幼女は居座る

 レリーラ・エドワルド。『魔法少女マジカルカノン』に出てくるキャラクターのひとりだ。


 カノンが通っていた魔法学校の一年先輩にあたり、面倒見のいいお姉さんといった感じで、魔王を倒す旅を続けるカノンを陰日なたに支えてくれる存在であった。


 実は聖ホロメティア王国の由緒ある貴族の娘で、隣接する某国の王子と婚約していたのだ。しかし、その某国が魔王軍に侵略されてしまい、その婚約は破断してしまった。


 しかも、その王子は、デスターク・エビルフェイズに洗脳され、魔王軍の参謀となっていたのだ。レリーラは、その王子と宿命的な対決を迫られるのだが、戦いの渦中、カノンを救い命を落とすのであった。


 落ち着いた大人の雰囲気のある悲劇のお姉さまキャラ。そういうはずだったのに……。


 「どうして幼女なんだ……」


 僕は、聞こえるようにわざとらしく舌打ちをした。レリーラを名乗るそいつは、さっきまで僕に悪質な罠を仕掛け続けた極悪幼女だ。僕が想定していたお姉さまキャラは、腹黒な幼女キャラになってしまっていたのだ。


 「なんじゃ、兄ちゃん。不服なんけ?しゃあないやん、こんな風になっちまったんだから。しゃーなしや、しゃーなし」


 レリーラは、ずずっと僕の入れた日本茶を美味しそうに飲む。


 「僕の考えたキャラとまったく違うことについてはもう何も言わん。言っても始まらんからな。でも、よりにもよって幼女かよ……」


 幼女は完全に僕の射程範囲外だ。実際、僕が書いてきた小説の中には一切幼女は出てこなかった。それほど僕と幼女とは縁遠い存在なのだ。


 「ちょっと、シュンスケ!先輩になんてこと言うのよ。失礼でしょう!」


 カノンが僕を非難するように睨んでくる。


 「カノン。お前はこんな幼女を先輩と呼べるのか?確かにお前も随分と幼児体系だが、こいつよりは……。い、痛い!やめろ!これ以上ヘッドロックされたら頭蓋骨が本当に割れる……」


 僕は必死になってカノンの腕にタップする。しかし、カノンは無視して僕にヘッドロックをかけ続けた。


 「ほへ~。相変わらずキレのあるサブミッションやなぁ。いや、以前よりも技の精度は高いんとちゃうか?」


 「そ、そうですか?えへへへ……」


 照れ笑いをするカノン。さらに僕の頭蓋骨を締め上げる力が強くなる。ま、マジで駄目だ!これ以上はマジでやばい!


 「そういえば、魔法の方はどうなんけ?使えるようになったんけ?」


 うっ、と短い唸るカノン。自然と力が緩んだので、僕はその隙に脱出した。


 「その様子やったら、まだ使えへんみたいやな。ほんま、しゃーないやっちゃ」


 「でもでも、ちょっとは使えるようになったんですよ。本当なんです!」


 必死に訴えるカノン。まぁ、嘘ではないが、本当とも言い難いだろう。なにしろ僕の『妄想の言霊』がなければ、魔法を使えないのだから。そのことについては、本人の名誉のために黙っておいてやろう。決して暴力的制裁が怖いわけではないぞ。


 「感動の再会はそのぐらいにしてくれ。で、なんでレリーラがこんなところにいるんだ?それにどうして僕の名前を知っていた?」


 「せっかちな兄ちゃんやな。オレは、長旅で疲れとるんや。ちいとはゆっくりさせてくれや」


 饅頭でも出してくれ饅頭でも、と厚かましい要求をするレリーラ。


 「饅頭なんてこの家にはない。我が家は洋菓子派だ」


 「嘘ばっかり。千虎堂の栗饅頭が食器棚にあったでしょう」


 カノン!いらんことを言いやがって。僕に貴重な糖分供給源が……。


 「そうか!ほな、貰うで。ええやろ」


 僕の答えを待つまでもなく、レリーラは食器棚から栗饅頭を取り出し、一口に食べてしまった。


 「あ、てめぇ!」


 「オレがこっちの世界に来たのは偶然じゃ。まぁ、ちいと厄介な奴に追いかけられていたから、ちょうどよかったけどな。で、兄ちゃんのことを知っとるのは、ここ来る途中に出会ったイルシーとかいう女に聞いたんじゃ。シュンスケって兄ちゃんを頼れって」


