いざ温泉!
千草さんというサプライズゲストを迎えての夕食は、実に楽しいものだった。
僕は意を決して千草さんの隣に座ろうとしたのだが、千草さんの両隣はすぐに美緒と秋穂に固められてしまい断念せざるを得なかった。しかし、後片付けの時に千草さんが手伝ってくれて、ちょっとだけお話しすることができたのだった。コスプレ写真の件がなければ最高の合宿になったのになぁ。
ともあれ、夕食後は自由時間。ソファーのあるリビングで、夏姉、美緒、秋穂、千草さんが他愛もない話で寛いでいた。
「はい。麦茶」
僕は人数分の麦茶を入れて、各人の前に置いていった。
「おっ、流石俊助、気が利くね」
「あ、ありがとうございます」
年長の夏姉、スペシャルゲストの千草さんに奉仕するのはいい。しかし……。
「サンキュー、俊助」
「兄さん、この程度の奉仕で私が許すと思っているんですか?」
美緒と秋穂の奴、ただで宿泊させてもらうのに労働しないなんて図々しい奴らだ。ま、怖くてそんな文句言えないんだけどね。
「まったく……」
僕も麦茶を片手にソファーに腰を下ろした。
「ところで、合宿ってどんなことしているんですか?」
僕が一口麦茶を含んだ瞬間、千草さんがとんでもない質問をしてきた。僕は危うく麦茶を噴出しそうになってしまった。
「そういえばそうね。別にアニメとか見ているわけじゃないし、単なる海水浴?」
美緒かきょろきょろとリビングを見渡す。
「そうそう海水浴だよ。ほら、健康的だろ?」
「嘘ですね、兄さん。兄さんは嘘をつくと視線が不自然に泳ぐんです」
間髪容れず否定してくる秋穂。く、くそ……。これだから妹は手強い。
「ふふん。お嬢さん達、知りたい?」
夏姉が凶悪な笑みを浮かべる。だ、駄目だ夏姉。それだけ言わないでくれ。
「ねぇ、ここに温泉があるらしいわよ」
そこへカノンが登場して会話が止まる。カノン、ここ最近いい仕事をするな。
「温泉?」
「そう。さっき悟が言ってたわ。入りましょうよ」
「そうだね。お風呂でしっぽりと女子トークと言うのも悪くないね。よし、入ろう」
夏姉が立ち上がった。それに従うようにして美緒と秋穂、千草さんも立ち上がった。もう完全に皆でお風呂状態だ。折角千草さんとお話できると思ったのに……。
「カノンちゃん、レリーラちゃんも誘っておいで。私も、紗枝を呼んで来るからさ」
「分かったわ」
それぞれ部屋へと消えていく。なんか急に寂しくなってきた。
「それから俊助……」
「何だよ、夏姉」
「覗くんじゃないよ」
「覗きませんよ!」
何もやることがなくなったので部屋に戻ると、悟さんがいた。どこから持ってきたのか浴衣姿になっていて、タオルを肩にかけ、木の桶を片手に抱えていた。
「さ、悟さん?何ですか、その格好?」
「うん?温泉に入るための正装だ」
「悟さんもお風呂入るんですか?」
「女性陣は皆入るんだろう?我々も入らないと」
「??」
「ま、俊助君も準備したまえ。うちの風呂は大きいぞ」
「そこまで言うのなら……」
「ふふ。裸の付き合いというのも悪くなかろう」
「そうですよね。絡み合う男達の裸の突き合い、じゃなかった付き合い、最高です!」
「紗枝ちゃん。君は女湯だからね」
「チッ」
ドアの隙間から覗き見ていた紗枝ちゃんが忌々しく舌打をしながら去っていった。
僕と悟さんは男湯の更衣室に入る。男二人にしては広い更衣室で悟さんと二人並ぶ。
悟さんは帯を解き、浴衣を脱ぐ。ぴっちりとしたボクサーパンツに、よく引き締まった肉体。男から見ても惚れ惚れとする肉体だった。
何よりもついつい目がいってしまうのは、悟さんの下半身だ。肉感溢れながらもほっそりとした臀部、そして大きく盛り上がった悟さん自身……。
「紗枝ちゃん!壁越しでも妙なモノローグは聞こえているからね!」
「ぶー、折角先輩の気持ちを代弁してあげているのに……」
「しなくていいし、そんなこと思ってないからね」
残念です、と紗枝ちゃんの声が消えていく。まったく紗枝ちゃんは……。
「そうか。俊助君は、そっちの趣味があったのか……」
「ありません!ありません!」
「奇遇だな。実は僕も……」
悟さんが身を寄せてくる。た、確かに惚れ惚れとするような肉体をしている……って、違う!
