幼女は罠を仕掛ける

 奇妙な、いや、いわくありげな幼女の罠に嵌った僕は、その幼女と手を繋ぎながら、我が家に向かっていた。


 幼女は嬉しそうに笑いながら繋いだ手を大きく前後にぶらぶらとさせている。傍から見れば仲のいい兄と妹といった感じだろう。微笑ましい光景である。しかし、僕は気が気でなかった。作り笑顔もきっと硬直していることだろう。


 『いいか?兄ちゃん。オレを兄ちゃんの家に連れていけや。ええか?あくまでもフレンドリーに、兄妹のようにな。ちょっとでも逃げようとしたり、怪しいそぶりを見せたら、オレは大声上げて泣き叫ぶからな』


 つい四五分前、可愛げな幼女は僕をそう脅した。僕が覿面に嫌な顔をすると、


 『ほう。兄ちゃん、いい度胸やな。そんなにその年で臭い飯が食いたいんか?』


 などと言うものだから、僕は全面降伏するしかなかった。


 「兄ちゃん、顔が固いなぁ。そんなにオレと歩くのが嫌け?こんな可愛い幼女やぞ」


 自分で可愛いとか言いやがったぞ、この幼女。まぁ、見た目だけは可愛らしいが、言葉汚いし腹が黒い。その前に僕は幼女にこれっぽちの興味のないんだけどな。


 「で、お前は何者なんだ?那由多会のメンバーか?それとも『魔法少女マジカルカノン』の関係者か?」


 「けけけ、焦るなや兄ちゃん。焦る男はもてへんで」


 「どうして僕の家に行くって言うんだ?カノンに用事でもあるのか?」


 まさか魔王デスターク・エビルフェイズの手下か?だとしたら、僕はとんでもない罠に嵌ってしまった。


 「いろいろ詮索しすぎや、兄ちゃん。細かい男ももてへんで」


 「もてないもてないうるさいな。いいんだよ、もてないのは百も承知だから」


 「ほへん。兄ちゃん、ほんまにもてへんのけ?彼女おらんのか?どーてーなんけ?」


 「うるさい!ほっとけ!」


 本当に失礼な幼女だな。絶対に何かしらの形で復讐してやる。


 幸いにして家に帰りつくまでの道中、数人とすれ違ったものの、警察に通報されるような事態にはならなかった。


 「ほら、着いたぞ」


 僕は、玄関前でひとまず立ち止まった。幼女は僕の家まで連れて行け、と言っただけで、中に入れろとは言っていない。ここで目的は果たしたはずだ。


 「何を寝ぼけたことを言っとるんじゃ?中に入らんかたっら意味ねえじゃろ。いたいけな幼女が疲れとるんや。ちっとは気を利かさんかい、ボケ」


 やっぱり中に入るのね。分かっていたさ、単に家の前に連れてくるだけじゃ駄目だって。僕は、周りに人目がないかを慎重に確認した。流石にご近所さんに幼女を家に連れて入る光景を見られるのはまずい。よし、人目はない。僕は幼女の手を引いて、素早く家の中に入った。


 「ただいま……」


 この幼女の目的が何であれ、今はカノンと引き合わせた方がいいだろう。もしカノンが知らなければ、この幼女は那由多会のメンバーだ。だとすれば、イルシーをどんな手を使ってでも呼び出してやる。


 しかし、何の返事もなかった。靴もないから、まだカノンは帰ってきていないのだろう。


 「何じゃ、誰もおらんのか。まぁ、ええか。兄ちゃん、風呂沸かしてくれや。道にずっと立っとったから、汗掻いたわ」


 「おい!いい加減にしろよ、幼女!図々しいにもほどがあるぞ!」


 篤実温厚な僕も、流石にカチンときた。ここは年長者としてしっかりと幼女をしつけないといけない。


 「ほう、兄ちゃん、まだ分かってないなぁ。家の中でも安心はできへんのやで?いや、家の中やから、危ないんとちゃうか?」


 幼女は突如、上着のボタンをひとつ外し、白い肩をちろりと露出させた。


 「例えばや、こんな格好でオレが泣き叫びながら家を走り出てみろ。兄ちゃんは、即効で変態さんの仲間入りや。いや、もう社会的に死んだも同然になるなぁ」


 けけけと笑う幼女。ぐぬぬぬ。なんて恐ろしい幼女なんだ。用意周到に恐ろしい罠を仕掛けてやがる。こいつ、孔明か?


 「けけ。まぁ、そんなに怖い顔をするなや。風呂からあがってきたら、オレがサービスしたるけん」


 サービス?どんなサービスなんだ?ちょっと心揺り動かされたが、よ、幼女には興味が……ないぞ。


 「お?ええこと思いついたわ。兄ちゃん、一緒に風呂入ろうか?あー、でも、どーてーの兄ちゃんには刺激が強すぎるか?」


 この幼女、言わせておけば!危うくお願いしますと言いかけたじゃないか。


 「ほほう、兄ちゃん。顔が赤いぞ。なんや、意外と純情さんなんやな。ええで、ええで。オレ、そういうのもいける口やから」


 幼女がぴたっと僕に抱きついてきた。やめろ、幼女!こんなところ誰かに見られたら、完全に誤解……。


 「シュンスケ、ただいま!お腹減ったんだけど……」


 そこへカノンの帰宅。こいつ、本当に裏切らない!


 「ち、違うぞ、カノン!こ、これは……」


 玄関で完全に固まっているカノン。僕は必死で弁明しようと思うのだが、何も言葉が浮ばない。


 「誰なのよ?それ」


 「誰って……、あの、その……道端で拾った……」


 「拾った?シュンスケ、あんた……」


 カノンの顔がこわばる。


 「違う違う。誤解だ!お前が考えていることは完全に誤解だ!」


 「けけ、カノン。オレじゃオレ」


 そこで幼女が口を開く。レリーラ?聞いたことのある名前だ。


 「レリーラ……。レリーラ先輩!?」


 「カノン!久しぶりじゃなぁ!」


 僕を突き倒し、カノンに駆け寄る幼女。何が起きたのかすぐに理解できなかったのは、どうやら僕だけのようだった。

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