まずは海水浴

 「やぁ、よく来たね」


 別荘地の一番奥まったところにある一際大きな別荘。そこが悟さん家の別荘だった。


 別荘の前で待っていた悟さんは、膝丈のハーフパンツにアロハシャツという格好。海辺が似合う夏の男といった感じだ。


 「醍醐……。私の部屋はどこだ……」


 運転席から年恵先生が出てきた。紗枝ちゃんのように大きな鞄を抱えている。


 「二階の奥ですよ」


 「そうか。お前ら!私は三日後まで姿を消す!厄介事を起こすなよ!」


 分かったな、と言って別荘の中に消えていく年恵先生。


 「悟さん……。あれは……」


 「先生のためにゲーム部屋を作ってあるんだ。古今あらゆるゲーム機を完備している。先生が合宿の引率を引き受けるかわりに出した条件なんだ」


 あれこそオタクの鏡だよ、と尊敬の眼差しで年恵先生を見送る悟さん。僕も駄目な大人だと思うが、オタクとしては尊敬できるかもしれない。敬礼したい気持ちになってきた。


 「さて、僕達も部屋割りをするかね」


 「な、何や!悟兄ちゃん!いきなりオレの手を握るなや!」


 「??」


 「何で不思議そうな顔をするんや!」


 「何でって、レリーラちゃんは僕と同じ部屋なんだけど」


 「何でやねん!何でそうなるねん!」


 ふざけんなや、と悟さんの手を振りほどくレリーラ。目には怯えの色が見えた。


 「悟。それは流石に駄目だろう。私と紗枝ちゃん。カノンちゃんとレリーラちゃん。そして悟と俊助。そういう部屋割りでOKでしょう」


 「ふむ。不本意だが仕方あるまい」


 二人きりになればそれでいいさ、と不穏当なことを呟く悟さん。ますますこの合宿をなかったことにしなければならなくなったぞ。


 僕達はひとまず荷物を持って別荘の中に入った。入ってすぐにあるリビングは二階まで吹き抜けになっていて、キッチンはどこぞの高級レストランかと見紛うほどのオープンキッチン。料理人として腕がなりそうだ。


 僕と悟さんは、部屋のある二階へ。ちなみに年恵先生を除く女性陣の部屋は一階にある。


 二階は吹き抜け部分を中心としたロの字型になっていて、階段から一番遠い部屋が年恵先生のこもるゲーム部屋だ。


 「僕達の部屋はここだね」


 悟さんが階段に一番近い部屋の扉を開ける。僕の家の部屋よりも数倍広い部屋だ。


 「ねぇ、悟さん。まだ部屋が余っているみたいだけど、どうして二人部屋なの?」


 二階に二部屋、一階も数部屋余っているように見受けられる。どうしてわざわざひとつの部屋に二人としたのだろう。


 「馬鹿だな俊助君。合宿なんてものは、複数人で寝泊りするから楽しんだろう?」


 「そうですよ、先輩。この部屋で先輩達がくんずほぐれつ……」


 邪な気配を察して振り向くと、そこには鼻息を荒くした紗枝ちゃんがカメラを構えていた。


 「何をしているんだよ!」


 「何って、隠しカメ……じゃなかった。他の部屋の様子を見に来たんです」


 「しれっと嘘をつかない!ほとんど言っていたよね、隠しカメラって」


 「先輩、いけずです」


 「いけずじゃない!そもそも変な妄想するんじゃいの。ねぇ、悟さん」


 「そうかい?僕は別に男の子でも構わないよ」


 そっと僕の腰に手を回す悟さん。おぞましい悪寒が走った僕は、さっと身を引いた。


 「さ、悟さん……。そっちの趣味が……」


 「冗談だよ。僕は女性にしか興味がない。ん、紗枝君?どうしたんだい?」


 さっきまで僕達の背後にいた紗枝ちゃんが満面の笑みを浮かべてぶっ倒れていた。




 荷解きを終えて一階のリビングに行くと、すでに女性陣が集まっていた。


 「ほら、カノンちゃん。これがマリアさんの夏型の甲冑だよ。それともシャイニングファンタジアの女騎士ヴァージョンの方がいいかな。う~ん、どっちも海には映えるからなぁ」


