第205話「食卓を囲む」

 冷奴に箸を入れつつ、横目に隣を確認する。あかり、晴明の他に見慣れぬ顔が一つ増えていた。ひかりと同じくらいの青年だが、先ほどからやたら晴明にお小言を垂れている。

「何故もっとお上品に食べないんですか。人参をつつかないでください」

「かたっ苦しいのは儀式ん時だけで腹いっぱいや。ちっこい頃から喧しい子やんなぁ、ほんま不思議やわ」

 ぎゃあぎゃあと激しく言い合う隣で、あかりはニコニコとしている。手を止めていたハルに柔らかな声で呼びかけた。

「ハル、冷奴は嫌いだったかしら? 前は普通に食べてたと思ったんだけど」

「え、いや……そうじゃないけど」

「この子が気になるのね」

 八年前にはついぞ見かけなかった顔だ。頷くと青年は静かに箸を置いてハルの方へ向き直った。

安倍遼あべのりょうと申します。あなたとは子供の時には会ったことがありませんでしたね」

「当たり前や。子供の肉は柔らかくて美味いんやし、頭からパクッといかれても困るわな。自分の子供を守るのは当たり前やんか」

「子供……?」

「恥ずかしい限りですが、これの息子です」

「親父を『これ』呼ばわりかい」

 苦笑いした晴明の訴えは無視して、遼は再び食卓に戻る。混乱しているのを察したのか、あかりが横から説明してくれた。

「あなたはまだ、無差別に人を襲っていたから会わせなかったのよ。これからはハルのお世話係になってもらうつもりだけれど」

「待ってくれ。どうして私がずっとここで暮らすことが前提になってるんだ」

 微かにあかりと晴明の間で空気がざわついた。それを見逃さず、素早く畳みかける。

「まだ人として育てようとしたことの真意も聞いていないぞ。怪我を治したらすぐにでもひかりのところに戻るつもりだしな」

「それは許せないわ。もうあなたを外に出すわけにはいかない」

「理由は?」

「聞いたら素直に従ってくれるのかしら」

 目を覗き込む。幼くて言葉も分からなかった頃、あの再会の夜、その全てで見逃してしまった本心を拾おうとした。そしてふと、目の中に海が流れているように感じた。

「アンタのそれは一体、誰の記憶なんだ?」

 一瞬だけ指した瞳が揺れたと思ったが、次の瞬間には元に戻っていた。海も消えてただの瞳孔になっている。

「まずは怪我を治さなくちゃね」

 ため息をつく。冷奴は箸で取り上げた途端にホロホロと崩れ、醤油に溺れていた。

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