説明してくれるよね?(逆バージョン)
ちょっと前まではあり得ないことだと思っていた。
だってそうだろ?男子高校生の一人暮らし自体が希少価値というか現実にあり得ない状況なのに……。あ、これはもうやったか。なので以下略。
しかし、先程と違うのは、ベッドの上に鎮座しているのは美緒。ベッドの下で正座をしているのは僕とカノン。
「どういうことなのか、説明してもらおうじゃないの」
一段高いところから問い詰める美緒。なんだかお白州に引き出された罪人の気分になってきた。
さて、どうしたものか。
まさか僕の書いた小説のヒロインです、なんて言えるはずもないし、適切な嘘も思いつかない。
僕は、脳内にある記憶の引き出しを次々と開ける。こういうのは、アニメやゲームでもよくあるシチュエーションのはずだ。きっと過去に見たアニメ、あるいはやったギャルゲーの中に解答があるはずだ。
「さぁ、どうなのよ!」
「こ、こいつは……。海外にいる親父の知り合いの子供で、日本に留学に来たから面倒みているんだ」
わー!馬鹿馬鹿!
言い終わってから僕は、猛烈に後悔した。すでに美緒は妹の秋穂と通じている。こんな嘘、美緒が秋穂に通報した時点ですぐにばれてしまうのは明白であった。
でも、なんでこんな見え透いた嘘を吐いてしまったんだろう。あ、これはアニメ版『メイドと執事のあれやこれ』の第七話『ちょっとだけ留学生~シンディーの来日~』で出てきたネタだった。
きっと美緒はすぐさま秋穂に携帯電話でメールをして確認するだろう。くそっ!携帯電話ってなんて便利なんだ。
だが、僕の予想に反して、美緒は身じろぎもせずぼっとしている。どうしたんだ、と思っていると一瞬、眼前の空間がぐにゃっと歪んだ気がした。
「へぇ、そうなんだ」
そして予想外にも、美緒は納得したようだった。厭味や悪意があって言っているようではなく、本当に納得している。少なくとも僕にはそう思われた。
「はじめまして。私、俊助の幼馴染の楠木美緒です。あなたは?」
「カノン=プリミティブ=ファウ……です」
カノンは、今ひとつ状況を飲み込めていないのか、ちょっとおどおどしていた。
「カノンちゃんって言うんだ。どこの国の人?やっぱりアメリカ?」
「そうそう。アメリカだよ。確かに、ニューヨークだったと思うよ」
そう言ったのは僕だ。こうなったら、この嘘に乗っかっていくしかない。
「へぇ、ニューヨークか。私も行ってみたいなぁ」
「な、これで分かっただろ。それよりも腹が減ったぞ。カレー食おうぜ、カレー。カノンにも美緒のカレーを食わしてやりたいんだ。美緒のカレーって超美味いんだぜ」
「私のカレーを美味しいって思ってくれるんだ……。そっかそっか」
嬉しそうになる美緒。よし、おだてていけば、このまま押し切れるぞ。
「じゃあ、カレー食べましょう、カレー」
もはやカノンの存在を受け入れてしまった美緒が足取り軽く、一足速く部屋を出て行った。
ふぅ、と安堵する僕の隣で、カノンが不安そうな、それでいてちょっと怒っているような表情で袖を引っ張ってきた。
「どういう嘘よ。私、この世界のこと全然知らないんだけど」
「分かっている。お前は日本語を喋られないふりをして、適当に相槌でも打っておけ」
と言いながら、ふと疑問に思った。僕は、さっきからカノンとは普通に日本語で会話している。ならば、カノンが喋っているのは日本語なのだろうか。
「カノン。お前、何語を喋っているんだ?」
「何語?聖ホロメティア王国公用語よ。それ以外に言語なんて喋れないわよ」
なんだよそれ、と思ったが、よくよく考えてみると、僕は日本語で文章を書いている。それが『創界の言霊』とやらで実体化したとすれば、喋っている言語も僕が書いている日本語ということになるのだろう。但し、カノンの世界ではそれを日本語ではなく『聖ホロメティア王国公用語』と称しているだけなのだ。ただ、カノンの世界にない物については、その名称自体も存在していないらしい。まぁ、どうあれコミュニケーションに困ることはなさそうだ。
