第293話「享受した未来」
深く一礼した遼は目を伏せ、唇を震わせている。彼の肩を揺さぶった奎介はとてつもない剣幕で鋭く睨みつけた。
「すぐに帰れ……!」
「まあまあ、けいちん落ち着いてー。えーっと? 遼ちんだっけか、とりあえず座って座って」
パッとしたマチネの表情に二人は戸惑い、しかし大人しく椅子に腰かけた。寝そべったままの彼女はひと息つくと、あくびを噛み殺した。
「遼ちんは何しに来たのー?」
「マチネさんが目を覚まされたとお聞きしたので、謝罪へ。大変申し訳ありませんでした」
正面へ向き直り、遼は再び頭を下げる。
「僕は悪しき者達と同じです。自身の欲に駆られ、このようにお二人を苦しめました。赦してほしいとは言えません……ただ、僕に何か出来ることがあれば」
「帰れ。それだけだ」
「あははっ、けいちんはせっかちだよねー」
「のんきに笑うことじゃないんだぞ。お前の十年はこいつに奪われた……!」
うんと小さく頷いたマチネに遼はうなだれた。それは断罪を待つ死刑囚のような静けさをまとい、ただ押し黙っている。険悪な空気の中で微睡んだマチネはくすくすと笑った。
「でもね、ウチは怒ってないよー。だって争いは誰かの正義同士のぶつかり合いだから。君も家を護りたいっていう自分なりの正義があったんでしょ?」
「しかし……そのために、あなたを」
「それが戦争! 仕方ないんだよ、そういう時代だったんだ」
窓の外では植物達が盛んに花を咲かせ、こちらを覗き込んでいた。話を盗み聞くような花達を眺め愛でながら、マチネは言葉を続ける。
「こうして、十年眠ってからこの世を見たら感じるよ。傷つけ合わなくちゃ何かを守れなかった時代はもう終わったんだってさ」
「そう思いますか」
「うーん、なんか妖怪と人間の距離が近くなった感じしない? それに人外への風当たりも少しずつ弱くなってきたみたいだし」
病院前の広い野原を見てみれば、様々な能力を持つ人々がいるのが分かる。自身の力を芸として昇華した者や手助けに使う者、仕事に活かす者など用途は広い。
「謝らなくて大丈夫だよ、遼ちん。今はここにある幸せをいっぱい貰っちゃおう。ハルちん達のくれた明るい未来をさ」
「……すみません」
「んもう、ウチは知ってるよ。十年間の入院費とか治療費とか、全部出してくれたこと。それで終わりでいいじゃん? ねっ」
うつむいた遼の目からぽろ、と涙が落ちる。未だね苦い表情を浮かべる奎介に笑いかけて、マチネは眠りへ落ちていった。
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