第244話「三貴子の末」

 泳ぎ出してしばらく、ひかりが不意に動きを止めた。このおぞましい気配に満ちた水の中、神格的な力を感じるのだ。その気配はあの無数の手よりさらに下にいるらしかった。

「そこに、誰かいますか」

「ええ。わたくしどもの主様がいらっしゃいます」

「つまりこの気配の方は……」

 須佐之男命すさのおのみこと──。天照大御神、月読命つくよみのみことに並ぶ三人の尊き神の子。そして母を追って根の国へ渡った海神だ。まさかこれほど恐ろしい場にいるとは思わなかった。

「そのような方が何故、あの魂達の中に?」

「主様は魂を厳選し、輪廻へ戻すため罰を選ばれます。こちらはそのための仕事場でもございます」

「か、神の頭の上を通るなど恐れ多いです……」

「何を言うておるのじゃ。地上にいる時点で人間はおろか、生き物皆、あやつの頭を踏みつけておるのと同義であろ」

 まるで小馬鹿にするように千愛が笑う。姿こそ見えないが気配は少し濃くなったようだ。底の方から低い声が響く。

「スサノオ様。僭越ながら、わたしと話をしていただけないでしょうか」

「ちょッ、ひかりちん〜? ちょっと危なくないかなそれ、キミのご主神様と仲悪いんじゃ……?」

『いいだろう。貴様もどうせ「くそ姉貴」になるんだからな』

 口ぶりからしてひかりの運命は知っているのだろう。表情を固くしながらもひかりが口を開く。

「天逆海という神について、どれほどご存知でしょうか」

『ほう? あえてアマテラスや死屍子には触れないつもりか。それともガキらしく逃げてるのか』

「……もう、嫌というほど聞きました。だからこそ打つべき手に向けて話をしたいのです」

 ジャスがフッと柔らかく口角を上げた。スサノオがおもむろに語り出す。

『天逆海は鬼達の祖、そして神と妖怪の狭間に立つ者だ。つい数ヶ月前までは何やら協力している様子だった』

「だからこそ鬼を手下として駆使することが出来た……。陰陽道を極める安倍家にも、鬼を従えるのは難しいと聞きます」

『その通り。どんな契約を交わしたかは知らんが、恐らく死屍子の力か何かを取引したんだろう』

 スサノオはその逸話に反し、物事を冷静に見通す力があるらしかった。思いのほか落ち着いた言葉の選び方にひかりは少し安堵する。

「力の取引とは、どういうものでしょう?」

『それくらい貴様で考えろ、間抜け』

「はッはい、すみません」

 やはりそう簡単に相入れるものではないらしかった。

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