ヒトニアラズ
第261話こども⑴
八年前の晩秋の頃、奇妙な出来事が起きた。病院から同心円状に草花が芽吹き、葉を落とした木々が再び青々と生い茂ったのである。その時、生まれたのが翠だった。産声に応えて息を吹き返した植物達は冬の訪れとともに枯れ、その事件も忘れられた。
「翠、絶対にその力を外で使うんじゃない。言うことを聞きなさい、いいね?」
父はそう言い残し、いつになく議員の仕事へ励むようになっていった。次第に家にも帰らなくなり、母の表情は沈んでいく。庭で草木にあやされている翠をいつも疎ましげに眺めていた。
「ママ、見て!」
「やめなさいって言ってるでしょッ」
テレビで見かけた結婚式場のアーチをバラで真似て作った日、母が突然怒鳴った。素手で真っ赤な花びらを掴み取り、棘だらけの枝を引きちぎる。その時の形相が今でも翠の中に染みついていた。
「あなたが悪いのよ、あなたが……人外だから」
血の滴る華奢な手がまだ幼い翠を強く地面へと引き倒す。バラが声なく泣いているのが聞こえた。
その瞬間、自分は人間ではなく植物なのだと思った。まるで母の言っていることが分からなかったのだ。自分はただ普通に暮らしている、それが周りから見ておかしいのはきっと、種類そのものが違うせいなのだ。
「ぼくは植物なんだよ」
翠の自室には草木が芽生え始めた。隙間の至るところから顔を出したそれらはあっという間にドアノブを絡め取り、ガラスを破る。家の一部だけ異様な雰囲気になった。外からいくら扉を動かそうとしても、ビクともしないのだ。翠は一日中そこへこもってしばらく暮らした。
その生活が変わったのは小学校へ上がった時。クラスメートの少年が訪ねてきたことだった。
「先生がビョーキだって言ってたけど、おまえ大丈夫か?」
彼もまた、人外だという。しかし能力は隠し普通の人間として学校へ通っていた。放課後にはいつも、木の枝を伝って翠の部屋へやってくる。親族以外との交流が少し楽しみだった。
「学校に来ればもっと会えんのに。もっとおまえと話してえよ」
「じゃあ、行ってみようかなぁ」
彼の喜びようと言ったら、これ以上のものはなかった。はにかむ彼に連れられて、翠は初夏の通学路を初めて歩く。建物にまみれた街は嫌いでも、彼が楽しげならそれだけで満たされている気がした。
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