悪と手を組む時

 「くそっ!速いな、あいつ!」


 僕は必死にクロールをしながら、前を行くカノンの姿を追った。泳ぎには自信があるほうだったが、カノンの速さは僕の想像を超えていた。追いつくどころか、徐々に離されていっている気がする。


 「ふう!勝ったぁ!」


 カノンがゴールに設定していたブイにタッチした。海面から上半身を出し、ガッツポーズをしている。く、くそっ!悔しい!


 「これで約束どおり、帰ったらステーキ食べさせてよね」


 「に、肉食獣にくせに泳ぎが速いなんて……」


 僕はようやくカノンの隣のブイに辿り着いた。


 「ふふん。何とでも言いなさい。さぁ、帰りも勝負よ」


 海中にもぐり、陸に向かって泳ぎ出すカノン。


 「ちょ、待てよ!一休みさせろよ!」


 と叫びながらも、僕は泳ぎ出した。また負けたら、何を言われるか分かったものじゃない。




 「へぇ、うまいなぁ、夏姉。本当にこういうの得意だよね」


 カノンに再び惨敗した僕は、気分を変えて海辺で砂の城を作成している夏姉を眺めることにした。この人は、こういう造形的なことをやらすと抜群に上手いんだよな。


 「へっへっ。俊助、これ分かるかい?『閃光疾風ボロライガー』に出てくるフェッブシュテイング城だよ~。く~!似ている~!」


 自画自賛し作業を続ける夏姉。うん。今ひとつ分からないけど、そっとしておこう。




 「紗枝ちゃん?」


 「何ですか、先輩?」


 「どうしてずっとカメラ構えているの?」


 「だって先輩を撮りたいんですもん」


 「どうして僕なんだい?皆も撮ってあげれば」


 「勿論皆さんのも撮りますよ。でも、メインは先輩です」


 「その理由をあまり聞きたくないけど、後学のために聞いておこう。なんで僕がメインなんだい?」


 「だって先輩の肉体を参考にしたいからです。だって綿密な描写をするためにはやっぱり見本が……。先輩!カメラ返してください!データ消さないでください!」




 「さぁ、レリーラちゃん。お兄さんと浜辺で鬼ごっこでもしようか」


 「いやや!こっち来んなや!」


 「ははは、よ~し。お兄さんが鬼だな~」


 「わっ!勘弁してくれ!ホンマに鬼ごっこやんけ!兄ちゃん、ぼさっと見てないで助けてくれや」


 「ははは、悟さんとレリーラ。本当に仲がいいな……」




 「……って!何にも思いつかん!」


 僕は砂浜に向かって思いっきり地団駄を踏んだ。コスプレ撮影会を中止に追い込む方法を考えなければならないのに、すっかり海水浴を楽しんでしまっている。なんて馬鹿なんだ、僕は!


 「駄目だ。このままじゃ夕方になる。早く考えないと」


 ここは一人になって冷静に考えるべきだろう。僕は遠泳をするふりをして近くの岩場にしばらく隠れることにした。


 海岸沿い歩くと人気のない岩場があった。波によって削られた洞窟のようなものが見えたので、そこに身を潜めることにした。


 「はぁ……。マジでどうしよう……」


 洞窟は意外に深そうだったので奥には行かず、入ってすぐのところで腰を下ろした。


 「うふふ。みぃ~つけた」


 すると洞窟の奥から女性の声がした。ひ、人はいなかったはずなのに……。


 「お、お前は……」


 洞窟の闇から現れた女性を見て、僕は絶句した。サ、サリィじゃないか。どうしてここに?しかも、なんてきわどい水着を着ているんだ。ほとんど紐じゃないか!


 「いやん!そんなにジロジロ見ないでよ。普段は嫌がっているくせに、本当は私に興味あるんでしょう?」


 「自意識過剰だ!なんでお前がここにいるんだ?」


 「会社の社内旅行よ。本当に偶然よねぇ~。さっきこっちに来るのを見かけたから、先回りしておいて正解だったわ」


 偶然というのはどうもうそ臭い。きっと世界を勝手に書き換えようとしている誰かの仕業だろう。まったく、この忙しい時に……。


 その時、僕はピンときた。そうだ。こいつにひと騒動起こしてもらうのはどうだろうか?


 「サリィ。僕に協力してくれるか?」


 「あら珍しい。普段はあんなに敬遠しているのに。いいわよ。その代わり一夜でいいから私の奴隷になってちょうだい。勿論、性のよ」


 「やっぱりいいです。さようなら」


 「嘘よ!嘘!ちょっと待ちなさいよ!話ぐらい聞かせなさいよ」


 サリィが肩を掴んで引き止めた。いまいち信用の置けない奴だが、今は藁にも縋りたい心境だ。


 僕は包み隠さず話した。僕がやっている活動。コスプレ写真。それがとてつもなく嫌なので、中止に追い込みたいこと。サリィは時折爆笑しながらも、最後まで聞いてくれた。


 「ねぇ、思ったんだけど。あんたの力を使って雨でも降らせればいいんじゃない?」


 それは僕も考えないでもなかった。しかし、雨が降ったら降ったで、屋内で撮影しようと言い出すに決まっているのだ。


 「ふ~ん。で、私に何か騒動起こして欲しいわけね?」


 「そうだ。明後日は午後には帰るからそれほど活動の機会はない。問題は明日だ。このままでは明日は一日中撮影ということになる」


 「要するに明日をなんとかすればいいのね」


 「理解があって助かる。やってくれるか?」


 「ま、やってあげてもいいけど、私に対価はないわけ?」


 「対価?」


 そうきたか。しかし、奴隷になるのは嫌だし、かといってカノンを倒されるわけにもいかない。


 「何が条件だ?」


 「そんな怖い顔をしないでよ。それじゃ私、悪い女幹部みたいじゃない」


 みたいじゃなくてそのものなのだが……。僕は愛想笑いをした。


 「そうね……。いいこと思いついたわ」


 にまっと笑うサリィ。うん。やっぱりお前は悪役女幹部だよ。


 「あんたの力を使って盛大なお祭りをするのよ」


 「お祭り?」


 「そう。お祭り。お姉さんに任せなさい」


 サリィがいかにも悪そうな笑みを浮べ、計画の全貌を話し始めた。

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