第242話「ゆりかご」

 案内されたのは屋敷の地下、そこに作られた小さな部屋だった。窓も明かりもないのにぼんやりと全体が確認できる。足元には大きく社地家の紋章が描かれていた。千愛が目を丸くする。

「はて、このように真新しいインクなど使うておったかのう?」

「何者かがかき消してしまったようなので、皆様が三ツ鬼と戦われている間に書き直したのでございます。わたくしども、日の下には長くおれませんので助太刀出来ず……」

「えっと、これで何をするんでしょう」

「妖道を通るんよ、ひかりちゃん」

 急に石の床が波打ち、おとめが姿を現した。ギョッとして飛びのけたのをジャスが受け止める。水に浸かるような格好の彼女はくすりと笑った。

「社会科見学みたいやね、何だかわくわくしてきたわ」

「今ははしゃいでる場合じゃないだろう? ……さて、皆様こちらへお入りくださいませ」

「えっ、フツーに嫌だよ! 中真っ暗じゃん、怖過ぎる!」

「わたくしどもが責任をもってご案内致します」

 社地が素早く翠の肩に手を回し、そのまま前へと突き飛ばした。甲高い悲鳴を上げて翠がその水中へと沈んでいく。それをマチネと奎介が興味深そうに覗き込んだ瞬間、おとめが足首を掴んで引き込んだ。

「マチネさッ」

「……あ、ここ意外と落ち着くー。静かでいいね、けいちん」

「ああ」

 よくよく中を見てみると三人が泳ぎ回っている。前に通った妖道とは違って、水の中らしい。しかし呼吸が苦しくなっている様子もない。手招きする翠に目を輝かせたリリィが飛び込み、手を繋いでいたジャスが引っ張られる。千愛と玉菜前も何食わぬ顔で入っていった。

「最後はお前さんだけじゃよ。ほぅら、おいで」

 皆がいるとはいえ、暗闇は怖い。旧都へ向かう時、優しく手を差し伸べてくれたハルを思い浮かべる。あの柔らかな微笑みをまたそばで見たかった。

「ハル……わたし、頑張りますっ」

 頭まで沈んだ瞬間、全ての音がくぐもった。それはすぐになくなり翠とリリィのはしゃぐ声、おとめの心配する言葉が鮮明に届く。しかし冷たく深い海の底にいるようで、泣いてしまいそうだった。

「ようこそ、根の国へ。そしてご覧になってくださいませ──死屍子の眠っていた、ゆりかごを」

 社地の示す先、そこは何も見えない暗闇のようだった。しかし目を凝らすと次第に見えてくる無数の手。それらは救いを求め喘ぎ、もがきながらこちらへ上がってこようとしているのだった。

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