チェンジングマイライフ(悪い方向に)
説明してくれるよね?
ちょっと前まではあり得ないことだと思っていた。
だってそうだろ?男子高校生の一人暮らし自体が希少価値というか現実にあり得ない状況なのに、そこへ美少女が二人もやってくるなんて、もう完全にアニメかゲームの設定である。しかも、僕は典型的なオタクだ。美少女じゃなくても、クラスメイトの女の子が家に来るなんて、宇宙が消滅しても起こりえないことだった。
しかし、そのあり得ないことが起こってしまった。
今、僕の部屋には二人の美少女がいる。
一人は腰にパレオのようなものがついた、ぴっちり感のある赤いレオタードっぽいものを身に纏っている。そんな可愛らしい衣装とは裏腹に目つき鋭く、僕を睥睨している。僕が小説の中で作り上げたヒロイン、カノンである。
もう一人は、今時珍しい紺のセーラー服を着た美少女。ニコニコと微笑しているが、猫耳に大きな眼鏡。しかも、ヴォイスはしっとりとした永遠の十七歳。あざといほどの設定だ。
そんな美少女二人が僕の部屋で、僕がいつも寝ているベッドに座っている。ドキドキなラッキースケベイベントを期待してもよさそうな状況だが、場の空気は果てしなく重い。
原因はカノンだ。奴は、コンビニの前でたむろしているヤンキーのように僕とセーラー服にメンチを切っている。そして僕も、カノンとセーラー服に決して好意的ではない視線を送り続けている。ドッキドキなシチュエーションとはほど遠い、一触即発の冷戦状態にあるのだ。
「それで、説明してくれるんだろうな?もう夢オチじゃすまないレベルだぞ」
普段温厚な僕は、努めて冷静に言った。セーラー服はニコニコとしている。
「で?説明してくれるんでしょう?なんで私の魔法は使えないの?なんてこいつが変なボタンを押したら使えるようになったの?なんでこんな奴と結びつきが強いの?」
なんでなんでなんで、ってこいつは小学生か。
「先に質問したのは僕だ。黙ってろ体型幼稚園児」
「ようちえんじ……?意味分かんないけど、馬鹿にされた気分ね」
カノンが拳を構えたので、僕は一歩飛び退く。こいつの打撃技は本当に洒落にならない。
「まぁまぁ、落ち着いてください。喧嘩はよくないですよ」
原因を作っているのはお前だろ、と言いたげな視線を送るカノン。この一点においては、僕もカノンと同意見だ。
「じゃあ、さっさと説明なさいよ」
「分かりました。そうですね、どこからご説明しましょうか……」
あ、お茶いただきますね、と手を伸ばして湯飲みを手にするセーラー服。カノンは、何も言わずさっきからずずっと飲んでいた。
「まずは私の素性を明らかにしないと駄目ですね。私の名前はイルシー。那由多会のメンバーです」
間違いない、こいつ電波だ。その事実は僕を一層暗くさせた。名前はともかくとして、那由多会って何だよ。明らかに怪しげな秘密結社の名前じゃないか。
「ナユタカイ?何よそれ?」
カノンは、当然な質問をした。
「それはですね……。この世界、という表現が適切かどうか分かりませんが、この世界にはいくつもの世界が存在します。私達はそれを『那由多の世界群』と呼んでいます」
まるで理解できない答えであった。それはカノンも同様らしく、難しい顔をしていた。
「もっと分かりやすく言えば、シュンスケ君のいる世界の人間があれこれ想像や妄想をした世界が、こことは別の世界として存在している。そういうことです」
突込みどころ満載だが、これなら理解できる。納得はしないがな。
「何よ!じゃあ、私は、こいつが勝手に書いた物語の世界の人間だと言うの!」
「それはちょっと違うんですよ、カノンちゃん。確かに始まりはシュンスケ君だったかもしれませんが、世界が誕生した以上、その世界は、ちゃんとひとつの世界として別個に機能し始めるんです」
「僕が考えた世界であっても、その世界は僕の小説と関係なく、一個の世界として独立しているということか。要するに生みの親が僕であっても、カノンの世界は、僕の管理から離れて勝手に育っていっているということだな」
「まぁ、そういうことです。流石シュンスケ君、理解が早いですね」
褒められても、ちっとも嬉しくなかった。
「つまり、カノンちゃんの世界は、シュンスケ君が書いた小説から生まれたんですが、基本的には別物なんです」
「……。よく分かんないけど、こいつと関わりがないのなら、それでいいわ」
