。パジャマ姿で、僕に枕を投げつけてきた。


 「まったく!毎晩毎晩、同じことをやらすんじゃないわよ!」


 「うわぁぁ。すまん」


 そういえば、昨日の晩もそんなことがあったな。時計を見てみると、午前一時だ。ゲームをしながらどうやら寝ていたらしい。


 『ひょっとしてあのゲームの世界とやらは、夢だったのかもしれないな……』


 どちらにしろ、現実のことではないし、カノンも僕とキスしたことなんてまるで知らないだろう。


 「な、何よ……」


 「何でもない、寝るよ」


 「さっさと寝なさいよ」


 「はいはい」


 枕を回収したカノンはさっさと部屋を出て行った。キスしたことを意識しているのは僕だけ。ま、当然だろうけど。


 「でも、ああいうのも悪くなかったな」


 僕は大きな欠伸をしてから、ゲーム機の電源を落とした。




 「カノン……。兄ちゃん、静かになったけ?」


 「なったわよ。まったく」


 「ほんま常識のない兄ちゃんやで、こんな夜遅くに騒ぐなんて。ま、隣におって起きひん姉ちゃんも体外やけど……。ん?どうしたんや、カノン。口なんか押さえて……」


 「な!なんでもないわよ!」


 「唇でも切ったんか?はっ、その嬉しそうな顔。さては兄ちゃんの部屋で何かお菓子をがめってきたな!」


 「ち、違います!ちょ、ちょっと夢の中でのことを思い出しただけです」


 「何や、怪しいなぁ……。そないにええ夢やったんか?」


 「さ、さぁ、もう寝ますよ。おやすみなさい」


 「あ、カノン!電気全部消したらあかん。茶色にしておいて、茶色……」

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