第227話「名」

 手当てをされたシロウサギが先ほどから飽きることなく、ゲラゲラと転げ回っていた。より強固にされた拘束に吊り上げられ、枷の絞まった手足の感覚が薄れる。

「まるであやつり人形じゃないかァ、クククッ、傑作だねェ」

『シロウサギ、少しいい子にできるかい?』

「……ちッ。ハァーイ」

 すとんと座り込んだ途端にその姿は一変し、アリスが目をぱちくりとさせていた。誠が勝手にハルの口から説明を入れる。

「ふぅん。あなたもわたし達と似てるのね」

「君達のは妖怪の吸収と少し違うけれど。……ねえ、さっきから何をしているんだい。確か、安倍遼君だったね」

 長く深いため息とともに遼がパソコンから目を離す。心底うんざりとしているようだった。

「罰としてここに閉じ込められてますけど、世間的に僕は受験生なんですよ。それで大学へ出願するために英論文を書いてるんです」

『どこを志望しているのかな』

「天明大学の工学科です」

『へえ、それなら僕がお役に立てそうだけれど。少し見せてくれないか。停滞は学ぶ者の死だからね、僕もたまには活字に触れたいよ』

 代替品にハルの身体を使っているせいで、見た目と口調のギャップで妙なことになってしまっている。遼がおずおずとパソコンを浮かび上がらせると、ハルの赤眼は左右へ素早く動き出した。

『ふむ……君の専攻はロボット工学のようだね。僕もAIなどの研究は以前していたけど、何故この分野を?』

「父上とあかりさんの目的が達成されれば、妖怪勢力は衰えるでしょう。父上の代まで世襲されてきた「安倍晴明」とその一派は、妖怪を駆使して力をつけたんです。これからの時代、認めたくはありませんが技術信仰の世へ切り替わります」

『確かに的確な考察だね』

 だから、と遼は唇を噛む。悔しいのを必死に堪えて今できることを見通した顔だった。

「せめて次の代へこの名を引き継げるように、自分の得意なことで名声を得て地盤を固めたい。僕は「安倍晴明」をこの代で消し去りたくないんです」

『そうか。では言うけれど、綴りを覚え間違っている単語があるよ』

 唇が滑らかに動く。

『m、a、c、h、i、n、e……machineと書くんだよ、機械マシンは』

 ハルの赤眼がうっとりと細められ、血の通っていなかった頬に赤みが指す。悦楽を感じているような表情に遼は目を丸くしていた。

『僕にとって大切な言葉なんだ。一人娘の名にした単語だから』

「娘さんが?」

『大学生だよ。僕が教授をしていた学科では生徒でもあった』

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