第259話「痛み」

 リリィが叫ぶ度に脳を潰すような痛みが走り、男達は呻きその場に倒れた。彼女の感情が流れ込んできて気絶する者も現れる始末だ。ギィンと金属を擦り合わせた鋭い音に辛抱を貫かれる。

「ぎッ、ガ……!」

「苦し……い、ゔあ……ッ」

 肌に血管の筋が浮かび上がり、口端から泡が噴き出した。首元を掻きむしった爪が真っ赤に染まっていく。やがて動かなくなった者も多くなり、一帯に皆倒れた。離れていた人間達が目を色を変える。

「妖怪は殺さなくては」

「誰かあいつをどうにかしろよ!」

 しかし誰も近づこうとしなかった。互いに武器を押しつけ合い、足踏みしている。亡骸の輪の内側へと入った途端、彼らと同じ運命を辿るのは誰の目にも明らかだった。

「くッそがァ!」

 誰かの投げた石がリリィのひたいをかすめた。一筋の血が垂れる。

「やれ、やれッ!」

「遠くからなら殺せるぞ、適当でいい! とにかく撃て!」

 石が次々と飛んできてリリィはジャスに覆い被さった。瓦礫を手当たり次第に投げつけ、決して害の及ばない場所から罵声を浴びせる。彼女の長い髪の隙間から、ジャスの顔に落ちる雫が見えた。

「何やってんだああああっ!」

「うわッ!?」

 けたたましい叫び声とともに地中で何かが這い、地面が割れていく。バランスを崩した人間の足に絡みついたのは頑丈な木の根だった。瞬く間にリリィとジャスの姿はツタの中に隠れ、辺り一帯を緑が覆い尽くす。

「弱いものイジメして、自分が強いって、本当にそう思ってんの? だとしたら馬鹿だよ皆。全人類救いようのない間抜けばっか!」

 深く根を張り枝葉を伸ばした松の木に翠が腰かけていた。その目には呆れた色が映り、彼らを冷たく見下ろしている。

「人外か、クソガキが」

「はあ、ホント最悪。ハル達に会って忘れかけてたのに思い出しちゃったじゃん。そういえばあいつらの周りって、やけに人外にも親しげだったしなぁ」

「ふざけんなよ、妖怪なんかの味方しやがって! テメェも殺されてえのか」

 勇んだ男へ翠がスッと指先を動かす。途端に足元から伸びた根が男の全身を地面へと縛りつけた。

「ぼくは少なくとも人間の味方はしない」

 能力に目覚めた時から、一つ決めていることがある。

「二度と、お前らを信じない。あんな思いはもうたくさん……だから、ぼくはあの街を出たんだ」

 翠は軽やかな動きで木から降り、リリィの方へと駆けていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る