「悟さん!冗談ですよね?」
「勿論、冗談だとも」
ふふっと笑って悟さんが一足先に浴場に向かった。
浴場は露天風呂だった。五人ほど入れば一杯になる浴槽だったが、露天になっているためとても広く感じられとても気持ちがよかった。
「風呂に入りながら、星空が見えるっていうのは、やっぱり最高だな」
家のせせこましい風呂とは違う。足は伸ばせるし、開放感がある。
「悟さんの家もこんな風に広いお風呂なんですか?」
返事がない。ただの屍……じゃない。僕は悟さんの姿を捜す。悟さんは女湯と男湯を仕切っている檜垣の前でしゃがみ込んでいた。
「な、何をしているんですか?」
返事がない。ただの……って何をしているんだ、あの人?怪しさ爆発だぞ。
「悟さん!」
しっ、と自分の口に人差し指を当てる悟さん。そして僕に向かって手招きをする。
「何をしているんですか?」
僕も檜垣の前で腰を屈め、小声で囁く。
「何って、女湯を覗くに決まっているじゃないか?」
犯罪行為を公然と口にする悟さん。こ、この人は……。
「何言っているんですか!駄目ですよ、そんなの!」
「君こそ何を言っているのだね?こういう時は覗くのが鉄板だろうが。『スクールホイップ』にも『メイドと執事のあれやこれ』にもそんな話があっただろう?」
「それはアニメの中のことでしょう!現実でやったら犯罪ですよ!」
「そう言うが、君も小声じゃないか?駄目だと言うのなら、ここで僕の狼藉を大きな声で叫びたまえ」
「ぐぬぬぬぬ」
「耳を澄ましてみたまえ。聞こえるだろう?女性達の無防備な会話を」
僕は唾を飲み込み、耳を澄ました。
『ほほう。秋穂ちゃん、小さい頃から比べたら成長したねぇ。アメリカに行っていたから、お胸もアメリカンサイズになったのかね?』
『ど、どこを見ているんですか?やめてください』
『それに顕子ちゃんもなかなか……』
『は、はぁ……。ありがとうございます。足利先輩もスタイルいいですね』
『はは、ありがとう。カノンちゃんと顕子ちゃん。確かに似ているけど、肝心なところが……ね』
『……』
『カノン!俯くな!前をしっかり見て生きるんやで!』
『い、今頃先輩は、せ、先輩と……くんずほぐれつ……フンフン!』
一部不穏な発言も聞こえないでもないが、確かに無防備な会話だ。いろんな意味で……。
「安心したまえ。僕が興味あるのはレリーラちゃんだけだ」
男前に白い歯を見せた悟さんが檜垣に顔を押し付ける。この檜垣の向こうには千草さんもいるのだ。全裸の千草さん……。だ、駄目だ。天使のような千草さんをそんな穢れた目で見ては……。で、でも……。
「み、見えるんですか?」
「……」
「悟さん?見えるんですか?」
「……おお!」
「……!!」
僕も檜垣に隙間を見つけ、そこに目を押し当てた。
……。
……。
「湯煙で何も見えないじゃないですか!」
僕は顔を離した。覗けるほどの隙間はあったが、白い湯煙の向こうに何かしらの像が輪郭も分からず見えるだけであった。
「誤算だったな。もうちょっと檜垣の位置を考えるんだった……」
悟さんも檜垣から顔を離す。顔全面に檜垣の跡がついていた。
「悟さん!」
「安心したまえ。明日がある。明日が」
それまでに対策を考えねば、と立ち上がり腕を組む悟さん。全裸じゃなければ様になる格好なんだけどね。
こうして期待だけ膨らんだ初日の入浴は、悟さんの肉体を拝むだけで終了した。
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