 栗饅頭を飲み込んだレリーラが端的に説明をする。まぁ、そんな程度の回答しか得られないだろうと思っていたけどね。それにしてもイルシーの奴、また面倒なことを押し付けやがった。


 「そうかそうか。大体の事情は分かった、栗饅頭はやるから、さっさと出て行け幼女」


 「なんじゃ!こんないたいけな幼女を放逐するんけ?兄ちゃん、鬼じゃ」


 「そうよ!先輩がかわいそうじゃない!」


 猛然と抗議するレリーラとカノン。どうして僕が悪い流れになるんだ!


 「うるさい!どこまで厚かましいんだ。こっちはカノンの面倒を見るだけで精一杯なんだよ」


 「兄ちゃん。何度も言わすなや。大人しくオレの言うこと聞かんと、半裸になって泣きながら外へ出るぞ」


 「ふふん。もうそんな脅しは効かんぞ。こっちにはカノンって証人が……」


 「先輩。シュンスケの部屋にあるエロエロ同人誌を証拠として持ち出せば、効果覿面ですよ」


 「ほほう。そーけ。そりゃ、ええこと聞いたわ」


 「カノン!てめぇ!裏切ったな!」


 僕はあらん限りの憎悪をカノンとレリーラに向けた。しかし、どこ吹く風と言う感じで、カノンはお茶を啜り、レリーラはけけけと笑った。




 夕食後のひと時、普段なら部屋に引きこもってアニメ見ているか小説を書いているかしているのだが、僕はリビングのソファーから動けずにいた。レリーラが僕の膝の上に頭を乗せ、気持ち良さそうな笑顔を浮べ寝息を立てていた。


 「あんだけ嫌がっていたのに、そのまま寝かせてあげるのね」


 正面に座るカノンが小さく笑った。小ばかにされたような気がして、僕はちょっとむっとした。


 「仕方ないだろう。また騒がれたら堪らん」


 どうせまた半裸で泣くぞとか言うに決まっているんだ。この幼女は危険すぎる。


 「ご、ごめんね、シュンスケ。先輩まで居座ることになっちゃって……。め、迷惑だよね。私もいるのに……」


 カノンは、本当に申し訳なさそうな顔をしていた。


 「そんな顔をするな。お前らしくない」


 「らしくないって、どういうことよ!これでもすまないと思っているのよ。なんなら『アルバイト』とかしてお金を稼いでもいいと思っているのよ!」


 「アルバイトはやめてくれ。余計なフラグは立てるな」


 そういうとカノンは、むくれた風に頬を膨らませた。


 「怒るなよ。まぁ、面倒は増えたが、幼女程度なら食費もあがらんだろう。お前も、幼女の面倒を見ろよ」


 「う、うん。ありがとうね」


 ぱっと笑顔になるカノン。くそっ。たまにこういう可愛い顔をするな、こいつ。


 「先輩。いつも明るいけど、本当は寂しがり屋さんだから。それに悲しい宿命も付きまとっているし……。シュンスケも分かっているでしょう?」


 勿論分かっている。僕は『魔法少女マジカルカノン』の原作者で、随分と姿形が変わってしまったが、レリーラの生みの親は僕なのだ。彼女の生い立ちに纏わる設定も、僕が考えたのだ。


 先述したとおり、レリーラは、元婚約者と戦うことになり、挙句にはカノンを庇って命を落とす……。


 「あ、あれ?」


 「どうしたのよ?」


 「カノン。お前が、こっちの世界に来る直前にいたのは、魔王の城『エビルパレス』だったんだよな?」


 「そうよ。もうちょっと魔王デスターク・エビルフェイズをとっちめることができたのに……」


 「でも、僕の作った話の中じゃ、レリーラが死ぬのはその少し前だ。つまり、お前がこっちの世界に来た時点では、レリーラは死んでいるはずだ」


 今気がついたと言わんばかりに目を見開くカノン。そして、僕の膝の上で眠り込めているレリーラを見た。


 「じゃあ、この先輩は何?」


 「いや、偽者とかそういうのではないだろう。正真正銘のレリーラだ。今更僕の考えた世界とまったく違っても驚かないが、どうもな……」


 何かがおかしい。キャラクターの生死は、物語の重要なファクター。それすらも書き換えられているというのも、腑に落ちなかった。

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