予定調和の合流

 サリィが語った計画とは以下のようなものだった。


 この浜辺には伝説がある。二百年に一度のある日、正午になると突然海が裂け、沖合いに浮ぶ無人島に続く道ができる。そこを通って島まで行き、最初に山頂の一本松に辿り着いた者は、ひとつ願いを叶えることができる。そして、そのある日とは実は明日なのだ……。


 『ほら、これなら明日一日中、時間を潰すことができるわよ』


 『めちゃくちゃうそ臭いぞ。本当に皆が乗ってくるとは思えないぞ』


 『だからあんたの力を使うんでしょう?実際に海が裂けてみなさい。皆、信じるわよ』


 『う~ん……。どうだろうな……』


 そもそも海が裂けるなんて、そんな天の理に逆らうような真似が『妄想の言霊』でできるのだろうか。自動販売機の抽選を当てるのとは違うのである。どうにも疑問であった。


 『まぁ、とりあえずやってみなさいよ。どうせ他に妙案がないんでしょう?』


 そう言われてしまえばそうなのだ。仕方が無い。やってみるか。僕はモキボを出現させた。そして、サリィの言ったとおりのことをモキボに入力し始めた。


 『お待ち。ちゃんと最後の願い事が叶うという部分もちゃんとするんだよ』


 『え?そうなの』


 僕は、その部分についてはスルーしようとしていたのだ。とにかく時間が潰れる口実が欲しいだけなので、誰かの願い事を叶えるつもりなど毛頭なかった。


 『馬鹿ね。本当に願い事が叶った方がいいに決まっているでしょう。その方がやる気になるわ』


 『まさか?お前、やるつもりなのか?』


 『当たり前よ。この素晴らしい案を考えた対価よ』


 『ちゃっかりしてやがるな。でも、お前が一番になれるとは限らないんだぜ』


 いや、それ以前に願い事が叶うという部分が『妄想の言霊』で現実化できるとも限らないのだが、そのことは黙っていよう。


 『何ならあんたも参加して一番になればいいじゃない?』


 なるほど。……って馬鹿め。『妄想の言霊』と『モキボ』がある限り、僕が優位なのは火を見るより明らかだ。


 『本当にそれでいいのか?お前が一番になれる保証はどこにもないんだぞ』


 『別にいいわよ。私は楽しく暇を潰せればそれでいいの。願いなんて二の次よ』


 だったらお望みどおり、楽しむだけ楽しんで肝心なところでは退場していただこうじゃないか。僕は俄然やる気になってきた。




 「はぁ?何を言っているんだね、君は?」


 サリィと別れた僕は、ビーチで寛いでいる夏姉に早速提案をした。しかし、夏姉の反応は、僕のやる気を削ぐほどに冷淡であった。


 「どこで仕入れてきた話か知らないけど、そんなラノベみたいな摩訶不思議な話があるわけないでしょう?君の頭はどこまでラノベなんだね?」


 そう言われてしまえばぐうの音も出ない。まさか『妄想の言霊』で現実に起こるんですとも言えないしなぁ……。


 「駄目ですよ!先輩!明日は先輩とカノン先輩のコスプレ写真を撮って撮って撮りまくるんですから。そんな余興をしている暇はありません」


 紗枝ちゃん、目がマジだ。いつに童女のようにあどけなくてにこやかなのに……。


 「でも、その話、確かに聞いたことあるな」


 と呟いたのは悟さん。よし、『妄想の言霊』が効いている効いている。


 「小さい頃からこの辺にはよく来ているんだが、その話は何度か聞いたことある。勿論、実際に見たことないから、伝説伝承の類だと思っているんだがね」


 「ね?ね?面白そうでしょう?昼前にちょっと見てみましょうよ」


 とにかく昼に浜辺に集合させねばならない。サリィの言葉ではないが、実際に海が裂ければ夏姉も信じるかもしれない。そのために明日の天気は、わざわざ午前中雨、午後は晴れとしておいたのだ。


 「ま、俊助がそこまで言うのなら……。どうせ浜辺でも撮影するんだからね」


 渋々と言った感じで夏姉が納得してくれた。ひ、ひとまず成功かな?


 「さて、引き上げるか」


 悟さんが夕日に向かって眩しそうに目を細めた。




 別荘に引き上げた僕達は、悟さんが事前に買い込んでくれた食材を使って夕食の準備を始めた。と言っても、料理するのは僕だけなんだけどね。


 「いや~、俊助はいい奥さんになれるね。料理はできるし、掃除もできるし、メイド服も似合うし。本当に文句のつけようがない奥さんだ」


 ソファーでだらけている夏姉が言った。メイド服が似合うって、どんな奥さんなんだよ。


 「そうですね。料理をする先輩の臀部って素敵ですよね」


 紗枝ちゃん、見るところがマニアックすぎるよ。


 「う~ん、いい香。流石、私直伝のカレーだね」


 「兄さん素晴らしいです。これだけの量を一人で準備するなんて……」


 「ってそこ!何でいるんだよ!」


 僕がおたまで指し示した先にはソファーで寛ぐ美緒と秋穂。お、お前ら、何故当たり前のようにここにいるんだ!


