第255話「おしまい」
その時からずっと長い時間を過ごしている間、メイク魔法はジャスにとって幸福のしるしだった。母との繋がりを一層身近に感じられた。
それが壊れてしまって。家族はバラバラになり、リリィを見る母の表情が憎しみに満ちているのが分かった。淫魔として破滅した父とともに、フランネツィカ家も砕け散ったのだ。
「もう、力を使わないで」
弱々しく言葉を漏らすリリィの薄くなった唇にスプーンを添える。精神世界を乱されたリリィは何もしなくなり、見る間に骨と皮だけになった。それが幼い頃見たリリィの母とそっくりで、痛ましくて、ジャスは震える声をどうにか押さえて答えた。
「分かったよ」
それを言って初めて、姉は安堵したように冷めきったスプーンをスッと吸う。その日から淫魔の力だけでなく魔法さえ、リリィの前で使うのが恐ろしくなった。使ってしまったらもうこのスープを口にはしてくれない気がした。
「Hey! 久しぶりデスね、ジャス!」
長い時間を越えて、彼女はビロードの髪を桃色に染めて現れた。壊れた精神世界を封じ込めて自分を上塗りした満面の笑みでハグをした時、自分のした一番の過ちに気づいた。──人売りに騙されこの国へ来た日、姉を捨てたこと。まだ正気に戻す方法があったかもしれないのに。
「忘れものデース、おっちょこちょいデスねジャスは」
「こ、れは」
埃の臭いが染みついたメイクボックスを渡された瞬間、心のどこかでは母との繋がりを得て喜んだ。同時に自分の卑しさに失望もした。
「コレは淫魔の力じゃないカラ、使っていいんダヨ。マムのことは忘れないであげて」
「……はい。ありがとう、ございマス」
それでも初めは戸惑って躊躇したが、今回の流れに身を投じているうちにそれもかき消される。しかし、ひかりの精神世界へ干渉した時の何とも言えない心地悪さと不安感は二度と忘れないだろう。
──だからこそ、今ここで最後に。
「さようならを告げなければ」
母の思い出はきっと手元に残り続ける、何の変哲もないただのメイク道具として。そんな未来が訪れるように、二度と離れないように。
「シスター」
その潤んだ瞳を横目に見て、ジャスはダガーナイフを握り直した。
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