第294話「日陰の光」

 病院を出ると澄みきった春空がひかりを見下ろしている。暖かな陽射しに小さくあくびをして、建物の陰へと回り込んだ。きょろきょろと辺りを見渡したひかりを柔らかな声が呼び止める。

「こちらですえ、ひかりちゃん」

 おとめが黒の着物を翻して手を振っていた。駆け寄っていったひかりは波打つ地面を覗き込む。

「晴明さんも一緒じゃないんですね」

「兄はんは息子が水晶玉を置いていったっちゅうことで、送り届けに行ってはります」

「水晶玉?」

 おとめは少し笑って、魂を受け止める依代の一種なのだと答えた。ハルから引き剥がした誠の魂を込めているのだという。これまで魂と水晶玉が馴染まず不安定だったものが、マチネの回復を聞くと同時に落ち着いたのだった。

「せんせもやっぱし愛し子と一緒の方がええやろうし。急に落ち着きはったんも、希望が生まれたからとちゃうんかなあ」

「再会出来てよかったです」

「そやね。さて、兄はんはついでに出かける言うてたから、あてらだけで行きましょか」

 二人で水面に足を入れ、妖道に入っていく。祠などと通じる深い道は完全に閉ざされており、今では千愛が作った現世近くの道だけとなってしまっていた。その中を歩きつつ、ひかりはふと問いかけた。

「社地家の皆さんは今、どうしてますか?」

「いつもと変わらずスサノオ様のお手伝いしとります。子供達も元気さかい、飽きも来まへんよ」

 晴れやかな笑顔にひかりも自然と身体の力が抜ける。キラキラとした瞳は乙女のような恥じらいが見えた。

「ほんまスサノオ様には感謝しきれへんわ。あては社地家に嫁げて幸せもんやと感じてますえ」

「ふふ、嬉しそうですね」

「顔に出てしもうてます? 嫌やわあ、恥ずかし恥ずかし」

 袖で顔を隠すおとめにくすりと笑った時、周囲の景色が変わって松の青々とした枝葉が視界に飛び込んだ。平屋の縁側に腰かけていた人影はひかり達を見つけ、穏やかに目を細める。

「おかえり、おとめ」

 そこには社地──ひなたの姿があった。子供達のきゃあきゃあとはしゃぐ声が響いてくる中、ひなたはおもむろに立ち上がる。

義兄あに上様と遼さんはどうしたんだい?」

「親子で出かけるようやったさかい、後であられちゃんが迎えに行くって言うてたわ」

「そう。忙しそうだね」

 ひなたの身体はうっすらと霞かがったようにひかりの目へ映った。その視線を察したのか、彼はこちらへと手招きした。

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