などと言って、カノンは美味しそうにお茶を飲む。もう三杯目だぞ。
「ところが、そう単純でもないんです。たまにですが、作者の思念、まぁ妄想と言ってもいいかもしれませんね。それが強い場合、相互に干渉をもたらすことがあるんです。そういう人物の能力―妄想力を『創界の言霊』と呼んでいます」
「まさか、僕には『創界の言霊』があるってことか?」
「そうです。シュンスケ君は、かなり力強い『創界の言霊』の使い手です。ただ、まだ力を完全に制御できていないんで、カノンちゃんの世界が安定しないんですね。だから、カノンちゃんがシュンスケ君の設定と微妙に違っていたり、こうやってカノンちゃんの世界がこちらに出現したりするんです」
「じゃあ、私が魔法を使えないのはこいつのせいなの!」
きっと睨むカノン。今にも襲い掛かってきそうな雰囲気だ。
「そういうことになりますね。でも、カノンちゃんが魔法を使えるようになるのも、シュンスケ君の力によります。それはさっきの戦いで分かっているでしょう?」
ぐぬぬぬ、と突き出そうとした拳を引っ込めるカノン。殴るつもりだったのか。
「私達『那由多会』は、そういった世界の干渉を是正し、那由多の世界群を正常な状態に戻そうとする慈善団体なんです」
一通り説明したと言わんばかりに、言葉を切ってお茶を啜るイルシー。
僕は概ね理解した。普通に訊けば発言者の精神状態を疑うような話だが、実際にカノンを見ており、ケロベロスも見ている。イルシーの話を信じるより他あるまい。だとすれば、問題は別にある。
「おい、イルシーとやら」
「駄目ですよ、シュンスケ君。私のことは、イルシーお姉さんと呼んでください」
「突然なんだ!何がお姉さんだよ。それよりも僕の話を聞け!」
つん、とそっぽを向くイルシー。どうしてもお姉さんと呼ばしたいつもりらしい。
「イルシーお姉さん……」
「小さくて聞こえませ~ん」
くそっ。こいつ、小学校の先生か。
「イルシーお姉さん!」
「はい。何ですか?シュンスケ君」
なんて恥ずかしいことを言わすんだ。カノンが必死に笑いを堪えている。く、屈辱だ。
「どうやったら、この不愉快な存在が消えるんだ。それを教えてくれ!」
僕は、カノンを指差す。堪えきれず大爆笑していたカノンの表情が素に戻った。
「それはこっちの台詞よ!どうすれば、この助平将軍とおさらばできるわけ?こいつの作った世界と私の世界が別物なら、とっととさよならできるでしょう?」
「う~ん。それはですね。結論からいれば、分かりません」
僕はずっこけそうになった。散々、説明しておきながら、肝心なところが分からないだと。
「『創界の言霊』の強い人間が、二つの世界を結びつける事例は過去にもありました。でも、その原因が何なのかはっきりとは判明していないんです。単に『創界の言霊』が強いだけでは世界は乱れないんです」
だから私達が調査しているんです、と胸を張るイルシー。相当豊かな胸がぽよんと揺れた。
すかさず何か言うとしたカノン。しかし、イルシーはそれを制した。
「この件は、私の方で引き続き調査していきます。お二人には、今後も協力して歪んだ二つの世界を是正して欲しいんです。具体的には今日みたいにカノンちゃんの世界の魔物をばんばんやっつけてください」
「はぁ?冗談じゃないわよ!いやよ、こんな奴と協力するなんて!」
「でもでも。カノンちゃんはシュンスケ君がいないと魔法が使えないんですよ?」
ぐうっと悔しそうに顔を歪ませるカノン。そんなに僕のことが嫌ないのか。創造主にせめてもの敬意を払え。
「世界の乱れを放置しておくと、さらに乱れが大きく拡散していきます。これはとても危険なことなんです。下手すれば、永遠に戻れなくなってしまいますよ。それでもいいんですか?」
「よ、よくないわよ!」
「じゃあ、協力してくださいね」
「……」
もはやカノンは反論できなかった。歯を食いしばりながら、恨めしげに僕を見た。
「それでは、お姉さんはこれから那由多会の研修がありますので、ここいら失敬します。頑張ってね、二人とも。ちゃお!」
「お、おい!」
呼び止める間もなく、イルシーがぱっと消えた。カノンも消えてくれていれば文句はなかったが、残念ながら膨れっ面のカノンは、まだ僕のベッドの上に座っていた。
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