今時珍しい出会い頭の衝突に関する考察

 「ふ~ん。それは珍しい場面に遭遇したね。出会い頭に衝突だなんて。古典芸能の世界だ」


 「そうでしょう。いや~まさか自分が体験するとは思いませんでした」


 僕-新田俊助は、つい先ほど遭遇した事件について悟さんに報告した。悟さんの意見は非常に適格で同意見であった。僕は深く何度も頷きながら卵焼きを頬張った。


 昼の休み時間。『動々研』のメンバーは部室に集まっていた。本来ならばお昼を取りながら、今度の同人誌即売会にむけてのミーティングをするはずだったのだが、カノンのコスプレ衣装を打ち合わせするに当たり、男は入ってくるなと言われ、僕と悟さんは仕方がなく雑談をしていたのだ。


 「ふむ。アニメやゲームではべったべたなシチュエーションだが、今時流行らないだろう」


 「そうですよね。ギャグとしては使われますけど、真面目な展開としてほとんど使われませんよ。『スクールホイップ』でも確かギャグとしてありましたよね」


 「第四話『通り過ぎた恋ゴ・コ・ロ』で主人公と転校生のシャーロットが登校中にぶつかるところだね。そうか……。時にそのぶつかった相手は転校生だったのかね?」


 「違うと思います。一年生でしたけど」


 赤の名札を下げていたから一年生であることには間違いない。ちなみに二年生は緑、三年生は青となっていて、来年の一年生は、卒業生の色である青を受け継ぐことになる。


 「なるほど。で、その彼女は何かを銜えていたのかね」


 「何も銜えていませんでしたよ。学校で歩き食いはないでしょう。でも、アニメとかでは、絶対に何かを銜えていますね」


 出会い頭衝突シチュエーションの定番として、何かパンめいたものを銜えているというのがセオリーだ。『スクールホイップ』でも、シャーロットがにんじんスティックを銜えていた。


 「あれは何でにんじんスティックだったんでしょうね?」


 「ネットでは、シャーロットはにんじんが好き、という設定のためと噂されているが、以後にそんな描写がないことから考えると、出鱈目だろうね。まったく、どうしてあんな描写をしたんだろうか?おかげで完全にネタにされてしまった」


 この描写により、シャーロット=にんじん、という構図が定着し、十八歳以上御用達の同人誌でネタとして使われるようになってしまった。


 「僕もネットで拾いましたよ。シャーロットが生のにんじんを思いっきり銜えさせられているやつ。ひどいやつなんて下の……」


 と言いかけたところで僕は口をつぐんだ。すぐそばに女性陣がいるのだ。流石に口にするのは憚れた。きっと夏姉は『何々?そんな同人誌も持っているの?音読してあげようか?』と言うに決まっているし、紗枝ちゃんは『先輩も自分ににんじんとかぶち込んでいるんですか?』と変な妄想をするに違いない。


 「あとは……下着か。ぶつかって尻餅ついて、スカートがかなり捲りあがってしまう。下着が見えてしまい『見たでしょう?』『いや、見ていない。苺パンツなんて』『やっぱり見たんでしょう!嘘つき!エッチ』みたいな展開。それはあったのかね?」


 「パンツは見えましたが、縞でもなければ苺でもありませんでした。なので無視しました」


 リアルパンツで縞と苺以外には残念ながら興味がない。普通のフリル系などまるでそそられない。


 「うむ。リアルで出会い頭衝突が発生しても、なかなかベタな展開にはならないものだね。所詮、リアルはリアルということだ」


 この世の破滅と向き合ってきたような深刻さで嘆息する悟さん。僕も同じ気持ちだったので、悟さんにならって嘆息した。


 「これこれ、そこの変態達。何をくだらんことを話しておるのかね。特に俊助は原稿落とした大罪人なんだから、もっと身を入れんかね」


 「話に入ってくるなって言ったのは夏姉だろ?まったく……」


 理不尽な夏姉の指摘に文句のひとつでも言ってやろうと思ったのだが、今度の即売会用の原稿を落としてしまったのは事実。だから、何も言い返せなかった。まぁ、落としてしまったのはカノンのせいでもあるのだが……。


 そのカノンは、まるで悪びれた様子もなく、夏姉が持ってきた『スクールホイップ』のマリアさんコスプレ(試作品)を愛おしそうに眺めていた。本当なら僕が原稿を落とさないように監視するというカノンに与えられた任務は失敗したのだから、ご褒美であるマリアさんの衣装はお預けのはずだった。しかし、『カノンちゃんは頑張ったからおまけしてあげるよ』と夏姉は、褒美を与えることにしたのだった。いや、最初から与えるつもりで、コスプレさせて即売会の売り子をさせる気なんだ。


 「で、その子は可愛かったのかね?」


 くだらんことと言っていたくせに話を振ってくる夏姉。


 「まぁ、可愛かったですけどね」


 「ほほう。俊助の口から三次元女子に関する肯定的な意見が聞けるとね」


 失敬な話だ。いくら僕だって三次元に興味がないわけではない。ちゃんと千草顕子さんという素晴しい女性に興味を持っているぞ。


 「けど、僕の好みではありませんね。わざとらしい厚めの眼鏡をかけていましたから、あれは古典的な眼鏡キャラですよ」


 「ふむ。あれか?普段は瞳が見えない牛乳瓶の底眼鏡をかけているけど、外すと実は美少女ってやつか?やれやれ、二次元では完全な萌え要素だが、三次元ではあざとすぎるな」


 流石は悟さん。僕の言わんとすることを理解してくれている。


 「ですよね。あえて自分で自慢の容姿を隠しているみたいで、逆にあざとさを感じますよね」


 僕とて眼鏡キャラが嫌いではないのだ。ただ、眼鏡キャラである以上、もはや眼鏡は体の一部だ。ぶつかった程度で取っては駄目なのだ。


 「ふむ。あざといと言えば、この雑誌なのだが……」


 と言って悟さんが鞄から取り出したのは、某アニメ雑誌の先月号だ。


 「どこだったか……あ、このページだ。『ふゅーちゃーしすたーず』とかいうアイドルユニットのひとりがオタクらしくて、インタビューに答えている。ちょっと読んでみてくれるかね」


 この雑誌なら僕も買っていたのだが、悟さんが開いたインタビューページは読んでいなかった。アニメ雑誌において、製作者と声優以外のインタビュー記事など眼中になかったから飛ばしていたのだ。


 「どれどれ……」


 僕と夏姉、そして紗枝ちゃんが覗き込むように記事を読み始める。オタクではないカノンも、蚊帳の外にされるのが嫌なのか、一緒に覗き込んできた。


 一読した後、最初に顔を上げたのは僕だった。


 「俊助君。感想はどうかね?」


 「どうもこうもないでしょう。こいつ、オタクじゃないですね。」


 断言してもいい。このチッヒーとかいうアイドルは、オタクなんかじゃない。


 「そうだね。無理矢理事務所とかにオタクキャラを演じさせられているんじゃない?まぁ、よくも臆面もなくこのインタビューをアニメ誌に載せたね」


 夏姉が鋭い分析を加え、紗枝ちゃんも激しく頷く。カノンは、どこでそんなことが分かるのよ、と不思議そうに記事を読み返していた。


 その時であった。部室の扉が勢いよく開いた。


 「な、なんで分かったのよ!」


 そこに立っていたのは、僕がここに来る途中にぶつかった、あのあざとい女性徒であった。

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