 「いや~偶然にさっきそこで会ってさ。折角だから呼んじゃった」


 てへっと言って、にたにたしている夏姉。絶対この状況を楽しんでいるな。


 「偶然って絶対わざとだろう!」


 「偶然よ」


 「美緒!お前、友達と出掛けるんじゃなかったのか?」


 「出掛けているわよ、ね?秋穂ちゃん」


 こくん、と頷く秋穂。確かに美緒と秋穂は友達らしいが……。


 「秋穂。僕が出掛けるとなるといつもうるさいくせに、妙に大人しいと思ったら、こういうことだったのか!」


 「何のことでしょうか?」


 完全にとぼける秋穂。く、くそぉぉぉ。妹ながら憎たらしい顔をしている。


 「まったく……。こんな女性ばかりのところで何をしているんだか……、帰ったら終日折檻ですね」


 「そんなこと言われたら帰れなくなるだろう!って言うか、帰れ!お前ら!今すぐに!」


 「あの……やっぱりご迷惑だったでしょうか?」


 激昂する僕を冷静にさせてくれる涼風。小鳥のような癒しの声。僕は胸の高鳴りを抑え振り返った。


 「あ、お邪魔しています。新田君」


 ち、ちちちちちちちちちちちち千草さん?千草さん?千草さん?ど、どうしてこちらに?


 「ふふん。お友達の千草さんと秋穂ちゃんとちょっとした旅行をしていたのよ。さぁ、お邪魔みたいだし、帰りましょうか」


 「美緒。ゆっくりしていけよ。カレーもちゃんと人数分あるし」


 「分かりやすい奴……むかつく」


 「兄さん、やっぱり調教が必要ですね」


 何とでも言え。僕は千草さんと出会えて嬉しいから何だって許せる。だが、調教は勘弁してくれ。


 「どうせだったらさぁ、取っている宿キャンセルしておいでよ。まだ部屋余っているんだからこっちに泊まりなよ」


 怖いような嬉しいような提案をする夏姉。


 「別にいいよな?悟」


 「僕は別に構わないよ」


 「え?いいんですか?実はまだ宿を取っていなかったんですよ」


 などと言いながら、美緒の奴、初めからここに泊まるつもりだったんだろう。こっちを見て悪そうな笑みを浮かべやがった。


 僕は、一抹の不安を感じながら調理に戻った。もう少しで完成だな。


 「あ、新田君。お手伝いします」


 そっと僕の横に立つ千草さん。うう、なんて優しいんだ。それにいい匂い。


 千草さんに手伝ってもらうなんて畏れ多い。お客様になった以上、ゆっくり寛いでいただかないと……。でも、ここは千草さんとちょっとでも一緒にいられるチャンスでもあるのだ……。


 「あの……?やっぱりお邪魔でした?」


 僕が黙っていると不安そうに顔をゆがめる千草さん。う、うう。そんな表情をされる千草さんもお美しいな。でも、千草さんには似合わない。


 「いえいえいえ。そんなことないですよ。じゃあ、お皿並べてください」


 「は、はい!」


 ぱっと笑顔を咲かせた千草さんが食器棚へ向かう。うん。後姿もお美しい……い、イタタタタタタタッ!


 「兄さん。ぶっ殺されたいんですか?」


 いつの間にか横に来ていて僕のわき腹を引きちぎらんばかりに抓る秋穂。


 「今日初めてお会いしましたけどお美しい方ですね。兄さんがご執心なのも理解できますね」


 「痛い痛い!抓るな!」


 「どうしたんですか?」


 そこへお皿を持って千草さんが帰ってきた。秋穂がわき腹から手を離した。


 「ええ、何でもないです。私も兄さんの手伝いをしに来ました」


 「な、何でも……ないです」


 今度は千草さんからは見えないところで僕の太腿を抓る秋穂。い、痛い。肉が薄い部分だけに本当に痛いぞ。


 「そうですか……。でも、仲がいいんですね」


 「ええ、とても仲がいいです。他の女が入り込む隙が無いほど仲がいいです」


 「そこまで仲はよくありま……、いえ、仲いいです……」


 痛い!抓る力が強くなっているぞ、秋穂。


 「ふふ。本当に仲がいいんですね」


 本当にそう見えますか、千草さん?ま、抓っているところが見えなければ、そう見えるかもしれませんが……。


 「お腹減った~!早く飯!」


 ソファーから夏姉の情けない声が飛んできた。


 「はいはい」


 折角千草さんと楽しくお喋りできていたのに……。僕は渋々調理に専念することにした。

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