第243話「妄言だとしても」

 根の国とは一言で表せば死者の国。あの手は全て亡霊のものなのだろう。しかしあまりに数が多過ぎる、もはや点のようになっていた。

「姫様、ほんまに閉じてまうよ?」

「よろしくのう。霊湯を流し込むのが良いであろ」

 上にはうっすらとあられの姿が見える。しかし次の瞬間、インクが溶け出して滲み、彼女の姿どころか入ってきた空間さえかき消された。唖然とするひかりに千愛が声をかける。

「心配せずとも良い。事が済めば再び書き直すでの」

「そもそも、何のために」

「妖道は二つあるのじゃよ。一つは子供の狐狸でも扱える、現世に近く弱いもの。もう一つが根の国にある本物の妖道じゃ」

「こちらは社地家で管理し、主様の許可がなければ使えないのでございます。なにせ死屍子の祠へと通ずる道でありますので扱いが難しく、下手すると魂を逃がすやもしれませんから」

「特異点も全てこの道に繋がっていて、人外などはここから漏れ出す霊的な力によって微妙に形質が変化しているのよ」

 社地や玉菜前も後に続く。あそこが死屍子のいた場所ということなら、十六年前にここを通って現世へと生まれ落ちたのだ。それにしても一つ疑問なことがある。

「ねえねえ、なんで逃げ道なんて作ったの?」

 翠が先に口を開いた。その問いかけに社地は苦笑いする。

「悲しき哉、人間がそう空想したのでございます。海底へ沈められた悪が放出されるせいで現世は乱れる……つまり、死者の国には出口があるのだと」

「人は時として、己の描いた妄言で首を絞める。われら妖怪もお前さんのような神も、高天原も根の国も人間が親だというのにのう」

 皆がしんと静まり返った。この国の存亡をかけた妖怪との争いも、元々人間の身から出てきたものなのだ。ひかりは途端に全てが馬鹿らしくなってきた。人間のためと天明の子にされ、こうして戦い、十六歳の女の子だったはずの子供を悪と決めつけた。自分の立場さえもくだらない妄想。

「大っキライ」

 翠が声を上げた。

「ぼくは自分勝手な人間がキライ、今もっとキライになった。……でも、もし妖怪や人外がいなかったら、皆には会えてなかったんだよね? ぼくはただの人間として、あの街で暮らしてたはずだもん」

「そう、デスね。ワタシ達は存在してマセンから」

 ジャスがやんわりと笑った。リリィが思いきりハグをすると翠はもがくが、その顔は明るい。妄想だとしても、そこに絆はあった。

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