第275話「幕開け」

 一人の少女が自動車に轢かれ、最寄りであった天明大学の附属病院へ運び込まれた。オープンキャンパスでその日、大学へ訪れていた奎介はサイレンのけたたましい音に顔をしかめる。

「なんだ」

「彼女達は悪意によって、よく事故に遭うんだよ。君も気をつけたまえ」

 気配なく隣へ立っていた誠に奎介は肩を震わせる。初めましてと朗らかに告げて、彼は手招きをした。

「君、人外だね?」

「──どうして」

「ここ十年ほど、僕は妖怪研究をしていてね。昔取った杵柄というべきか、妖怪や人外から発せられる特殊な波長を読み取る機械を作っているんだ」

 その手には箱型の小さな機械が握られている。どこか惹かれる口調に、奎介は誠の研究室までついていってしまった。ごちゃごちゃとした部屋の中には数式を書き殴った紙が散らばっている。

「君はどんな力を持っているのかね」

「岩を、操ります」

「なるほど。自身ではなく他の物質に干渉する部類か、興味深いね。あまり妖怪には見られない能力だ、人外共通の性質ともいえる」

「あの。教授は」

 人外であることは決して口外出来なかった。しかし誠は当たり前のようにそれを受け入れてくれる。

「奎介君。僕はね、どの種族も仲良く出来ればと思っているんだ。この研究がその足がかりとなるよう願っている」

「それが、妖怪研究」

「皆、知らないものを恐がるのだよ。ならば知らせてやればいいんだ。そうすれば妖怪や人外も恐怖の対象ではなくなる」

 この時はそれだけ言葉を交わし、連絡先を教え合って分かれた。そして数日後に呼び出され、出会ったのが彼女だった。

「この子は神田ヶ峰マチネ。僕の娘だ」

「自分は、日暮奎介です」

 返事などはなく、ただ天井の一点を見つめ続けている。そのぼうっとしていた瞳が不意に光を帯びて、奎介を見た。その輝きは自然と彼の胸の奥へと刻まれていく。

「奎介」

 はっきりと、こだました。その時奎介は山の頂から太陽が姿を現し、夜を照らしていくのを感じたのだ。その声には暖かな昼の陽射しがあった。

「護ってやってくれないか」

 誠の言葉に決意が固まる。この大学へ入ることが出来れば、自分を隠していかなくても良いのだ。ずっと日暮れ時のように薄暗かった心が明るくなっていく。

「はい。自分が、必ず」

 頷いた奎介に誠は微笑む。この日からマチネと奎介の第二の人生は公演を始めたのだ。

 彼らは二人で一つだった。

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