第260話「同じだから」

 翠が近寄った途端にツタが左右に避け、丸くリリィの姿を見せた。中を覗き込んだ翠は声をかける。

「リリィ、大丈夫? ……ジャスっ!?」

 腹を押さえて気を失っているのを見て上ずった悲鳴が飛び出し、慌てて両手で覆った。未だ背後から突き刺さる人間達の恨めしげな視線を投げ打ち、ジャスへ手を伸ばした。

「触らナイデッ」

「ゔぁ……!」

 心臓を握り潰されるかというほどの激痛にその場へ倒れ、翠は胸を押さえる。空気を求めて喘ぐが肺が動かなくなってきて、かすれた音が喉から漏れた。

「り、リィ。ね……聞い、て」

「No! ジャスには触れさせナイ、絶対ニ!」

「ば、かぁ……!」

 翠が見えていないのだ。固く閉ざされた両目が髪の隙間から覗いている。声も届かない様子のリリィは弟の身体をさらに抱き寄せ、不協和音を吐き出した。精神に直接触れてくる痛みに翠は背中を丸めてうずくまる。

「ぼく……だよ、ねェ……ってば」

「うるさいッ!」

「リリィ……。ぼくは、ね」

 小さな身体を包むようにツタが絡みつき、リリィの方へと動かしていく。近づくほどに増す息苦しさに今にも気を失ってしまいそうだった。

「ぼくも、同じだから。お前ら、姉弟と……妖怪と、一緒だよ……! 人間に傷つけられて、生きて……きた」

 手を伸ばした先にリリィの頬が触れ、濡れているのが分かった。同時に肺が目まぐるしく動き出して身体に空気が流れ込む。咳とともに赤く飛沫が散って喉の奥がじっとりと痛んだ。

「ん……はァ……ッ」

「──ミドリ」

「怯えない、でよ。ぼくがお前の味方だよ」

 リリィの唇が震え、見開かれた瞳に涙が滲む。翠はそっとリリィの頭を撫でた。草花の天蓋に小さく白百合が花開き、微かな香りを漂わせている。泣き崩れた彼女を見つめて、翠は自身の生まれ育った街のことを思い出していた。

「あーあ。……人間なんて」

 武器を携えた者達がこちらへとにじり寄ってくる。その顔には憎悪の色がくっきり浮かび上がっていた。翠にとっては何を言われる筋合いもないような、ただ力を持っているというだけのこと。それを彼らは憎んでいる。

 翠やリリィ達が人間に対して何かしたわけでもないのに。

「それ以上近づいたら許さないからな」

「んだとクソガキ!」

「あーもう、無理。やってらんないよ」

 嫌な思い出ばかりが蘇っていた。

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