「さぁ、行くぞ。いいか?くれぐれもよけいなことするなよ」
「分かっているわよ」
カノンは、不機嫌そうに立ち上がった。
その日のカレーは、今まで食べてきた美緒の料理の中で一番味気なく感じられた。いや、味自体はおそらく何も変わっていないはずだ。単に僕が緊張していて、じっくりと味わうだけの余裕がなかっただけなのだ。
いつ美緒が掌を返し、カノンのことを問い詰めてくるか。
そのことばかりが気になっていたが、それは僕の杞憂であった。美緒は終始ご機嫌で、結局カノンのことを深く追求することなく帰っていった。
「何だよ、全く」
玄関で美緒を見送った僕は、やや拍子抜けしてしまった。緊張する僕の横でカレーを貪り食っていたカノンのことが今になって腹立たしくなってきた。しかも、洗物も手伝わず、たまたまつけたテレビを食い入るように見ている。
「おい!カノン。居候するんだから、洗物ぐらいしろよ」
文句を言いながら、カノンがいるリビングに戻ると、そこには。
「駄目じゃないですか!シュンスケ君」
何故かイルシーがいた。しかも、スリットが大きく入ったチャイナドレスを着ていて、やや赤ら顔。無視だ。無視無視。キッチンにはまだ洗物が残っているのだ。
「勝手な妄想をしないでくださいよ。また変な風に世界が歪んだじゃないですか」
ああ、この洗剤良く落ちるな。通販で宣伝していたときは眉唾ものだったけど、使ってみると本当に汚れが残らずぴかぴかになっている。
「ちょっと聞いているんですか?折角、鍋パーティー、じゃなかった、研修を抜けてわざわざやってきたのに」
「研修と言うの名の飲み会だったのかよ!」
思わず突っ込んでしまった。してやったりとばかりにイルシーがニヤッと笑った。
「で、どういうことなんだ?勝手な妄想って、人を陰湿なストーカーみたいに言わないでくれ」
僕は洗物を続けながら、イルシーに構ってやることにした。カノンは、この状況をなんとも思っていないようで、相変わらずテレビにご執心であった。
「カノンちゃんのことをお父さんの知り合いのお嬢さんとか何とか言って誤魔化したでしょう?おかげでまた世界が乱れました」
「どういうことだ?」
「この世界では本当にカノンちゃんは、シュンスケ君のお父さんの知り合いのお嬢さんということになってしまったんです」
美緒がやたらと素直に信じたのは、そのせいだったのか。
「一瞬、視界が歪んで見えたのは、世界が変わったってことか?」
「そうです。シュンスケ君は、力が強い割にはまだコントロールができていないんですから、言動には気をつけてくださいね」
「ちょっと待て。僕はあの時、モキボなんて使っていないぞ!」
「モキボはあくまでも補助なんです。シュンスケ君、誤魔化した時、必死だったでしょう?そういう時は、モキボがなくてもそうなっちゃうんですよ」
「じゃあ、何?ケロベロスと戦っていた時は、必死じゃなかったの?」
突如、会話に参加してきたカノン。しっかり聞いてやがったのか。
「当たり前だ。突然、想像したことがそのとおりになりますって言われても信じないだろ?普通」
それに魔法使いが魔法を使えないなんて思わないだろ、と付け足したかったがやめた。また暴力を振るわれるだけだ。
「兎に角、気をつけてくださいね。お姉さんは、これから研修に戻りますから」
「研修って鍋パーティーだろ!」
「バイバ~イ」
手を振りながら、ぱっと消えたイルシー。くそっ、あいつなんかムカつく。
「あいつ、なんかムカつくわね」
不思議とカノンと意見があった。
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