第292話「メモリ」

「マチネ。話があるんだろう、早くしろ」

 眉を下げたひかりへ助け舟を出すように奎介がマチネを急かした。慌ててそれに乗った彼女は小さく舌を出す。

「えへへ、後遺症でねー」

「はい。五時間ほどしか起きられないとお聞きしましたよ、眠くありませんか?」

「まだ平気。えっと、話っていうのはウチの頭に入ってたメモリのことなんだけど。あれどうしたの?」

 マチネの脳内に埋め込まれていた小型メモリは取り出され、おとめの手から晴明へと渡り解析されていた。その膨大な特異点のデータには天明家や社地家の管轄外のものまで記録されており、神職達を驚かせたのだ。

「コピーさせていただいたデータをもとに、兄が特異点の管理をしています」

「そっか。大事に使ってくれてるんだね」

「はい」

 安心した様子でベッドに横たわると、マチネは頭にそっと手を触れた。

「あのメモリはセンセーがウチに残してくれた宝物だもん。あれのせいで皆が苦しんだりしたら嫌だしねー」

「特異点は一般の皆さんには毒にも薬にもなるようなものですからね」

 特異点は子供などが長く留まり続けると人外化し様々な能力が芽生える。その能力が扱いきれるかどうかは全く予想がつかず、これまでも暴走する者は多かった。そのためにより強い地点は神職達が封じてきたのだ。

「その中でも作用が弱く、人に好影響を与えるものは安倍家の皆さんに管理していただいてます。今はそこに温泉や病院が建てられてますよ」

 その言葉に奎介は顔をしかめる。遼が犯した間違いを思い出しているのだろう。彼が拳を握ると袖の擦れる音がした。マチネは当時の記憶が不鮮明で、まだ事情を事情を知らないのだ。一人きょとんとするマチネの隣で奎介とひかりは顔を見合わせた。

「うーん……。眠くなってきちゃったなー」

「じゃあ、私はそろそろお暇しますね。お大事になさってください」

「マチネさん」

 顔を出した看護師が後ろを気にしながら入ってきた。入れ違いにカーテンの横を通り抜けたひかりは目を丸くする。

「面会したいという方がいらしてますが、どうなさいますか?」

「うん? 誰だろー、まあいっか。いいですよー」

 グレーの正装に身を包んだ彼が病室へ足を踏み入れる。緊張した面持ちで歩みを進めていく後ろ姿をひかりは見送った。

「なッ……!」

 奎介が身構える。

「日暮奎介さん、神田ヶ峰マチネさん。お久しぶりです」

「えーっと、誰だっけ?」

「安倍遼と申します」

 ひかりはそっとその場を立ち去った。

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