第225話「妖」
もう二度と、目を開けたくもなかった。耳や鼻など引きちぎってしまいたかったし、喉も肺も心臓も潰して、手足の神経を殺そうとも思った。ひかりが苦痛を負うことになった原因に自分がいるなら、もう。
「消えたい」
ハルは畳に倒れ、うずくまっていた。頭を抱えた両腕に視界の光が遮られまぶたの裏は暗い。しかし三つの気配があり、一つが息も絶え絶えになっているのは分かった。
「誠から話は聞いたみたいだねェ。ハァ……ッ、ちょっとは骨を折った甲斐も、あったかなァ……?」
「まったくもう、厄介なことにしてくれたわね。あなたにはお話をして、納得してもらえたと思ってたのだけれど?」
「おやァ? ククク……キミはボク達をナメ過ぎだねェ」
あかりの苦々しい声が聞こえてくる。ゆっくりと目を開けた瞬間に、大きな雫が幾重にもこぼれ落ちた。
「なんでこんなことしたんや、兎ちゃん」
「一生分からなそうだから特別に教えてあげるけどォ。ボクもハルも妖怪だからだよォ」
白い毛が赤く汚れ、傷の目立つ姿だった。それでも懐中時計を確かめてベストを直す姿は様になる。シロウサギはのっそりと起き上がった。
「いくら人間の脳みそから考え出されたボク達にだってさァ、感情と権利ってものがあるんだよねェ。それをキミ達は無視してェ? ハルは嫌と言うどころか知りもしないうちにィ? 永遠に閉じ込められちゃうわけェ? それ、おっかしいよねええェ!?」
くぐもった笑い声が次第に大きさを増し、調子が高くなり、しまいには耳をつんざくほどの叫びに変わった。
「ボクは誠に導かれた。妖怪だからって無理に押さえ込まれることないんだって、人間の筋書きなんか無視していいんだって。……ハルがねェ、昔のボクみたいでさァ。見てられなかったのォ」
「それで真実を明かすようなことを? この子は今、そのせいで苦しんでいるようだけれど」
「幸福も苦痛も、誰一人奪う権利は持っちゃいないのさァ」
身体を起こす気力も失っていたハルをシロウサギが乱暴に引っ張り上げる。左肩の関節がかくんと妙な動き方をした。
「あららァ、やり過ぎたァ」
「ちょッ、おい! あかんやろそれは……!」
「まァいいよねェ。ほら、あとはキミ自身で選択していく番だよォ。……大丈夫?」
「分かった。まずはわたしから少し説明をするわ」
あかりが憂いを帯びた瞳を細めた。
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