偶像崇拝の果て
ふゅーちゃーしすたーず
「それでは最後に聞いてください。私達の新曲『ポニーテールはほどけない』です!」
斜め前のユッコが高らかに宣言すると客電が落ち、ステージを照らすスポットライトが一斉に点灯する。
客席からは大歓声。間髪容れずステージ上のモニターから曲が流れ出すと、自然と体が動き出した。もう何十回、いや何百回と練習してきた曲だ。間違うはずがない。所謂、体が覚えている状態だ。
舞台上で歌う。踊る。絶え間ない歓声。堪らない。この時の為に、苦しいレッスンを重ねてきたのだ。
曲がサビに近づく。一番盛り上がる、そして一番難しい場面だ。腕と足の動きが合わず、最初は何度も何度も失敗した場面だ。緊張する。しかし、その緊張も心地よい。
歓声が一層強く湧き上がる。サイリウムが綺麗に左右に揺れる。
さらに気持ちが高ぶる。もうここからはトランス状態。無意識のうちに体が動いていく。
曲が終わりに近づき、決めポーズに向けて動き出す。
ユッコを中心に、皆が集まり、思い思いのポーズを取る。瞬間暗転。歓声が爆発する。
完璧だ。最高だ。だから、アイドルはやめられない。
人気アイドルユニット『ふゅーちゃーしすたーず』のひとり、赤松千尋は、肩で息をしながら、高揚感をかみ締めていた。
「は~い!お疲れ様!みんな、よかったわよ!」
楽屋に戻ると、いつもは厳しいダンスコーチが拍手して迎えてくれた。毎度のレッスンでは鬼のように千尋達を罵倒し、時には鉄拳制裁も辞さないコーチ。
しかし、本番が終わった時はいつも菩薩のような笑みで手放しに褒めてくれる。これがこの人の手なのだ。
「ありがとうございまぁす」
口々に礼を言うメンバー達。しかし、本気で礼を言っているメンバーなどいない。皆、息を整え、喉を潤すのに必死だ。
「秋月プロデューサーからメールが来ています。『今日の君達のステージ、客席から見させていただきました!最高でした!これぞアイドルという感じでした!……』」
マネージャーがふゅーちゃーしすたーずのプロデューサー秋月冬一のメールを長々と読み上げる。
「どうせ来てないくせに……」
「来てるなら、一回でも楽屋に来いっつーの」
近くにいたヨッチとチャルルが小さな声で悪態を吐く。千尋も声にこそ出さないが、激しく同意であった。
「ということで、明日明後日はオフですが、水曜日には次の曲のレッスンがあります。メンバーは……」
引き続きマネージャーがスケジュールを告げる。もう知っていることだが、流石にこの時はマネージャーの話に意識を集中する。
「あ、チッヒー。ちょっと来て頂戴。この前のインタビュー記事があがってきたから目を通して欲しいの」
最後にマネージャーが千尋のことを呼んだ。は~い、と返事をする千尋。
一瞬、怖い顔をしたユッコと目があったが、無視した。メンバーの中で一番人気のユッコにしてみれば、二番人気の千尋が単独でインタビューを受けたことが気になるらしい。
「はい、これ。今すぐ目を通して」
マネージャーが原稿を渡す。私が見たところで、一度マネージャー見てすでに修正しているのだ。意味などない。それに、このインタビューに答えている千尋は千尋のようで千尋ではない。
『私が今ははまっているのは『メンマ』です。そうです。週間少年ホップで連載している少年漫画です』
『好きなキャラですか?やっぱりサヘイジ君ですかね。主役のメンマもかっこいいんだけど、サヘイジ君ほうが影があって、魅力的ですよね』
『アニメも見てますよ。最近のお気に入りは『防御!タコ男爵』とか面白いですね。え?乙女系ですか?う~ん、それよりも可愛い女の子が出ている方が好きですね』
原稿を斜め読みするだけでうんざりとしてきた。そう。『ふゅーちゃーしすたーず』のチッヒーは、オタクキャラなのだ。しかし、実際の千尋はオタクでもなんでもない。キャラ作りとしてプロデューサーの秋月から指示されたのだ。
『チッヒーは、オタク受けする顔立ちだから、オタクキャラになっちゃいなよ。あいつら単純だから、同じ趣味の女子がいると俄然ファンになってくれるよ』
秋月にそう言われた時は愕然としたものだった。オタク受けする顔立ちと言われたのもショックだが、そのためにオタクになれと言われたのもショックだった。
しかし、折角掴んだチャンスである。千尋は、我慢をして面白いとも感じないアニメを必死に見てキャラ作りをした。その結果、今ではテレビでも引っ張りだこのアイドルユニットのナンバー2になれたのだ。秋月の慧眼に感謝しなければならない。
「大丈夫だと思います」
千尋は原稿をマネージャーに返した。
「そう。だいぶんとオタクキャラが板についてきたわね。ちゃんと『メンマ』と『ツインテール』を抑えておきなさいよ。オタクの中では鉄板ネタなんだから」
「はい……」
そういえば今週は『ツインテール』の最新刊の発売日だっけ?そんな情報をしっかりと把握している自分が、少し嫌になってきた。
「しんどそうだけど、大丈夫?」
マネージャーが顔を覗き込んできた。どことなく『メンマ』に出てくる女忍者の棟梁に似ていた。
「大丈夫です」
「そう。明日は休みなんだから、リフレッシュでもしてきなさい」
学校へ行かないといけないのに、リフレッシュもくそもなかろう。千尋は、聞こえないようにため息を吐いた。
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