第268話「娘の願い事」
急に晴れ渡った空は少しずつ暗くなっていき、夕陽は地平線へ落ちていく。ぐっと冷え込んだ空気に皆が身震いし、本当の闇が迫ってくるのを感じた。死屍子の黒霧は崩壊した街の周囲に渦巻いている。
「どうしたんだろ、ハル」
「大方、天明の子との話し合いがまとまったのであろ。われらはただ傍観するのみじゃ」
「ここまで来て放置プレイなんデース? リリィのコト無視するナンテ酷い!」
「あなた達の心臓には毛が生えてるのね」
玉菜前が呆れた様子でため息をつく。瓦礫の間から葉を広げた大樹の枝に軽やかに登って、千愛が目を細めた。その表情が険しくなる。
「ちと、きな臭いのう」
「千愛様。どうかなさいましたか」
「社地のが茨木に立ち向かっておるのじゃがのう、あやつらはどう出たものか。いまいち動きが読めん連中じゃ」
「独り言みたいに喋んないでよ、動けないぼくらにも分かるように──いてッ!」
ぽかりと頭を叩かれて翠が悲鳴をあげる。拳を下ろした玉菜前は知らんふりしてリリィの怪我を確認し始めた。一気にドタバタとし出した根元側をちらと見やって、千愛はあくびをする。
「どれ、一つ様子でも見にゆこうかのう。愛しき玉菜前や、そやつらのことは頼んだぞ」
「茨木がいるのならともに!」
『いやいや、その前に行かせへんよ姫様』
からッとした笑い声が響き、突然空中へあられが飛び出してきた。綺麗に一回転して着地した彼女に皆の視線が集中する。
「やだわぁちょっと、人気者やないの。うちは照れ屋さんやからあんま見んといてや」
「ソウ言う割に派手に登場してマシタ! もっとこっそり出られないんデスか?」
「んもう、ボケ殺しやな」
リリィの言葉に苦笑いして、あられは舌を出す。千愛がやや眉をひそめた。
「お前さんは一体、何をしに参ったのじゃ。お前さんの立場は決してわれら側ではなかろうて」
「そりゃ式神は主君に逆らえんからね、上位の妖怪はともかく。うちは言われた通りにしてるだけやから、お説教は堪忍な?」
「愛娘に免じて話は聞こうかの」
「ほんま!? おおきにな、お母はん」
表情を明るくしたあられは両手を顔の前で合わせる。そうして飛び出した言葉が辺りに響き渡った。
「うちの主君、遼はんのやることに手ェ出さんといて」
「それは暗に「茨木をのさばらせておけ」と告げておるのかえ。あられや、お前さんの仕える者を悪く言いたくはないが」
「分かっとるよ。遼はんにあいつを止める力はない。でも、お願いや」
真っ直ぐな視線が交差した。
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