 「うわぁ……凄い。あ、これかっこいいけど、ちょっと大胆過ぎない?」


 事前に宅配で届けておいたダンボールから次々とコスプレ衣装を取り出す夏姉。カノンもその手伝いをしながら、あれやこれやと物色している。


 「換えの電池もフル充電されているし、万が一のためのレンズも五本持ってきました。それに夜に備えて暗視スコープも準備できています。もう完璧です!」


 いかにもお高そうなカメラを手にしながら、薄ら笑いを浮かべる紗枝ちゃん。しかも口の端から涎が垂れているぞ。


 もうなんか完全な撮影会モードじゃないか。まだこの撮影会を中止に追い込む具体的な方法が思う浮んでいない以上、どうにかして先延ばししなければ……。


 「はい!夏姉!僕はまず海で遊びたいです!」


 僕は大きく挙手をして発言した。しかし夏姉は露骨に顔をしかめ、紗枝ちゃんは捨てられた子犬のように寂しそうな顔をした。


 「俊助……。私達は遊びに来たんじゃないんだぞ。君とカノンちゃんのコスプレ写真を取り捲るという崇高な使命があるんだぞ」


 「そうですよ、先輩。時間は貴重です。夏は待ってくれません」


 「で、でも、写真撮影ばっかりじゃつまらないよ。ちょっとは遊びましょうよ!」


 「普段は超インドア派のくせに、妙にアウトドア志向だね、俊助。まさか、今更コスプレ写真集が嫌だなんて言わないよね」


 怖い表情でひと睨みする夏姉。いつもなら即座に屈してしまうところだが、今回ばかりは容易に屈するわけにはいかなかった。


 「まぁまぁ、いいじゃないか」


 そこへ海パン姿の悟さんが二階から下りてきた。ぴっちりとした競泳用の水着だ。この人、海で泳ぐ気満々だ。


 「まずはロケハンも兼ねて海水浴ということにしようじゃないか。まだ明日も明後日もあるんだから」


 「ま、悟がそこまで言うのなら」


 「仕方ないです。まずは先輩のスク水で我慢します」


 ひとまず、悟さんのおかげで助かった……。でも紗枝ちゃん。スクール水着は着ないからね。


 「サトル。私達、水着なんて持ってきてないわよ」


 「そうや!オレも持ってないで」


 そう言えばそうだった。僕は、自分に降りかかる悲劇を回避することばかり考えていたので、カノンとレリーラの準備ついては任せきりだったのだ。


 「大丈夫だ。こんなこともあろうかと、そこの奥の部屋にいくつか用意してある。好きなのを使いたまえ」


 流石悟さん。備えがいい。水着がないことを契機に、やっぱり海水浴はやめようと夏姉が言い出すんじゃないかとびくびくしていたのだ。


 「では、着替えてビーチに集合だ。どれ、レリーラちゃんは、僕が見繕ってあげよう」


 「お、お断りや!」




 悟さんの別荘からビーチまでは歩いて五分ほど。さっさと着替えた僕は一足先にビーチへと向かう。


 プライベートビーチというわけではないらしく、僕達以外にも海水浴客がいた。しかし、広大なビーチにまばらにしか人影がなく、海の家のような施設もない。優雅に海水浴を楽しむには最高のロケーションだろう。


 「お、来たね」


 先行していた悟さんが砂浜にビーチパラソルを突き刺して待っていた。


 「広いビーチですね。人も少ないですし」


 「うむ。別荘と同じ会社が管理しているビーチですね。別荘を所有している人しか利用できないんだよ」


 「ふ~ん」


 ビーチつき別荘なんて、悟さんの家ってお金もちなんだな。


 「待たせたわね」


 しばらくしてまずやってきたのはカノンであった。白いワンピースの水着。スレンダーなカノンにはよく似合っていた。


 「な、何よ。じろじろ見て」


 「い、いや……。まぁ、似合っているぞ」


 「そ、そう。ありがとう」


 照れたように俯くカノン。うん。照れられるとこっちも照れてしまう……。ん?レリーラ、なんでカノンの後に隠れているんだ。


 「レリーラ。どうしたんだよ?」


 僕はカノンの後ろを覗き見ようとした。


 「み、見るなや!」


 拒絶するレリーラだが、ろくに隠れる場所などないのだから、すぐに見えてしまった。


 「それは……スク水じゃないか」


 まさに紺のスクール水着。しかも、胸の部分には『4の1レリーラ』というゼッケンが貼られていた。


 「ちゃ、ちゃうねん!オレに合うサイズの水着はこれしかなかったんや!」


 陰謀や!これは陰謀や!と騒ぐレリーラ。確かにこれは誰かさんの陰謀だろう。


 「いいじゃん、いいじゃん。似合っているんだから」


 そこへ夏姉が登場。黒いビキニだ。そのプロポーションを惜しげもなく披露している。


 「よかないわ!そら姉ちゃんはいいわな!ばいんばいんやからな!」


 「大丈夫大丈夫、需要はあるかな。な、悟?」


 「勿論だとも。さ、レリーラちゃん。お兄さんと一緒に泳ごうか」


 「いやや!一人で泳げるわ!」


 逃げるように海に向かって走り出すレリーラ。海に入る前に準備体操しないと駄目だよ、と悟さんが後を追いかけていった。


 「だ、大丈夫かな……」


 「お、お待たせしました」


 僕が二人の行く末を案じていると、最後に紗枝ちゃんがやってきた。ピンクのワンピースで腰にはフリルのようなパレオが巻かれている。非常に可愛らしいと思うのだが、水着の上にパーカーを羽織っており、首にはご自慢の一眼のデジタルカメラをぶら下げていた。


 「紗枝ちゃん……その格好……」


 「す、すみません。私、夏子先輩やカノンさんみたいにスタイル良くないから恥ずかしくって……。それにすぐ日焼けしちゃうんです」


 「いや、それよりもここまで来てカメラって……」


 「ここまで来てって何ですか!ここだから持ってきたんですよ!なのに先輩は何ですか!そのだぼだぼした膝丈の海水パンツは?悟先輩は、ぴっちりとした競泳用水着を穿いているのに。先輩には失望しました」


 「そんなことで失望しないでよ、紗枝ちゃん!それよりもカメラはまずいんじゃない?ほら、盗撮とかあるからいろいろうるさいでしょう?」


 盗撮するのは先輩だけです、と不穏当な発言をする紗枝ちゃん。


 「それなら問題ないよ。ここは公共の海水浴場じゃないからね。そういう規制はないって悟が言っていた。でも、私達以外にはレンズを向けない方がいいかもね」


 「分かりました!」


 紗枝ちゃんが僕にカメラを向けてきた。一応シャッターを押したが、普通の先輩を撮っても面白くありません、とかぬかしやがった。ま、まずいな。本当になんとかしないと……。


 「ま、とりあえず泳ごう、遊ぼう!そりゃ!」


 勢いよく海に駆け出す夏姉。カノンが続き、紗枝ちゃんまでもがカメラを置いて、とことこと走り出した。


 「俊助も早く来なよ!」


 と夏姉が叫ぶ。自分で言い出した海水浴だが、はっきり言ってそれどころではなかった。

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