第206話「奪取」

 屋敷から物音が消えてしばらくし、ベッドから両目を覗かせる。部屋の中を見渡して両手の枷を噛み砕くと、そろりと部屋を抜け出した。

「甘いんだよ、遼」

 勾玉の装飾具があるのはあかりの寝室だ。廊下を素早く抜けて、昼間に開けておいた上窓の障子を確かめる。ひと目見てため息をついたが、柱から天井近くまでよじ登る。微かに隙間があり、あかりの背が見えた。

 そっと身体を滑り込ませる。この屋敷は次元がズレているせいか、月明かりもなく風も吹かない。自分の動きにだけ細心の注意を払いつつ、天井から奥の物書き机に忍び寄る。

「こら、悪い子ね」

「……やっぱり無理か」

「眠れないなら寝かしつけてあげるわ、昔みたいに」

「それは暴れてた頃の封印術か? それとも大人しくなってからの絵本かな」

「あなたの態度によるでしょうね」

 パッと身を翻して畳に下りる。着流しの裾を払いのけて座り込み、布団に横たわるあかりへ尋ねた。

「どうして私を置いていったんだ、四年前」

「ちょっと死屍子が、ね」

「ああそうだ。忘れてた、そいつが全ての元凶だったな。会わせてほしいんだ、私が殺してやるから」

 あかりは目を丸くする。しかしすぐにフッと小さく笑って、布団を肩まで引き上げた。

「わたしはそのためにあなたをここに連れてきたの。ハルには死屍子を抑える存在になってもらう」

「何か壮大な考えでもあるんだろうな。私は馬鹿だから分からないが、一つだけ確かめたい」

 しゃがみ込んであかりの顔を覗いた。真っ暗闇の中でハルの目はしっかりとあかりを捉えていたが、彼女からは見えないらしい。曖昧に漂う視線を浴びながら、低く唸るように告げた。

「その計画で、ひかりを幸せにしてやれるのか」

「……恐らくはね。多分、一番最初の構想よりはあの子にとって幸せかもしれない」

「ふむ」

 それならば他はどうでもよいことだ。

「それなら従ってもいい。内容によるけど」

「嘘。あなた、ひかりに会いたくてうずうずとしてるでしょう。あんまり逃げようとするなら考えがあるのよ?」

「おお怖い。受けて立とう、って言えばいいかな」

 くすりとあかりが笑う。ハルも何だか力が抜けて、自室への道を戻った。途中で遼の部屋を前を通った時、奥で光が揺れるのが見えた。

「──わッ」

「うわッ!?」

 鬼火を従えて廊下に出てきた遼はひっくり返って、腰を強かに打ちつけた。

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