第226話「なんで」
「あなたを拾ったのは、人間側の自我を育てて死屍子を抑えるため。仮に死屍子が覚醒したとしても、ある程度のブレーキにはなるはずだろうってね」
あかりがゆっくりと言葉を流す。心地の良い音が鋭い針を投げかけていた。ハルの赤眼は暗く濁っている。奇妙な静寂の中で晴明が息を飲んだ。
「実際、今まであなたは本来の能力のほとんどを発揮しなかったでしょう。四年前に計画がスサノオ様に見抜かれ、仕方なく一度現世から姿を消したけれど……概ね予定通りだわ」
「──なんで」
「初めは偽物の死屍子を出現させ、祠に封じ込めるつもりだったのよ。その時に本物が出てきたら、結局結末は変わらないもの。まだ清らかな天明家の巫女であるひかりがあなたを封じていたはずよ」
彼女はハルに向かって丁寧に、天明の子のその後のことや先に待つ破滅を話して聞かせた。脳細胞へ刷り込むように、忘れることのないようにと。バサバサとしたハルの黒い髪は表情を隠す。
「なんで」
「アマテラスの記憶を受け継いだ時、この悲惨な結末をお腹の子には迎えさせたくないと思った。高天原での役目を終えて、根の国へ渡った狂った魂はね。……死屍子のエサとなり消滅するわ」
ひく、と血管が波打った。体内がざわめいてよだれが滴る。あかりは構わず話を続けた。
「途中であなたと娘が行動を共にしていると知った時、わたしは計画を変えざるを得なかったの。いずれ祠が現れた時、そのことは隠しようがないし、あなた達はそこへやってくる。だから先にあなたを眠らせて、安倍家の式神として封じてもらうことにしたわ」
「なんで、なんで、なんで」
「──だからね、ハル」
「なんで、ひかりを置いていった」
あかりの息が一瞬、止まった。晴明が苦虫を噛み潰したような顔をする隣で、シロウサギは今にも噴き出しそうな雰囲気である。それぞれが違う反応を見せる中、ハルの赤眼がギッと誰もいない虚空を見上げた。
「高天原の神々や天明家、社地家とスサノオ様に計画を気取られるわけにはいかなかったからよ。平静を装いながら行動するのには無理があったから」
「だからあん時、言うたやんか。支度はわしらがやるからアンタは引っ込んどれって」
「昔馴染みの腐れ縁とはいえ、妖怪と近い立場にいる陰陽道の一族を全面的に信じる気にはならないわ」
晴明とあかりが顔を見合わせる。ハルはきつく唇を噛み締めて、もう口を開かなかった。
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