第276話「君から」
精神を極限まで研ぎ澄ませ、奎介は隙を窺う。先ほどまで大きな岩だった大地は鉄が集まり、強固なものへと変わっていった。遼はそれを苦々しい表情で見つめている。
「やっぱり異常に昂った人外は侮れませんね。早々にメモリを回収しなければ──」
「うおォッ!」
まるで大地を波のように操り、ものすごい勢いで茨木の横をすり抜けてきた。金棒が背中ギリギリを横切っていき、遅れて風が吹きつける。お札を縄のように張ったが、容易く引きちぎられてしまった。
「なッ……!?」
「神職や陰陽師の使う札はあくまで術を引き出す媒介。物理攻撃には弱いはずだッ」
「その代わり、あなたの手はズタズタに裂けたはずです。これが刃として作ったものと知りながら、なお手を伸ばした勇気は賞賛しましょう!」
「他人を踏みにじる御託は聞き飽きた」
奎介の拳が頬へ迫る。間一髪のところで避けた遼は歯ぎしりをした。
「安倍家を、廃れさせるわけにはいかないんです! そこを通してください、次代の安倍晴明を侮ってもらっては困ります……!」
「道は自分で拓け」
「思ったより芯が強い方ですね。つい数ヶ月前まで、精神病院で失意に沈んでいたはずなのに」
奎介は深く息を吸い込んだ。そしてはっきりとした両目で遼を見据え、口を開く。
「日々を嘆き暮らしたところで、教授や仲間達へ償いは出来ない。法律が自分を裁かなかった以上──自身の手で探すしかないんだ」
そのための道をともに探そうとしてくれたのはマチネだ。いつも奎介の手を取り、どこへでも引っ張ってくれた彼女が。
護るべき君から。
「マチネから、教えてもらったことだ」
幾重にも張られたお札を素手で引きちぎっていく。痛みが皮膚に食い込み、血が流れた。それでもずんずんと前に進んでいき、後ずさる遼を岩が取り囲む。
「お前も自分の道は自分で探すことだ。マチネを使うことは許さない」
「僕は……僕、は……!」
岩が手足を押さえ込み、遼は観念したように身体の力を抜く。うなだれた彼の姿をぼんやりと見下ろしていた奎介の耳に叫び声がつんざいた。
「奎介様ッ!」
背後に響く鈍い殴打音。肉が潰れるような嫌な音がして、視界をカラス色の着物が横切った。
「──社地、さ」
金棒がぬらりと光る。ガラガラと崩れた瓦礫の隙間に、喉元を真っ赤に染めている社地の姿があった。
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